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7.マミは更に聞き入る
しおりを挟む松原さんの父親は、定食屋を営む夫婦の次男として生まれたそうだ。
近所からは『トンビが鷹を生んだ』と評判になるほど優秀な子供で、勤勉な両親の苦労を知っていたせいか早くから精神的に自立し、妙に落ち着いた子供だったのだと。
だから。
妻が浮気相手と共に失踪した際も、誰にも頼らなかった。実家のすぐ傍に住んでいたにも関わらず、助けを乞わなかったのである。多忙な両親や兄弟を頼ることが心苦しかったのかもしれないし、単に矜持が邪魔をしただけかもしれない。
とにかく生粋の優等生だったその人は、起業したばかりの司法書士事務所を軌道に乗せるため奮闘しつつ、家事も全てひとりで熟した。そんな父親の姿を見て、壮亮少年は自主的に家事を手伝い始める。中学に入ったばかりでまだまだ遊びたい盛りの子供が、父親の気持ちを慮り、母が不在となったことを隠したままで学生生活を送り始めたのだ。
むしろカミングアウトしていた方が、楽だったのかもしれない。それを秘密にしたからこそ、壮亮少年の生活は一層苦しくなる。完璧を好む性格のせいで家事に割く時間は増え続け、加えて生徒会や部活でも常にリーダー的存在だった為、勉強に費やす時間を捻出することは困難を極めた。しかし、それでも彼は血の滲むような努力で全て成し遂げたのである。
>愛が有れば、お金が無くても生きていける。
そんな壮亮少年の苦労を知ってか知らずか、突如目の前に現れた母親はそう言って微笑んだ。そしてそれ以降、定期的に現れた彼女は徐々に変化を見せ始める。どうやらあれほど熱く語っていた『愛』は、呆気なく冷めてしまったらしい。
>昔は優しくて穏やかなお父さんのことを、
>どこか物足りないと感じていたのね。
>だから情熱的な言葉をくれるあの人が、
>私を一番愛してくれているんだと
>勘違いしてしまったの。
>だけど、そうじゃなかった。
>あの人は誰に対してもそれが出来る男で、
>単に言い慣れていただけだったのよ。
>お父さんは言葉の代わりに行動で、
>愛を示してくれていたのにね。
>家族のため必死に働いてくれたし、
>どんなに疲れていても
>絶えずニコニコと笑顔だったわ。
>なのに…。
>お母さんったら本当にバカよね、
>今更気付いても遅いのに。
「そんな話を聞かされて、最初は呆れてモノが言えなくてな。でも当時の俺は大学生で、ちょうどその頃、尊敬していた教授が不祥事を起こしたんだよ。まあ、よくある話なんだけどさ、自分の教え子に手を付けて、不倫の末に奥さんが大学まで怒鳴り込んできたって話。しかもその教授、奥さんが学長の娘だったらしくて、最終的には閑職に追いやられたんだ。
人格者と呼ばれていた教授が、股がユルいと評判の女子大生に捕まって人生を棒に振る。俺は、それがどうしても納得出来なかった。だって、教授も俺の母親も決してバカじゃない、むしろ頭は良い方だったんだ。なのに、格下の相手に容易く陥落されて呆気なく全てを失ってしまった。
なぜだ?
そもそも想像すれば分かることじゃないか、既婚者がパートナー以外と付き合えばどんなリスクが有るかなんて。不倫がバレれば社会的に制裁されるし、家族からの信頼も失い、慰謝料だって請求されるだろう。勿論、モラルという概念自体が低くて、結婚後も自由恋愛を望む人間が一定数いることは理解しているよ。だけど、ウチの母親や教授に関してはそうじゃない。普通の倫理観を持ち、常に己を律することが出来る常識人だったはずなんだ。
俺は、考えた。
考えて、考えて、考え抜いた。そうしなければ、このまま同じ道を辿るかもしれないからな。それを回避するには原因を探るしかないだろう?…で、調べて分かったのは、俺の父親について言えば、ひたすら真面目な学校生活を送ってきたということ。無遅刻・無欠勤で授業態度もよろしく、高校時代に付き合った彼女とそのまま結婚するような男でさ。まあ、当然、妻となったのは俺の母親なんだけど。
対する浮気相手の男は、勉強なんかホント適当で、しょっちゅう遊び歩いていたらしい。見た目はそれほどイケメンでも無いが、女性関係はかなり派手だったと。まあ、数を熟したことで自信を持ったんだろうな。女を口説くのは異常に上手かったみたいで、学生時代は遊び慣れてる感じの女を標的にし、社会に出てからはそれ以外の女にも食指を伸ばしていたという話だ。
つまり、ウチの父親が必死に勉強していた頃、
その男は女について研究しまくってたんだ。
そんなもん、差が出て当然だと思わないか?
──なあ、分かるだろう?
俺の両親に足りなかったのは、経験値だ。
性に対して、余りにも潔癖すぎたんだよ。
だから、容易く堕ちた。
そもそもセックスばかりしてた男に、勉強ばかりしてた男が勝てるはずが無い。だいたい、どうしてセックスを軽んじるんだ?それが人類を繋ぐ最も重要な行為だと分かっているクセに、なぜ目を逸らすんだろうな。誰もが通る道だからこそ、ある程度は技術を磨き、経験を重ねておくべきだとは思わないか?その過程をすっとばして結婚なんてするから、呆気なく誘惑されてしまうんだよ。
俺は幸せな結婚生活を送りたい。
だからこそ、異性…いや、ここは敢えて正確に言おう。性に対しての経験値を上げておく必要が有る。その最たるものが、セックスだ。体に心が引っ張られない為にも、それは重要なスキルであるはずなんだ。お前に俺の考えを強要するつもりは無い。だが、もし賛同してくれるのであれば喜んで協力させて貰おう」
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