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それは…
しおりを挟むなるほど、そうだったのか。確かに仕事で忙しいこの人にとって、1分1秒は貴重だろうし、その1分1秒をハイエナ女子に奪われるのは不本意なことだっただろう。…でも。
「結婚したいけど女性との同居が不安とか言っておきながら、なんてことはない、虫除けに使ったんですね、この私を」
「いや、メインは結婚に向けて俺という人間の偏った概念を壊したかったということで間違いないんだけど、まあ、結果的に言い寄って来る女性たちを遠ざけてしまったのは付加価値だったかな」
ええい、いちいち言い回しが面倒臭いぞ。
「ていうか、何ですかこの店」
「え?焼き肉だよ。千脇さん、食べたいと言ったじゃないか」
それは庶民的な普通の焼き肉屋のことで、某グルメサイトに“お一人様の予算:平均1万円”とか書かれているこんな高級店じゃ無いんですけどッ。ドリンクメニューの他にワインリストが有るって、しかもサービス料5%って何??
「廣瀬さんっていつもこういう店で食事してるんですか?」
「ん?ああ、だいたいはそうだね。だから以前一緒にフレンチ食べた時も、素直に奢らせてくれればよかったのに。お金を返されたりすると傷つくんだよね、俺」
「…廣瀬さんと付き合うと、記念日とか有難味が無くなりそうですね」
「それ、どういう意味?」
「こんな贅沢を覚えさせられると、毎日が記念日っぽいというか、いったい財源はどこから?」
「俺、記念日はもっと豪華にしてあげてるけど。それに財源とか言うけどさ、お金を使う機会が無いんだよな。あのマンションは現金一括で購入しているし、ご存知のとおり放っておくと食事しないし、散財するような趣味も特に無い。ここ2年は彼女もいなかったから通帳の『お支払い金額』の欄なんて水道光熱費や修繕費とか管理費くらいしか印字されてない。『資産運用しませんか』って、銀行からの勧誘電話が頻繁に掛かってくるから仕方なく外貨預金にしたら、なんかそっちでも儲かっちゃって。どんどん増えて困ってるくらいなんだ」
なんか凄いことを真顔で言ってるぞ。
でもこの人、なんだか凄く残念かもしれない。
だって、お金をたくさん持ってて顔もこんなにイケメンで女性社員たちからアタックされまくってるというのに。皆んなの憧れの王子様は、こんなに枯れた生活を送っているんだよ??仕事に時間を追われ、食事もせずにフラフラ状態でただ、家と会社を往復するだけの日々。なんか真実を知れば知るほど、悲しい気持ちになってくる。
「廣瀬さん、今日は素直に奢られます。というか、もう私の生活費にそんな余力はありません」
「うん分かったよ、元々そのつもりだったからね。というかさ、いったい何に使ってそんなにお金が無くなるのかな?」
ジュウジュウと肉を焼いていると、すぐに皿へと移された。
「ちょっとまだ半生じゃないですか?…って、お金なんてすぐに無くなりますよ。化粧品に洋服、たまに靴やバッグなんかも買うし、映画観たり美容院に行ったり、数年に一度は海外旅行とかしてるし、まあ、こうして挙げて行くとキリが無いですよね」
「ふうん、そっか。なんだかんだ言って、人生を謳歌しているみたいだね、千脇さんは。ところでこの店の和牛はエーゴだから、あまり焼き過ぎると美味しくなくなるよ。さあ、早く召し上がれ」
「和牛なのに英語?」
「そう、A5ランク」
「あ…、ああ…」
「ごめん、分かり難いことを言って」
なんかちょっと恥ずかしかった。きっとこういう店に慣れていないのバレバレだろうな。そして無知な女だと思われたに違いない。
「いえ、こちらこそごめんなさい」
「顔、赤いよ。普段クールなのに、突然そんな風に恥ずかしがられると可愛いな」
「またまたあ、思ってもいないことを」
「いや、本当にそう思ってるけど。というかさ、不思議なんだよ。他の女性社員とは食事したくないのに千脇さんとは別に平気で、しかも一緒に住んでも大丈夫ってところが。キミと他の女のコ達との違いはいったい何なんだろう?」
そんなことを私から言わせるおつもりか。では、敢えて言わせて頂こう。
「女として見てないというだけですよ。だって、私と一緒に住んでも、抱きたいとは思わないでしょ?つまり、そういうことです」
「俺が千脇さんを女として…見ていない?いやあ、それは…」
厚切りの上タンを食べ終えてから、廣瀬さんは微かに首を傾げた。
「『それは』何です?」
「見てるよ、女として。たまに脳内で前田くんとどんなセックスしてたんだろうな…とか想像してるけど。千脇さんは結構淡白そうだよね」
ふっ、ぐっ、と上ミノを喉に詰まらせた私は、1杯800円の黒烏龍茶を豪快に飲み干した。
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