マミさんは、ときめきたい。

ももくり

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6.マミは聞き入る

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 ──母親が、浮気をして家から出て行った。


 まあ、それは何と言うか、世間一般的には『よくある出来事』のカテゴリーに分類されるのだと思う。だが、しかし。目の前にいらっしゃる御方の解説が添えられることにより、非常に奥深い内容と化してしまうのだ。

 そう、それはまるで落書きにしか見えない前衛美術品を、著名な評論家が褒め千切ったことにより周囲も絶賛してしまう様な。そんな安易さで私は人生観を大きく変えたのである。

 きっと人はコレ私のことを『チョロイ』と呼ぶのだろう。ああ、そう呼びたければ呼べ。嘲笑されたくらいでこの考えは揺るがないし、それほど松原さんの話は胸を深く抉ったのだ。

 誰よりも幸せだと思っていた、少年。

 成績優秀で何をやらせてもソツなく熟し、見た目も群を抜いて素晴らしい。常に委員長や生徒会長を任されるという自他ともに認める理想の息子。その両親もまた、理想の父親と母親だった。美しく上品な母親とそんな彼女を愛して止まない穏やかな父親。家族三人、どこへ行くにも一緒で、いつも家の中は笑顔で満たされていた…はずだったのに。

 >見て、松原さんのところの奥様よ。
 >んまあ、まるで女優さんみたいに綺麗ね!
 >旦那さんは司法書士をされているの。
 >若いのにもうすぐ独立するんですって。
 >一人息子の壮亮くんも将来が楽しみだわ。

 >…本当に、幸せを絵に描いた様な家族ねえ。
 
 聞こえてくるのは称賛の声ばかり。妬む人すら存在しなかったその家族は、驚くほど呆気なく崩壊する。母親が同窓会に出席し、その際に再会した同級生の男と手に手を取って駆け落ちしてしまったのだ。

 当時のことを松原さんはこう語る。

「なんつうかさあ、品行方正だった母親が、ある日突然メスになったって感じ。そんとき俺、まだ中学1年生だったんだけど、帰宅したら両親の寝室からアハンウフンとか変な嬌声が聞こえてきて。でも、父親がこんな早い時間にいるワケないし、コッソリ聞き耳を立てたらさ、信じられるか?寝室で浮気相手の男と自分の母親が絡み合ってたんだ」
「えっと、何と言うか、その、…気色悪いですね」

 どうやら私は、松原さんの心情をピタリと言い当ててしまったらしく、人差し指を向けられながら低い声で『それな!』と呟かれた。

「ほんとタチ悪いよ。俺が帰って来る時間帯だって分かってただろうに、それでも色ボケしてたせいで止まらなかったんだろうな」
「はあ…、何と言うか、お気の毒に…」

 そう、このあと綴られた松原さんの言葉が最重要だ。

「いいかよく聞け、堅物オンナ。俺は身近な失敗例を目にして、学んだんだ。大抵の人間はな、『真面目で誠実に生きていれば必ず幸せになれる』なんてことを信じて生きているが、そんなモンは嘘っぱちだ。現に俺の父親はとても誠実で、家族の為に身を粉にして働いたが、結局は借金まみれの口だけは上手いゲス男に妻を奪われたからな」

 駆け落ちした後、松原さんの母親は何度か息子に会いに来て泣きながら詫びたそうだ。しかし、その姿はどこか芝居じみていて、悲劇のヒロインを演じているだけの様に見えたのだと。

 数年後、父親と離婚手続きを済ませて浮気相手と再婚した母親は、相手の男が定職にも就かずフラフラしていたせいで貧しい生活を強いられていた。着ている服は安っぽいし、顔色も悪かったりと苦労しているのは丸わかりなのに、それでも『今が一番幸せだ』と息子の前で言い切ったらしい。

「俺、死ぬほど悩んだんだよ。ウチの父親とその浮気相手の男との違いが何かって。だって、そうだろう?そうしなければ、このまま俺が真面目で誠実に生き続けてもいつか裏切られることになるじゃないか。考えて、考えて、そして漸く分かったんだ。

 ──結局のところ、人間は性欲に勝てないって」
 
 
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