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4.マミは抱き締められる
しおりを挟む人生観が変わるとは、
こういうことなのかもしれない。
今までずっと私は、『好きでも無い相手とどうこうなるとか、有り得ない』と考えていた。勿論この『どうこう』の部分には性的な行為を意味する単語が入るが、そのものズバリな表現を避けるほど潔癖な女だったということを、まずは念頭に入れておいて欲しい。
と言うのも、これ以降は直接的な表現をさせて頂くからだ。何故なら、『アレ』や『コレ』などで曖昧に暈し続けていると、私という人間は絶対に途中で『なに考えてたっけ…』と思考を彷徨わせてしまうに違いないのだ。
というワケで早速、本題に入ろう。
『セックスどころかキスですらも好きな人としか致しません』というお堅い私が、残念ながら好きでもない相手とただいま絶賛抱擁中だ。…サラリーマン御用達の、壁が極薄なビジネスホテル。そこはかとなく漂う圧迫感は、狭いだけではなく天井までもが低いせいだろう。それにしても、このベッドの存在感はいったいどういうことなのか。もしかすると今までシングルにしか泊まったことが無いお陰で、ダブルがべらぼうに大きく見えるだけかもしれないが。
いやいや、そんなことよりも!
──いい。
──とにかく、いい。
いっそ好きにしてくれと言いそうになるほど、
──とんでもなく、いい。
ベッド脇で立ったままギュッと抱き締められているだけなのに、この高揚感はいったい何なのか。恋心なんぞ微塵も抱いていない、それどころか打ち解けてすらもいない相手だというのに、自分の中に潜んでいたヒロイン細胞がワサワサと増殖して今にも溢れ出しそうだ。
ああ、そうさ!
抱き締められるとか、人生初だしッ。
自慢では無いが、私の恋愛経験値なんてとんでもなく低いのだ。高校時代の初カレとは登下校のモジモジトークのみで終了。大学時代に二人目の彼氏とひと通りの経験は済ませたものの、真面目な優等生同士だったせいで全てが杓子定規となってしまった。
そんなウブな女が、ムードたっぷりに抱き締められたらいったいどうなるか?
これが予想外なことに、口元がニヤけまくっていたりする。だって、あの松原さんだよ?!この人ひとりで、全国に点在している松原姓は全員美形だと思わせてしまうほどの影響力を持ち、松原一族の評価を爆上げさせていると言っても過言では無い、そんな天下無双の松原壮亮なんだよ?!
私を抱き締めているこの腕があの顔に繋がっていると思えば、勝手に頬が緩んでしまうのは当然なことで。それは男女逆で例えるならば、平凡なオッサンがキャバクラに行ったらナンバーワンの嬢が幸運にもついてくれて、気まぐれにおっぱいパフパフまでしてくれちゃって大感激!!という感じに近いかもしれない。
うん、私って例え上手だな。
「きゃ」
Oh…。抱擁どころか、濃厚なキスまでされてしまった。舌が、舌で、舌を…。こんな上級テクニックを披露されたら…ん、んあッ。
ふああああ、エロいい。
そして、やっぱり全然イヤじゃないい。
なぜだろう?私、他人どころか家族の飲み掛けの缶ジュースですら飲めないのに。それって自分以外の唾液に抵抗を感じているワケで、でも、キスなんて思いっきり唾液を受け入れまくる行為なワケで。
ああ、もう
どうでもいいや、そんなこと…。
思わず腰が砕けそうになっている私に、松原さんはゆっくりと唇を離して囁く。
「じゃあ気持ちいいこと、しよっか?」
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