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8.彼の本音2
[引き続き大松課長side]
「へ?だから俺??」
「そうです、アナタが1人目に選ばれました。ドンドンパフパフ~~ッ!」
嬉し過ぎて涙が出る…ってコレ嫌味だからなッ。なんだよこの色気の無い誘い方?!彼氏が出来たと浮かれていた小嶋がいきなりダークサイドへと落ちたから、多分そんなことだろうと思っていたが。終業後、真剣な表情で相談があると言われ、そのまま激安の居酒屋へと連れ込まれて。ムードもクソも無い場所でコイツは言ったのだ。
「残念ながら初カレと別れました。いやあ自慢じゃないけど私、処女なんですよ~。やっぱソレが壁になるって言うか~、このままじゃ一生誰と付き合っても上手くいかないかもって思い始めてたら~、喜三郎さんが~、とにかく1回ヤッとけって~。だから、うっ、ぐぼ、ごふ、……。大まっつカチョ!私を女にしてくださいッ!!」
…なあ小嶋、『大まっつカチョ』って誰だよ。軽いフリしてても、緊張してんの丸わかりだぞ。いくら俺でも、そういうのはちょっとなあ。面倒臭いし、責任重大だし、…ってああ、そうさ。何よりお前、俺のこと好きじゃないだろ?なんかソレだけお願いとか言われるの、スゲエ傷つくんだけど。でもこれを断ると、お前、他の男に頼むだろうし。
くっそ可愛いな。
しこたま酔った状態で眺めると、様々な『しがらみ』から解放されるせいか目の前の小嶋に胸がキュンキュンする。だって俺、バツイチだし、14も年上だし、正直、自信なんか全然無いんだ。そうさイケメンだし、古い表現だと3Kで、いつでもどこでもモテモテだけど、そんなのはこいつにとってどうでもイイことで。他の女と違い過ぎるから、どう攻めればいいのか皆目見当がつかない。…それでも俺を『初めての相手』として指名してくれたのならば、その期待に応えるしかないではないか。
「別にいいけどさ、でもお前、大丈夫か?」
「は?何がですか」
「俺を初めての相手にするとさ、もう他の男じゃ満足出来なくなるぞ」
「うわあ。軽ぅい!」
ギクシャク、ギクシャク。場の空気を和ませようと軽口を叩き合うが、明らかに2人とも笑顔が引き攣っている。
「ああ、なんか喉がカラッカラでっ」
「え?ああ、おい、小嶋??もうそろそろヤバイから、これ以上飲むな」
小嶋と2人きりで飲むなんて初めてで、あまりにもハキハキ応答するから酔っていることに気付かなくて。ほら、こういう時って、有りがちじゃないか。よそのテーブル席での会話が聞こえてきて、その話題を拝借してこっちも盛り上がるとかさ。
>ええっ、豪華客船で世界一周?
>はあーっ、さすがだなあの社長!
そんなサラリーマンの声が耳に入ってきて、まずは俺がこう言った。
「いいなあ。豪華じゃなくても船で世界一周、定年後でもいいからやってみたくないか?」
ゴクゴクとウーロンハイを一気に半分ほど飲み、小嶋はにこやかに答えるのだ。
「課長はご存知ないかもしれませんが、その昔タイタニックという名の豪華客船が氷山に衝突、沈没するという痛ましい事故が起きましてね…」
「あのな小嶋。当然、俺もその話は知ってるし、映画でも見たし、ていうか何時代の話なんだよ」
更に残りのウーロンハイを飲み干しながら突然、小嶋は両腕を広げる。ほにゃほにゃと口ずさんでいるのは、どうやらセリーヌ・ディオンの曲らしい。
「ジャックとローズが死ぬんですよおおおッ」
ここで俺は気づいたのだ。コイツ、酔ってるなと。
「小嶋、ローズは死んでない。いや、もちろん現在は生きていないけどな、そういう意味で死んだと言うのであれば、確かに死んでるけどさ」
「ウーロンハイおかわりっ!」
止めろと言うのに、勝手に店員を呼びつけ追加注文しやがる。しかも何故か店員に握手を求めだした。
「手ェ、にぎにぎしてくださいッ。お願いです、にぎにぎすれば生き返るからッ」
いかにも大学生っぽいバイトが困り顔をしてこちらに救いを求めてきたので、俺は頷いた。
「ごめん、握ってやってくれないか?」
「え、あ、はい。それで生き返るなら…」
なんだこの意味不明な会話。これ以上、他人に迷惑を掛けてはならぬと思い。小嶋を片手で支えながら会計を済ませ、根性で店を出て階段を降りようとした、その時。ここで更なる試練。小嶋がスピッツの『空も飛べるはず』を熱唱し、ローズよろしく両腕を広げ出すのだ。
「わらしっ、ブラスバンド部だったんれすよ。『空も飛べるはず』が上手に吹けますッ!」
吹けると言っておきながら、なぜ歌うのか。
「おさない~ふふんを~っ」
「序盤からいきなり歌詞忘れてるじゃん。ダメダメだな、おい」
「おさない~…えっ、あっ、押さないで下さい」
「小芝居すんなよ。芸達者だな、お前」
いちいち丁寧に突っ込む俺もどうかと思うけど。なんか段々、楽しくなってきた。仕方なくジャックのつもりで腰を支えてやる。こんな姿、誰かに見られたら死ぬな。でも、誰もいないし平気か。…などと思っていたら。いきなり店の自動ドアが開き、ガヤガヤと数人のサラリーマンが出て来た。まずい、このままでは見られてしまう。
「こ、小嶋、その腕を下ろせ」
「ほーい、飛びまーす」
そう言いながらもなぜか小嶋は俺の腕の中でくるりと半回転し、抱き合うカタチになってしまう。そのままニコリと笑ったかと思うと、チュッと軽く頬にキスしてきた。
>うっわあ、こんなとこでキスしてやんの。
>見せつけんなっての、色男さんよお。
慌てて顔を背けるとその拍子で前脚がフラつき、俺だけが階段を滑り落ちる。酔っていても足元はシッカリしているらしく、小嶋は階段の一番上から心配そうに見下ろし、そしてこう叫ぶのだ。
「大松課長、死なないでくださーい、私まだ好きって言ってませ──んッ」
日頃ゴルフで鍛えているお陰か咄嗟に体を捻り、左手のみ負傷。いや、それでも激痛で暫く動けなかったが。先程、俺たちを揶揄ったサラリーマンが心配そうにこちらを覗き込んでいる。それを散らすかの如く小嶋が突進して来た。
「だい、だいじょうまつカチョ」
「…ん…ああ、『大丈夫?』と『大松』が一緒くたになってんぞ、小嶋ァ」
こんなときまで突っ込むことを忘れない俺。サラリーマンの1人が俺を抱き起し、ホコリなんかを払ってくれる。御礼を伝えるとそのまま一行は去って行き、静かになった時点で俺はスマホを取り出し、喜三郎に電話を掛けた。俺ひとりなら問題は無いが、酔った小嶋を放置しておけないからだ。その小嶋はさっきから俺に抱き着いて、コショコショと小声で何か呟いている。…そう言えば階段から落ちたショックで、肝心なことを忘れている気がするな。
「あ、喜三郎か?俺なあ、今、小嶋と飲んでてちょっと怪我しちゃったんだわ。で、病院行ってくるからさ、小嶋を送ってくれ。なんかコイツ泥酔してて1人で帰せない感じで。え?そっか、そんじゃ俺んちに泊めるか。今いる場所はLINEで送信しとくから。うん、悪いな、待ってる」
くっそ、いい加減暑いな。仕方なくコアラみたいに抱き着いている小嶋を引っぺがすと、その唇はまだ動き続けており。口元に耳を寄せ、言葉の内容を確認してみる。
「大松課長が私のことを可愛いと思うようになりますように。大松課長が私のことを少しでも好きになってくれますように」
…え…っと。
そっか、そういや落ちた直後に叫んでたな。
>大松課長、死なないでくださーい、
>私まだ好きって言ってませーーんッ。
そっか、そっか。やっぱ俺の魅力に陥落したか。あはは、そっかそっかそっかそっか。両想いなんだな、俺たち。そうと分かれば…って、どうするんだ??コイツは今、泥酔してるから素直なだけで、素面だと絶対にこんなこと言わないぞ。俺から好きだと言えば…って、ムリだし。日頃あんなにブスブス罵っておいて、その俺から告白すんの??めちゃくちゃハードル高ぇ。というワケで、両想いなのに膠着状態決定。とにかく小嶋の方から好きだと言わせなければ。
…そして長く厳しい俺の闘いが始まったのだ。
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