好きですけど、それが何か?

ももくり

文字の大きさ
18 / 35

ミスター完璧

しおりを挟む
 
  
「いらっしゃい。今日から宜しく頼むよ」
「こちらこそ、お手柔らかにお願いします」

 結婚前の女が独身男性のマンションで同居するだなんて、人が聞いたら絶対に眉を顰めるだろう。

 しかし、求めるものが合致したとでも言おうか、まあ、早い話が一緒に住むことで互いの不安が解決出来るのだ。廣瀬さんはワザと明るく言っていたが、本当は真面目に悩んでいるに違いない。

 自分が一生結婚出来ないのではないかと。

 対する私の方も、『悲しくない』『心の準備は出来ていた』と強がってみたものの、実はかなりのダメージを受けていた。…前田が私を選んでくれなかったことに。2年間も一緒にいて、ぶっきらぼうだったけど私にだけは心を許してくれていると思ったのに結局、彼は他の女性を選んだのだ。

 『やっぱり千脇の方がラクでいいや』と復縁の連絡が来ることを期待した挙句、何も無いまま1カ月が過ぎた。前田にとって私はその程度の存在だったと認めるのは、とても辛い作業で。漸く認めると今度は、女としてどこがいけなかったのかと自問自答する毎日。そしていつも最後に辿り着くのは『彼にとって私は必要なかった』という事実だけだ。

 >…だから俺にご飯を作ってくれ!
 >1カ月だけ試してみてはくれないか?
 >本当に?!やったあ!!

 だから、本音では嬉しかった。

 恋愛相手としてでは無いにせよ、これほどまでに私を必要だと言ってくれる廣瀬さんが、涙が出るくらい有り難かった。この部屋でリハビリをして、前田と一緒に仕事をしても心が乱れないほど強くならなければ。仕事を続けると決心したのだから、それ以外の選択肢は無いのである。




「千脇さん、コーヒーでも飲む?」
「え、はい、じゃあ私が淹れて来ますよ」

 取り敢えず今晩は仕事終わりに住まいを移したことも有り、食事は各々で済ませておくことになっていた。前回、酔って一泊した時は寝室しか見ていなかったが、改めて眺めるとこのマンションは3LDKと部屋数も多く、明らかに結婚を見据えている感じだ。

 コポコポと音を立てるコーヒーメーカーを見詰めていると、いつの間にか廣瀬さんが隣りに立っていて、嬉しそうに話し掛けてくる。

「なんかさ、まだ何も始まっていないのに千脇さんがいるだけで落ち着くよ」
「え…っ、ああ、そう…ですか」

「ほら、英語ペラペラになるぞ!と意気込んで、英語教材を買っただけで安心するあの感じ」
「ふふっ、精神安定剤的な?」

「そう、それ」
「人間って案外と頑丈に出来てますよね」

「だね」
「なんだかんだ言って、壊れませんもん」

 こんな近くにいるのに、廣瀬さんが一定の距離を置いてくれているような錯覚をしてしまうのは、前田との関係と比べてしまうからだろうか。

「前…」
「はい?」

「ま、前の方に有るのがシンク洗い用のスポンジで、その横が食器用だから」
「ああ、はい、分かりました」


 本当は『前田』と言いかけて、止めたのだろう。なんだかんだ言って廣瀬さんは分かり易い。

「なに笑ってるんだよ」
「いえ、なんだか廣瀬さんって…」

「は?俺が何?」
「皆んな隠れて“ミスター完璧パーフェクト”と呼んでいるんですけどね、…全然完璧じゃ無いなあとか思って」

 ムキになって反論されるかと思ったのに、むしろ照れ臭そうに廣瀬さんは笑った。

「うん、そうなんだ。小心者で見栄っ張りで臆病なだけで、ちっとも完璧なんかじゃない」
「あー、認めちゃいましたね」

「ずっと、認めたかったのかもしれない。でも、出来なかった」
「男のコですもんね」

「ああ、男だからな」
「そういう虚勢の張り方、カッコイイですよ」

「うん、自覚してる。俺、カッコイイよな」
「はい、すごくカッコイイです」

「もっと言って」
「もう言いません」

「ケチ」
「ケチで結構、多用すると有難味が薄れますので」

 ふんわりと漂うコーヒーの匂い。きっと私はこれからコーヒーの香りを嗅ぐたび、この光景を目に浮かべるんだろうなあと思い。
 
 何となく幸せな気分になった。

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

【完結】ディープキス

コハラ
恋愛
酔った勢いで3才年下の草食系眼鏡男子、森山君(29)とキスをしたゲームディレクターの春川葵(32)はその日から彼に翻弄されるのだった。森山君と乙女ゲームのシナリオを書く事なり、一週間ホテルで缶詰めになる二人だったが……。果たして二人の恋の行方は? ―――――――――――― イラストは生成AIにて作成

契約結婚のはずが、御曹司は一途な愛を抑えきれない

ラヴ KAZU
恋愛
橘花ミクは誕生日に恋人、海城真人に別れを告げられた。 バーでお酒を飲んでいると、ある男性に声をかけられる。 ミクはその男性と一夜を共にしてしまう。 その男性はミクの働いている辰巳グループ御曹司だった。 なんてことやらかしてしまったのよと落ち込んでしまう。 辰巳省吾はミクに一目惚れをしたのだった。 セキュリティーないアパートに住んでいるミクに省吾は 契約結婚を申し出る。 愛のない結婚と思い込んでいるミク。 しかし、一途な愛を捧げる省吾に翻弄される。 そして、別れを告げられた元彼の出現に戸惑うミク。 省吾とミクはすれ違う気持ちを乗り越えていけるのだろうか。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

俺様外科医の溺愛、俺の独占欲に火がついた、お前は俺が守る

ラヴ KAZU
恋愛
ある日、まゆは父親からお見合いを進められる。 義兄を慕ってきたまゆはお見合いを阻止すべく、車に引かれそうになったところを助けてくれた、祐志に恋人の振りを頼む。 そこではじめてを経験する。 まゆは三十六年間、男性経験がなかった。 実は祐志は父親から許嫁の存在を伝えられていた。 深海まゆ、一夜を共にした女性だった。 それからまゆの身が危険にさらされる。 「まゆ、お前は俺が守る」 偽りの恋人のはずが、まゆは祐志に惹かれていく。 祐志はまゆを守り切れるのか。 そして、まゆの目の前に現れた工藤飛鳥。 借金の取り立てをする工藤組若頭。 「俺の女になれ」 工藤の言葉に首を縦に振るも、過去のトラウマから身体を重ねることが出来ない。 そんなまゆに一目惚れをした工藤飛鳥。 そして、まゆも徐々に工藤の優しさに惹かれ始める。 果たして、この恋のトライアングルはどうなるのか。

処理中です...