20 / 29
20.マミは愛を感じる
しおりを挟むちなみに、このマンションに入るのは初めてだ。
どうやら不動産関係のクライアントから便宜を図って貰ったらしく、数週間前にいきなり物件を決め、驚きの早さで引っ越したと華ちゃんが言っていた。松原さん本人は勿論、誰からも住所を教えて貰ってはいないが、ある晩、同じ電車に乗っているところを見かけて、こっそりその後を付けたのだ。
ふむふむ。高給取りだろうに、それほど広くも無く、かと言って狭くも無い1DKの単身者用マンション。たぶん、寝に帰るだけの部屋なのだろうが、ベッドしか置いてないのはいったいどうしてだ。この人、本当にここで住んでいるのか?
「そう言えば俺、お前に住所伝えてたっけ?」
「いいえ、聞いてませんけど」
「は?じゃあどうやって辿り着いたんだ?」
「同じ電車に乗り合わせた際にコッソリ後を付けて確認しておきました」
「え、何それ、怖い。ストーカーじゃん」
「あはは、ご期待にお応えしただけですよ」
私のマンションと最寄り駅が同じって、そんなの『俺を追跡しろ』と言ってるみたいなモン…って、あれ?そっか、そうだよね。別れるつもりだったら、こんな近くに引っ越して来るとか妙じゃない?しかもこの界隈からウチの会社へ行くには電車だと乗り継ぎが必要だし、その本数も少なくて不便なはず。なのにどうしてこんな物件を選んだワケ?
考えれば考えるほど謎すぎて、自然と頭が傾く。
「お前ってほんと俺のことが好きだよな」
「はいっ、大好きです!」
条件反射で即答すると、松原さんが一瞬だけニンマリと笑った。
その顔を見てハッとする。ああ、そうか。この人、私のことを試しているんだ。何度突き放しても、変わらずにずっと自分を好きだと言い続けてくれるかを。たぶん『信じられない』と言いながらもその裏では、『信じさせて欲しい』と願っているのだろう。
「なあ、早く諦めろよ、俺のことなんて」
「いいえ、諦めませんよ」
ふふっ、まただ。
少しだけ嬉しそうに笑ったのを、私は見逃さなかった。まったく、面倒臭い男だな。でも、そういうところが可愛いんだけど。
「おい、どうしていきなり抱き着く?」
「抱き着いてません、抱き締めているんです」
「はあ?どっちでも同じだろ」
「私、やっぱり松原さんが好き過ぎて、他の男性とは付き合えないかもしれない」
熱い告白は華麗にスルーされてしまったけれど、毎度のことなので然程傷つかない。そんなことよりも、これまでは何を言っても無表情だったこの人が、一瞬とは言え嬉しそうに笑ってくれた。それは素晴らしい進歩ではないか。
「さてと。じゃあ、セックスしよっか」
「まさか呼び出した目的はソレですか?」
「あのな、精子は毎日作られているんだぞ」
「…は?」
まったくもう、ムード台無し。
「いや、真剣に聞いておけよ。定期的に出さないと、古い精子が新しい精子に悪影響を及ぼして精子DNAとか精子形成を劣化させるのな。そうなると男性不妊とか不能の原因になっちゃうってワケ」
「そ、それは大変ですね」
もうこんな夢の無い話、止めてくれません?
「な?定期的に出さないと、明るい未来も望めなくなるってこと。そして、どうせ出すなら気持ち良く出したいじゃないか」
「もう、『出す出す』煩いですよ!って言うか、社長令嬢の件は大丈夫なんですか?!私とこんなことしていることがバレたら、色々と厄介でしょうに」
「いいんだよ。社長令嬢は今頃ニート野郎と駆け落ちしてるはずだから」
「か、駆け落ち?」
そんな面白そうな話、どうして早く教えてくれなかったのか。
「これにてお役御免だ。俺は社長令嬢に振られる惨めなアテ馬という設定だしな」
「うわあ、松原さんがアテ馬だなんて随分と贅沢なキャスティングですねえ」
「ほんと1カ月会えないとか全然平気だと思ってたのに、意外と長く感じたなあ。早くお前の間抜け面が見たくて、ウズウズしちゃったりして」
「あはは、えへへ」
思わず照れてしまったのは、それって暗に私に会いたくて仕方なかったと言っている様なもので。いや、どう考えてもこの人、私のことが好きだよね?
0
あなたにおすすめの小説
女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です
くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」
身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。
期間は卒業まで。
彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
読んでくださり感謝いたします。
すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
『影の夫人とガラスの花嫁』
柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、
結婚初日から気づいていた。
夫は優しい。
礼儀正しく、決して冷たくはない。
けれど──どこか遠い。
夜会で向けられる微笑みの奥には、
亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。
社交界は囁く。
「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」
「後妻は所詮、影の夫人よ」
その言葉に胸が痛む。
けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。
──これは政略婚。
愛を求めてはいけない、と。
そんなある日、彼女はカルロスの書斎で
“あり得ない手紙”を見つけてしまう。
『愛しいカルロスへ。
私は必ずあなたのもとへ戻るわ。
エリザベラ』
……前妻は、本当に死んだのだろうか?
噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。
揺れ動く心のまま、シャルロットは
“ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。
しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、
カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。
「影なんて、最初からいない。
見ていたのは……ずっと君だけだった」
消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫──
すべての謎が解けたとき、
影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。
切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。
愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる