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私の選択
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「あ、あのう。付き合って欲しいということは、副社長が私のことを好きという解釈でよろしいのでしょうか?もしかしてデジタルコンテンツ部の歴代女性社員が立て続けに辞めたせいで、社長から最終通告を受けたりしていませんか?それで、私を繋ぎ止める意味で付き合おうと…」
だってそう考えなければ、このハイスペックでスペシャルモテ男の副社長が私なんぞを選ぶワケが無いのだ。
「えっと、あ…」
こんな時は『違う』と即答すれば良いものを、仕事では平気でハッタリをかますクセにプライベートでは全然嘘が吐けない正直者の副社長は困った表情でこう答えた。
「これだけは言える。…俺が社内の女に手を出したのは未来、お前が初めてだ。もちろん本気で付き合うつもりだったし、好きじゃなければ手を出したりしない」
へー、ほー、ふーん。
そういう返事が欲しかったワケじゃないのに、やっぱりそういう『好き』じゃないんだな。明らかにトーンダウンした私を察したのか、副社長は少し慌てた様子で取り繕い始めた。
「いや、だって、俺もう34だぞ?!仕事の話ならまだしも、そういう恋愛系の話はかなり苦手なんだ。『付き合ってくれ』と言ったんだから、そこから全てを理解してくれよ」
「副社長ってイタリア男並みに口説き慣れているはずですよね?普段からアモーレを連発しているって誰かから教えて貰ったのですが」
あ、固まった。
んで、微かに首を左右に振って再起動した。
「確かに口説きまくっていた時期も有ったけど、それは一晩限りの相手限定で…ほら、俺って下戸だろ?飲んでストレス発散も出来ないし、そうなるとソッチ方面で発散するしか無いワケじゃん。もう二度と会わない女だと思うからこそ、どんなに臭いセリフでも泉の如く湧き出てくるんだよ。逆に本命の女を相手にすると何を言っていいか分からなくなるっつうか…その…」
ポンポポロンポンポポロン
私のスマホがマリンバみたいな音を奏でて、電話が掛かって来たことを知らせる。真剣な話し合いの最中なので放置したところ、その電話は一旦切れてまた掛かり、再び切れてまた掛かって来るを繰り返し。それにキレた副社長が『どうにかしろ』と目で訴えたので、なんとなく見覚えの有る電話番号だなと思いつつも恐る恐る応答してみた。
「無事に帰れたのか?」
「はい?失礼ですがどちら様でしょうか…」
本当は名前なんて訊かなくても分かっていた。でも『念の為に』と思い、質問してみたのだ。すると相手はほんの少し躊躇しながら答える。
「圭…だよ。未来、こうして電話で喋るのはすごく久しぶりだなあ」
久しぶりだなあ…ってアンタ、何を呑気な。察するのが得意な副社長はどうやら電話の相手が圭くんだと気づいたらしく、私のスマホを勝手にハンズフリー設定へと変えてしまう。会話の内容を聞かれてなるものかと、それを元に戻す私。しかし副社長は再びハンズフリーに、それをまた私が元に戻して、でもやはり副社長がもう1回ハンズ…ああ、もう面倒臭いッ!!
「あれ?もしもーし、未来?聞こえてる?」
「えっと、うん、聞いてる。というかゴメン、富樫副社長も一緒に聞いてる」
結局、ハンズフリーのまま会話することに。こんなの横暴だ。だって私と圭くんの会話を承諾も無しに勝手に聞くなんて酷い。…という想いを下唇に込めて思いきり突き出す。きっと今、私の顔はとんでもなく不細工だろう。
「えっ?!富樫副社長が…。そっかあ…」
「私は止めたんだけど勝手にハンズフリーにして内容を聞こうとするんだよッ」
ここで圭くんが軽くキレてくれれば、『ほらね』と言って別室にでも逃げてコソコソ話せたのに。なぜか彼は許してしまうのである。
「いいよ。じゃあ富樫副社長も聞いてください、ここで宣言しておきたいから。俺、未来のことが好きだ。友達とか妹みたいとかそんなんじゃなくて。きちんと恋愛対象としての、好き。あの頃は傍に未来がいるのが当たり前で、その有り難さに気付けなかったんだ。10年間、毎日俺のことを『好き』って言ってくれただろ?…多分、今の俺が在るのは未来のお陰だ。スキスキってその存在を肯定してくれたから、だから、こうして生きて来れたんだ。離れて初めて分かったよ…俺、未来無しじゃ生きていけない。寂しくて寂しくて仕方なかった。もう自分を偽るのは止める。俺が欲しいのは未来だけなんだ。
あのさ、死ぬ気で未来を奪うことにしたから。もしかして富樫副社長と本当に付き合っているのかもしれないけど、でも絶対に諦めないよ。だって俺に彼女がいた時も、未来は俺のこと、諦めないでいてくれたもんな?10年間、必死で想いを伝えてくれたのにそれを無下にした償いも兼ねてさ、自分で自分に禊を与えることにしたんだ。俺は今から10年間、未来に毎日好きって言う。迷惑かもしれないけど他に方法が分からないから。
未来、本当に好きだよ!もう一度お前が俺を好きになってくれるように頑張ろうと思う。今は単なる仕事仲間でも、兄の友人という位置づけでも我慢する。だから二度と目の前から消えたりしないでくれ。せめて傍にいさせて欲しいんだ」
…あまりにも不遇の時代が長過ぎて、とうとうここまでリアルな妄想を見るようになってしまったんだな。もしかして末期かもしれない。『何処に行けば現実に戻れますか?』という顔をして副社長を見詰めると、無情にも彼は私にこう指示した。
「ほら未来、ハッキリ言ってやれ。自分は2年前から富樫副社長と付き合っていて、そんな風に迫られても困りますって!」
「え…ええっ?!」
げ、現実?私の脳内で作られたご都合主義の逆ハーレム話じゃなくて、実際に起きている出来事なの?!何か言わなければと思うのに、頭の中がゴチャゴチャで考えがまとまらず、まとまらないクセしてなぜか勝手に口が暴走し出した。
「だって私、ブスで地味で性格悪いしッ!!こんな人間だから10年間も振られ続けたんだって、自分で自分を納得させてたんだよ?!このままの私を誰も好きになるワケないって、勘違いしないように自分を戒めながら生きてた。でも性懲りもなく、龍を好きになって、彼女になれると思ったら案の定、裏切られて。女としての自信を粉々にされた時に、副社長が私を女として扱ってくれた。だからそれに迷わず縋っただけ。正直に言うと、好きとか嫌いとかそんな感情は取り敢えず置いておいて…ただ、女として扱って欲しかっただけなのかもしれない」
床に正座しながらスマホに向かって話す私を、副社長は真正面から抱き締める。
「大丈夫だから、未来。何もかも全部任せろ。ただ俺を選ぶだけでお前は幸せになれるから。ゴチャゴチャ考える必要は無いんだよ」
…私は弱くて狡い女だから、強い方に引き寄せられてしまうのかもしれない。2年間も男女としての関係を続け、そして今、こうして温かな抱擁をしてくれる目の前の人の方が、10年間も私の気持ちを拒絶し続けた人よりも信頼出来るような気がした。
だって、あの頃の私たちはいつでも付き合えたはずなのにそれが出来なかったということは…つまりこの先も上手くいくはずが無い。私のことがずっと好きだったって?でも、それならお兄ちゃんに私の住所を訊いて、会うことも出来ただろうに。所詮、その程度の気持ちだったんだよ。たぶん、あんなにしつこくしておいて、突然姿を消したから、それで怒っているんでしょ?モテ王子のプライドを損ねちゃったんだよね?
自分で自分の考えに納得し、
それから酷く落ち込んだ。
「圭…くん」
「あ、ああ。どうした?」
「ごめんなさい、私は富樫副社長を選びます。そうすることがきっと正しいと思うから」
「……」
長い沈黙の後でようやく圭くんは声を絞り出す。
「…うん、分かったよ。えっと、富樫副社長!」
「はい、どうしました?」
「そんなワケで今回は負けを認めますが、まだ諦めるつもりはありませんので。未来のこと、宜しくお願いしますね。どうか他の男たちから守ってやってください。あ、この場合の“男たち”って言うのは、俺以外の男たちって意味ですから!」
「ああ、心配しないでくださいよ。御門さんを含めた野郎共は全員、強制排除しますので」
こうして私は富樫副社長を選んだが、宣言通り圭くんは攻撃の手を緩めようとしなかった。
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