私たちは恋をする生き物です

ももくり

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彼が私を諦めない

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 ……
「では以上で。秋山!」
「はい」

「議事録を作成して社長に送っておいてくれ。あ、関谷専務にもな。電広堂さんの方は…」
「送信先リストをくださるということですが、どなたから頂けば良いのでしょうか?」

 比較的広めの会議室。帰り支度やランチへ行こうと立ち上がった参加者の中の1人が颯爽と右手を挙げる。

「私です。その他に幾つか質問したいことが有りますので、秋山さん、この後2人でランチしませんか」

 イヤイヤイヤ。

 書記担当の私に質問っておかしいでしょ?と言わんばかりに首をゆっくり傾げると圭くんは神々しいまでの笑顔でこう続けた。

「仕事の話なので、いいですよね?富樫副社長」
「じゃあ、私が代わりに承りますよ」

「副社長を煩わせるほどの内容ではありません、非常に単純な質問なので今回は秋山さんに対応をお願いしたいのです。…あ、そう言えばウチの東がこのあと昼食をご一緒したいと申しておりますが、ご都合の方いかがでしょうか?前回は断られましたので、今回こそ是非!」
「東部長が?…では、行かせていただきます。じゃあ、御門さんと秋山も一緒に…」

 ノンノンとまるでフランス人みたく人差し指を左右に振って、圭くんは肩を竦めた。

「息抜きの為のランチの席で、仕事の話をするような無粋な真似はしたくありません。しかし、どうしても確認しておきたい事項が有るので、出来れば私たちは別行動をさせて欲しいのです」
「ですが…」

 ここでくだりの東部長が戻って来て、『富樫副社長、美味しい店を予約して来ましたので一緒に行きましょう!』と強引に副社長を連れ去り。気付けば会社近くの回らない寿司屋で、圭くんと向かい合って座っていた。どこから情報を仕入れたのかは知らないが、この店は昼メニューが豊富でしかも安い。そのくせあまり知られていない穴場の店なのだ。

 私は握りセットの梅コース、圭くんは松コースを頼んだのだが、イカやタコがメインの梅とは違ってイクラやウニがメインの松コースはとても美味しそうに見えた。特に今日はヒラメが私の心を捉えて離さず、つい凝視してしまう。

「えと…。ヒラメか?食べたいのならあげるよ」
「う、い、いらない」

 ギチギチに並ぶ寿司の中から私がどれを食べたがっているのかナゼ分かるんだ、この人は?動揺を隠せずにいると、無言でそれを私の皿に移してくれる。必死で抵抗するものの、食い意地の張った私はその真っ白なヒラメの魅力に勝てず、とうとう口に運んでしまう。…ああ、想像どおりの味だ。いや、それ以上かもしれない。思わず瞼を閉じて鼻から息を吐くと、それを見た圭くんが嬉しそうに笑った。

「美味しいかい?良かったね」

 照れ臭かったので返事もせずにコクコク頷く。この調子で互いに無言のままモクモクと食べ続け、ようやく箸を置いて熱いお茶を一口飲んでいたら圭くんがいきなり話し始めた。

「それでさ、質問してもいいか?」
「え?はい、どうぞ」

「昨晩、電話で未来が言ってただろ?『龍を好きになって』って。この『龍』というのはもしかして須賀くんのことなのかな?」
「はへ??」

 どうやら質問は仕事関連では無く、思いっきり私生活のことだったようだ。

「あの…申し訳ないのですが仕事以外の用件でこうして2人きりで会うのは、ちょっと…」
「えっ?!…そっかあ」

 少し悲し気に睫毛を伏せて圭くんは続けた。

「じゃあ、仕事の話をするね!現在、接触しようとしている会社が、国内のみでは無く海外向けのコンテンツを配信予定でさ。それを受注した場合の、注意点を教えて欲しい。後は、既存クライアントが契約更新を渋ってる。だから説得材料としてログ解析を頼めないかな。今までは我が社の制作部でHPを作成代行していたんだけど、それを全部そちらに移行予定でさ。ログを細分化した場合のデータ項目を…」

 や、やれば出来るじゃん。
 本当に仕事の話をしてるじゃん。

 私はバッグから慌てて手帳を取り出し、その言葉を走り書きしながら少しだけ感動していた。だっていつもダルそうにしていたあの圭くんが、きちんと仕事をしているのだから。願わくば圭くんの方も、私の成長っぷりに驚いてくれますように。もう好きとか嫌いとかは抜きで、こうして仕事のことでしか関われなくなった私たちだけど、互いに刺激し合える仲になれるといいなあ。…なんてことをシミジミと思っていたのに。その晩、半身浴をしながらスマホで電子書籍を読んでいたら、電話が掛かって来て。

「もしもし、どうしたの圭くん?」
「あ、未来。いま話してても大丈夫か?昼間の話の続きなんだけど」

「うん、大丈夫だよ」
「あのさ、龍って須賀くんのこと?」

 どうやら続きは続きでも、
 仕事ではなく私生活の方だった。

 まったく、どうしてそんなことを知りたがるのだろうか?ちなみに昨晩、ハンズフリーで内容を聞いていたはずの副社長にはそのことを問われなかった。彼の性格から察するに『過去は過去だからもう気にしない』という考えなのではなかろうか。…ということをウッカリ口に出してしまったところ、圭くんは滑らかな口調でこう言うのだ。

「だってさ、気になるに決まってるだろ!俺が知らない時期の未来のことなんだぞ?どんな風に恋をしてどんな風に過ごしていたか全部知りたいに決まってるじゃないかッ」

 換気扇の低い音だけが響く浴室で、圭くんの声は恐ろしいほど反響し。そしてその後に続けられた言葉が、まるで呪文の如く全身に纏わり付く。

「俺は未来が好きなんだから」

 …こんな電話、切ろうと思えば切れたのに何故か話し足りない気がして。そのくせ副社長への罪悪感にも苛まれた結果、ひたすら仕事のことを話しまくってその電話は一時間後に終了した。
 
 
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