1 / 14
これまでのこと
しおりを挟む妹が、死んだ。
父と妹と私。
私たちは3人家族だった。
母は私が小学校に入ると同時に近所のスーパーで働き始め。もともと綺麗な人だったがそれがより一層綺麗になったなと思っていたら、ある日突然姿を消してしまうのだ。幼い私にはよく分からなかったのだけれども、父が悲しそうな表情でこう教えてくれた。『お母さんは他に好きな人が出来て、そっちに行ってしまったんだよ』と。
いま思えば不倫の末に離婚しただけの話だが、相手はそのスーパーの店長で、しかも向こうも既婚者だったことを考えると相当揉めたに違いない。それでも『本物の愛に出逢った』と言って母は相手の奥さんに慰謝料を払い、父も店長から慰謝料を貰って痛み分けとしたらしい。母は店長と共に遠くへと引っ越し、無事再婚。
勿論こちらは無事では無い。心を病んだ父と、幼い妹。この2人をなんとかしなければという義務感のようなものを抱いた私は、笑いたくもないのに笑い、根性で家事をこなしながらひたむきに頑張った。
とにかく幸せだったあの頃の家族に戻ろうと必死だったのだ。コッソリ隠れて泣くことも有ったが、それを悟られぬようにと細心の注意を払って耐え忍んだ。そんな怒涛の日々を過ごし、走り続けていたその足を少しだけ緩めようと思ったのは、妹の繭が大学に入り、私も社会人として生活が落ち着いてきた頃だ。
私には高校時代から7年間交際していた一之瀬直也という彼氏がおり、このままいけば結婚だろうと周囲の誰もがそう思っているほどの仲だったが、それは驚くほど呆気なく壊れた。
…直也が繭を妊娠させたのだ。
「ごめん、お姉ちゃん。私が全部悪いの!」
「悪いのは俺だ!勿論、責任を取って結婚するからどうか繭を責めないでくれ!」
繭は当時大学2年で、私たち姉妹は外見しか似ておらず中身は真逆だとよく言われたものだ。社交的な姉と、内向的な妹。でも、本当は私も内向的な性格で、母親代わりに買い物をしたり近所付き合いをしていくうちに社交的なフリをせざるを得なかっただけなのだが。
よく我が家を訪れた直也にずっと片想いしていたという繭は、勇気を出して自分から直也に迫ったらしい。『姉の恋人だと知っているのに、どうしても貴方のことが諦め切れません』と。『一度だけでもいいからデートしてくれませんか?』と。その想いに応えた直也は、一度が二度になり、二度が三度になってそれが定期的に続けられ、最後はとうとう一線を超えてしまったそうだ。
大好きな2人に裏切られ、この世の終わりだとすら思った私だったが、そうは言っても繭のお腹には新しい命がどんどん育っていくワケで。仕方なく全てを許し、2人は結婚した。
…しかし、話はここで終わらない。
妊娠中に繭が若年性乳ガンだと判明するのだ。
それもかなり進行している状態だと。
「ふふ、罰が当たったんだわ。悪いことは出来ないようになっているのね、お姉ちゃん」
そう言って妹は赤ちゃんを優先してガン治療を諦め、出産したその僅か1年後に亡くなった。…23歳という若さで。
これが私こと吉川桂の身に起きた、悲しい顛末である。
「…へ?ゴメン、意味が分からないな」
「はい、じゃあもう一回説明しますよ」
私の勤務先はいわゆるIT関連で。どこぞの御曹司(※でも三男なので結構自由)である社長と、その親友の副社長が起業した歴史も社員も若い会社だ。私はその中で一番の稼ぎ頭であるデジタルコンテンツ部に所属している。この部署は男が大勢いて、誰でも選び放題だけど、私は敢えてリアリティを重視することに決めたのだ。
地味…じゃなくて、えと、コホン。そう、ほどほどの顔立ちで、性格も温厚。年齢も1歳差とちょうどイイ!!貴方だったらきっと彼も納得してくれるハズだから。ごめんなさい、ややこしい話をしてしまって。もう一度改めて説明しますよ…と意気込んで口を『わ』の形に開いたところ、清水さんはいつもの落ち着くバリトンボイスでこう言い直した。
「うん、概要は分かったんだ。そんな経緯にも拘らず元彼…あ、形式上は義弟に当たるのか。とにかくその直也さんと接触を断つことが出来なかったと。直也さんの母親は当時、曾祖母を…そして曾祖母が亡くなったら今度は姑が脳梗塞で倒れてその介護をしているせいで孫の面倒まで見る余裕が無かった。しかも直也さんは一人息子で他に頼れそうな人がいなかったから、見るに見かねた吉川さんが姪っ子の日向ちゃんの面倒を見てあげたということなんだよね?」
「はい、そうです」
なんだ、よく分かっているじゃないの。でもまあ、私も既に就職していたので、出来ることは平日の夜や休日に面倒を見るくらいだったが。
「偉いよね、自分を裏切った男にそんな温情をかけてあげるなんて。なかなか出来ることじゃないと思うよ、俺は」
「いやあ、そんな、私なんて全然」
…しかし、幾らそんな事情が有るとは言え、昔付き合っていた私が当時は実家住まいだった直也の元へ通っていることを知った人々の中には口汚く噂する人も一定数いて。直也の両親の耳にもそれが入ったらしく、ある日『桂さんは直也と復縁するつもりなのか?』と訊かれてしまうのだ。もちろん私は『無い』と即答したが、彼らいわく『それでは困る』と。
「妻に先立たれてすぐ、その姉を家に連れ込む冷たい男だという悪評が広がっているんだよ。これでは将来、直也の再婚が難しくなってしまうからね。今後は遠慮して貰えないだろうか?」
こっちだって遠慮したいのは山々だが、じゃあ代わりに面倒を見れる人はいるのか?と問うとそれはいないと答える。直也の仕事柄、月に数回ある出張は断れないし、接待で遅くなることも非常に多い。何せ直也は就職したばかりなので、上司も事情は把握しているものの、余り融通が利かないのである。
まあ、もともと直也の両親…特に母親の方は繭との結婚に大反対だったし、それはまだ大学生なのに授かり婚をしたということも有るが、一番の理由は介護で心身共に疲弊していて、これ以上自分に対する荷物を増やしてくれるな…という一点に尽きるだろう。私だってSEという職種柄、残業や休日出勤も多いのだ。それを何とか調整して時間を作っているのに、そういうこちら側の都合なんてこの人たちにはどうでもいいに違いない。しかし、だからと言って『はい』と素直に受け入れることも出来ず、悩んだ挙句直也は実家を出てマンション住まいとなり、私はそこへ通うことに。そしてそれを機に外見も変えたのだ。
そう、出来るだけ野暮ったく見えるように。髪を伸ばし、メガネを掛けて化粧もしない。服装だって流行遅れな感じのものを箪笥から引っ張り出して着てみた。それは周囲への牽制というより、直也への牽制だったと思う。『私は貴方なんかに興味が有りません』『日向の面倒を見ることが目的なので私を女として扱わなくても結構です』と。自分でも言うのも何だが、それまでは美人だと評判だった私は跡形もなく消えてしまい。そこに残ったのはみすぼらしく不幸そうに見える女だけ。
不幸そう…いや、実際に不幸だったのだが。結局、私は日向のため時間に融通が利くフリーランスの仕事へと転職し、必死に頑張ってアッという間に5年の月日が過ぎてしまった。このまま平穏な日々が続くと思った矢先、私は再び直也の両親から呼び出しを受けてこう言われたのだ。『息子に再婚話を薦めたところ、自分のせいで桂が婚期を逃したのに、その自分だけが幸せになるなんて心苦しいと断られてしまってね。だから桂さん、早く誰か良いお相手を見つけて結婚してくれませんか?』と。
…は?そんな理由で私に結婚しろと??あまりの動揺に思わず『はい』と答えてしまった私だが、その後じっくり考えてみた。確かにこの先、私が直也と結婚することは有り得ない。だがそうなると日向の新しいお母さんも見つからないということに繋がる。かと言って私にそんなスグ相手が見つかるはずも無く。悩んだ私は取り敢えず転職してみたのである。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた
鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。
幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。
焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。
このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。
エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。
「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」
「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」
「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」
ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。
※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。
※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
『出来損ない』と言われた私は姉や両親から見下されますが、あやかしに求婚されました
宵原リク
恋愛
カクヨムでも読めます。
完結まで毎日投稿します!20時50分更新
ーーーーーー
椿は、八代家で生まれた。八代家は、代々あやかしを従えるで有名な一族だった。
その一族の次女として生まれた椿は、あやかしをうまく従えることができなかった。
私の才能の無さに、両親や家族からは『出来損ない』と言われてしまう始末。
ある日、八代家は有名な家柄が招待されている舞踏会に誘われた。
それに椿も同行したが、両親からきつく「目立つな」と言いつけられた。
椿は目立たないように、会場の端の椅子にポツリと座り込んでいると辺りが騒然としていた。
そこには、あやかしがいた。しかも、かなり強力なあやかしが。
それを見て、みんな動きが止まっていた。そのあやかしは、あたりをキョロキョロと見ながら私の方に近づいてきて……
「私、政宗と申します」と私の前で一礼をしながら名を名乗ったのだった。
地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます
久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」
大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。
彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。
しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。
失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。
彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。
「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。
蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。
地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。
そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。
これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。
数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。
【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました
えびのおすし
恋愛
瘴気を祓う任務を終え、聖女の務めから解放されたミヤ。
同じく役目を終えた聖女たちと最後の女子会を開くことに。
聖女セレフィーナが王子との婚約を決めたと知り、彼女たちはお互いの新たな門出を祝い合う。
ミヤには、ずっと心に秘めていた想いがあった。
相手は、幼馴染であり専属聖騎士だったカイル。
けれど、その気持ちを告げるつもりはなかった。
女子会を終え、自室へ戻ったミヤを待っていたのはカイルだった。
いつも通り無邪気に振る舞うミヤに、彼は思いがけない熱を向けてくる。
――きっとこれが、カイルと過ごす最後の夜になる。
彼の真意が分からないまま、ミヤはカイルを受け入れた。
元聖女と幼馴染聖騎士の、鈍感すれ違いラブ。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる