恋、しちゃおうかな

ももくり

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とびきりの恋を

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 彼女と一緒に仕事をして、その速さに驚いた。
 
 下準備は通常より長めだが確実に理解し、より効率の良い方法を探る。納得がいくまで周囲と話し合い、そして一気に仕上げるのだ。
 
「美玲ちゃん、仕上がりまでを頭の中でシュミレートして。それから取り掛かると、時間短縮できるんだよ。何事も、目先だけじゃなく全体を見ないと」
 
 今までは『見て覚えろ』という先輩方の方針に従い、それを疑問にも思っていなかった。それが、師匠は忙しいはずなのに1つ1つ丁寧にアドバイスしてくれる。
 
 >集中力なんてね、そんなに続かないの。
 >長くPCに向かえばイイってワケじゃない。
 >適宜、休みを入れないとダメ。
 
 >ゲーム性を持たせるの。
 >ここまでやったら、ご褒美にコーヒーとか。
 >楽しんでやらないと、もたないよ。
 
 いつも睡眠不足で入浴もままならないことを打ち明けたところ、彼女は眉間にシワを寄せながらこう言った。
 
「そんなこと、自慢にもなりゃしないわよ。寝なさい、お風呂に入りなさい。
 
 もうずっと気になってたんだけど、その髪をどうにか出来ないの?えっ、美容院に行けない?そんなワケないでしょ、ヘアカットなんて頑張れば2時間も掛からないもの。それすら難しいって、いったいどういうこと?
 
 いい?髪を切れば、シャンプーの時間も短くなるし、ドライヤーの時間だって短縮できるわ。身なりをきちんとすることで心が整い、仕事にだって身が入るの。さあ、とにかく美容院に行きなさい!」
 
 社会人になってから、こんなに叱られたのは初めてで。だからなんとなくビクついてしまい、慌てて美容院に予約した。
 
「大丈夫、私が時間を作ってあげるわよッ」
 
 頼もしい言葉どおり、彼女が私の仕事を手伝ってくれたことで無事に目的は達成され。アゴのラインで切り揃えられた髪は周囲にすこぶる好評で、思わず無敵な気分になってしまう。
 
「師匠、お陰さまで身も心もスッキリです!」
「よしよし、次はその服ね。どうしてやろうかな」
 
 ええっ?と声を上げるヒマもなく、ランチタイムにタブレット端末でネット通販サイトを見せられ。…というか、既に彼女が見繕ってくれていたので、その中から一気に7着も購入。
 
「この素材は長時間座ってもシワにならないし、クリーニング不要だから、洗濯もラクだよ。で、コレとコレでセットアップふうになるの」
 
 派遣社員で6時ピッタリに帰ることが出来るとは言え、それから買い物したり、食事を作ったり。忙しい主婦のはずなのに、彼女は本当に親身になってくれた。
 
 だからこそ、私も期待に応えようと思ったのだ。
 
「師匠いかがですかッ?服が届いたんですけど」
「うわあスゴイスゴイ。素敵OLになったわ~」
 
 いちいち褒めてくれるから、
 調子に乗ってまた頑張る。
 
 メイクして、マニキュアして、パックして、自分で自分を磨きまくり。それと比例するかのように、仕事も捗り始め。そうして汚いトレーナーの冴えない女から、全身ピカピカのキラキラ女子へと私の生活は劇的に変化したのだ。
 
 
 
 
 それから予定どおり2カ月で師匠の契約は満了となり、翌月にはご主人の転勤で去っていく。商社勤務だから、2年単位で転勤があるのだと。『もともと自分の父親も警察官で転勤が多くて。引っ越しには慣れているのよ』と笑いながら彼女は最後にこう付け加えた。

「美玲ちゃん。女はね、もっともっとキレイになれるの。キレイになるためには、恋をしなくちゃ。今のうちに、たくさん恋をしなさい。いっぱい泣いて、幸せになるんだよ」
 
 尊敬する師匠がそう言ったので、
 私は決心したのだ。
 
 恋をしよう、と。
 それもとびきりの恋を。
 
 
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