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10.マミは胸が痛い
しおりを挟むセフレだなんて、生々しいな。
以前の私ならば、
その存在自体を蔑んでいたはずなのに。
だって、愛し愛されて付き合っているんじゃなく、ただ欲を満たすだけの関係だなんて虚しいに決まってる。だいたい、胸を張ってそのことを報告出来るのか?!大事に育ててくれた両親に、『私、セフレが出来たの!』と笑顔で言えないでしょうが?!それって、自分でも不道徳なことだと思ってる証拠だよッ。
「あー、うん、えっと、…マミちゃん?」
もしかしてセフレから恋人に格上げされて、そのまま結婚…なんて甘い期待を抱く人も中にはいるのかもしれない。だけど、そんな成功例はほんの一握りで大半は本命が別にいるから!ねえ、もっと自分を大事にしなくちゃ。都合のいいオンナ扱いで美味しいところだけ持っていかれて、それでもジッと我慢し続けるなんてイマドキ流行らないよッ。
「なになに、何かスイッチが入っちゃったの?」
あとさ、偏見かもしれないけどセフレになっちゃう女ってなんとなくビッチっぽいよね。と言うか『ビッチ』って表現、ズルくない?まるで魔法の言葉みたいに明るくPOPな感じにしてくれちゃうけど、要は『アバズレ』ってことじゃん。アバズレって…あ、ネットで検索してみよう、丁度パソコンが目の前に有るからね。へええ、ふうん、なるほど。『品行が悪く厚かましい者』かあ。
「…そうです、私がアバズレです」
「もう、ヤダ、俺、マミちゃんが怖い!」
自分でも驚くほど深い溜め息が出て、自己嫌悪の夜はこうして更けていく。ニョロ野よ、本日もお世話になりました。
──その翌日。
私は華ちゃんとランチを食べる為、財布とスマホのみを手にして街なかを闊歩していた。そして、目的地である洋食屋の近くで、偶然バッタリ松原さんに会ってしまうのだ。
「あー、壮ちゃん!お昼ご飯はもう食べた?」
「おっ、華!久しぶりだな。今から新人と待ち合わせてクライアントと一緒に食べる予定なんだ。ちょっと急いでるから、ここでゴメン」
うっ、カッコイイ。
普通に歩いてるだけで私のハートを鷲掴みって、どうなってんの、あの人。はああああっ、めちゃイケメン。そりゃあ幼馴染の華ちゃんを優先するのは分かってますし、私のことなんか無視してくれちゃっても全然OKなんで、どうか今後もお付き合いのほど宜しくお願い致しますよ。
「……だよね」
まるで蠅の如く手をスリスリさせている自分の姿を脳内で浮かべていると、隣りで華ちゃんが何やら話し終えていた。いつもの私ならば適当に相槌を打っていたはずだが、どうしてか訊き直してしまう。
「え?何か言った?」
「あー、うん。この前、営業の甲斐さんから教えて貰った情報なんだけど」
「甲斐さん…って、ああ、あのインテリに擬態するのが上手なチャラ男ね」
「あはは、なかなか辛辣だなあ、マミちゃんは。えっと、でね、壮ちゃん、取引先の中でも最大手の会社の社長に気に入られて、その娘と結婚して欲しいとか言われてるんだって」
はあ?松原さんが、結婚??
驚き過ぎて、言葉が出て来ない。そんな私に背を向けたまま洋食屋のドアを開けた華ちゃんは、一瞬だけ振り返りながらこう言った。
「実は私、龍と付き合う前に壮ちゃんからも告白されてたんだ」
やはり私は言葉を発せない。華ちゃんはお店の人に『2人です』という意味で指を2本立てながら更に話し続ける。
「やっぱり本気じゃなかったってことかあ。私に断られてスグ次に行っちゃうくらいだもんね」
取引先の社長から縁談話を持って来られただけで、『次に行った』と断定するのはおかしい。もしかして毎週金曜に私と会っていることを周囲に誤解されているのではないだろうか?…そんなことを考えていると、華ちゃんが爆弾を落とした。
「土日にデートしてるみたいよ、そのお相手と。先週は車で遠出したって」
──胸が痛い。どうやら私は、自分でも驚くほど傷ついてしまったらしい。
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