恋、しちゃおうかな

ももくり

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師匠との出会い

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「オフィスラブがしてえな」
──と、山川さんは言った。
 
 
 
 久々に外食したランチタイム。古びれた洋食屋の片隅で、せせこましく週刊誌片手にナポリタンなぞ食べながら、彼は続ける。
 
「今日、営業部にPC増設しろって言われて、行ったんよ。なあ美玲、お前は行ったことあるか?」
「残業タイムの時間帯に、不具合起きたって言われて3回ほど行ったことあります」
 
 ちなみに山川さんは、28才独身。海のように深く広い心を持ち、何をしても怒らない、まあまあの見た目をした男性だ。私のことを名前呼びするのは、特別な関係だからというワケではなく、単に私の名字が『鈴木』だからで。部署内にもう一人『鈴木』さんがいるため、仕方なく全員が私を名前呼びしているのだ。
 
「イケメン天国だったぞ。お前、きっとヨダレ垂らして喜ぶだろうな。っていうか、アシスタントもデラべっぴんで。なんか俺、情報システム部が地階にあるの、分かった気がする」
 
 そう。私たちは情報システム部に所属し、疲弊していくしかない社畜なのである。ちなみに我が部署は、下記のとおり3つに分かれる。
 
 1)インフラ構築・運用・保守
 2)システム構築・運用・保守
 3)サポート・ヘルプデスク
 
 以前は私も山川さんと同じインフラ構築を担当していたが、システム構築の鈴木さんが『猫の手も借りたい』と仰ったために、昨年からはそちらに異動した。

 インフラ構築というのは、社内ネットワーク全般をひたすら繋げて守るという感じだろうか。社員がいないうちにPCのセキュリティ対策をしたり更新したりするので、そこそこ残業が多いのだ。

 それに対してシステム構築は、各部署から要請してくるもの…例えば、会計や流通、生産等を簡単に管理できるシステムなどを作成するため、もっと残業が多い。泊まり込みもザラである。
 
 ここ1年、定時で帰れたことは無く、入浴だってたまに諦める。昔は会社近くの漫喫でシャワーだけ浴びたりしていたが、段々とその時間も惜しくなってしまい、最終的に私は女を捨てたのである。
 
 …さて、ここで話を山川さんへと戻そう。
 
「山川さん、さり気なくエロ用語入れましたね。『デラべっぴん』って、エロ雑誌でしょ?」
「おう。よく分かったな」
 
「エヴァ世代ですからね」
「オタクなのか、お前。モテないぞ」
 
 いいんです。26歳にして、もう諦めました。
 
 長いあいだ美容院に行っておらず、胸元まで伸びた髪は梳かしていないせいでウネウネしているし。このトレーナーなんて、洗濯したのはいつだったかすらも覚えていない。でも、不思議なことに全然臭くないんだよなあ。えへへ。
 
「海江田さんへの道、まっしぐらだな、美玲」
「…残念ながら、否めません」
 
『海江田さん』というのは、同じ部署の先輩で。今年32歳、私以上に女を捨てていて髪はネロネロ、たまに目ヤニもつけているのだ。
 
「美玲、お前3年前までは彼氏いたんだろ?もっと頑張れよ」
「ムリムリ、恋愛する時間なんか無いですもん」
 
 そう、物理的に無理なのだ。
 そんな時間があれば、睡眠に回したい。
 
 昨日だって4時間しか寝ていない。
 いや、鈴木さんはもっと寝ていないはず。
 
「そういや、午後から来るんだったよな?」
「あ、はい、そうですッ。救世主でしょ?ほんと期待してます」
 
 SE専門の派遣社員が、今日からやって来る。
 
 べらぼうに高給なその御仁は、驚くほど素晴らしい仕事をやってのけるのだと。営業部要請の売上管理システムの納期が早まり、仕方なく派遣依頼の運びとなったのだが。外部の人のやり方を学べるということで、私はとてもウキウキしていた。
 
 自慢じゃないが、本当に仕事は好きなのである。
 
 
 
 
添田 夢見そえだ ゆめみと申します。2カ月と短い期間ですが、宜しくお願い致します」
 
 予想に反して、その人はとても美しい女性で。
 しかも、新婚1年目なのだと言う。

「美玲ちゃん、仲良くしてね」
「え、はい、こちらこそ」
 
 この出会いが、私の運命を変えた。
 
「しっ、師匠と呼んでも良いですか?」
 
 なんと数日後には心の底から夢見さんを心酔しており。外見どころか、中身までもが激変し、驚くことに恋愛しようとまで思うようになっていたのだ。
 
 
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