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D界のプリンス
しおりを挟む首を動かさずに視線だけこっちに向けるとか、器用過ぎるんですけど清水さん。
「吉川さんはなんてチャレンジャーなんだ!!お、俺だよ?きっと一緒にいても面白く無いだろうし、男女…いや、恋愛の一般常識に関する知識は皆無だと知っていながらその面倒を覚悟の上でこのクソ面白くも無い童貞男と付き合おうと思うということなのだろうか?あ、仮か、仮だから人助け感覚でレッスンしてやろうという考えでいらっしゃるってことなのかい?」
…た、確かに言い回しまで面倒臭いな。仕事面では簡潔でとても要領を得たレスポンスを返してくれる人なのに、どうして恋愛要素が絡むとこうなってしまうのか。『そんなだから貴方は童貞なんですよ』と上から目線で言ってしまいたくなるが、それをやってはお終いだ。大丈夫、長期戦で頑張るぞ!!落ち着け、私ッ。
「とにかく清水さんがいいんです。男性が気になるなんてほんと久々だし、こればかりは本能がそうさせているので自分でもどうにも出来ないというか。取り敢えずは仮でいきますけど、将来的にはそうじゃなくなるかもしれません。男女の恋愛なんて計画してどうこうなるモノでも無いですからね。とにかく、須賀さんにはそう言って今回は断って来ます。大丈夫、誰だって最初は不慣れなんですから一緒に頑張りましょう」
なんだか保育士さんになったような気分だ。
「龍を断って俺を選ぶとか、絶対に後悔すると思うんだが、どうかその時は恨まないでくれ」
「恨みませんよ。でも、清水さんにとって何もかも私が初めてだと考えると、少し萌えます」
訂正、保育士じゃなく男子高校生に色目を使う熟女の気分です。…もうあと5分ほどで朝礼が始まるため、慌てて須賀さんの元へと走って事情を説明する。すると彼は予想外の提案をしてくるのだ。
「ふうん、そっか。あ、でもさ、多分いきなり2人きりで会うとなると清水さんも厳しいと思うから、最初だけでも俺と3人で会うといいんじゃないかな?んで、慣れた頃に俺が外れてあげることにしよう。というワケで今晩の食事も予約を3人に変更しておくからヨロシク!」
「それもそうか。頭いいですね、須賀さん」
一旦、纏まり掛けた話に『待った』の声が乱入してくる。それは勿論、須賀さんの隣席にいた中島さんで。彼女いわく『3人だけで食事するなんてズルイ』と。それじゃあ、色々と事情も知っていることだし、加えてあげようという話になって、なんだかんだで我らは4人で常に行動することになってしまう。
畜生、邪魔だ。4人もいたら一向にLOVEい感じになれないではないか!!ただでさえ内気で私に心を開いてくれない清水D(※童貞の頭文字です)が、4人もいると私以外の2人としか会話をしなくなってしまうんだよッ。
…そして2カ月後。意を決した私は飲み会の後、他の2人を撒いてタクシーに清水Dを強引に押し込み、自分もその隣りに乗り込んだ。ホロ酔いだったはずの彼は一気に酔いが醒めたらしく、狭い車内でよくこれほど距離を開けられるよね…と感心するくらい身をドアに寄せて寝たフリをしている。可愛いヤツめ。フリなのはもう分かっているんだ!さあ、大人しく私にお持ち帰りされろ!!
暫くして目的地に到着したことを運転手に告げられると、清水さんは驚くほどヘタクソな演技で目を覚ます。
「ふああ、よく寝てしまったようだなあ。って…ええっ、ここはいったい何処なんだ?!」
「私の家です、早く中に入ってください」
「い、家って、だって吉川さんは父親と2人暮らしなんじゃないのかい?」
「言ってませんでしたっけ?ウチの父は目出度く新潟支店の支店長に就任しました」
「いつから?!」
「本当は来月からなのですが、住居などを整えるため既に引越し済みでして。長い間ずっと転勤は無いと聞いておりましたが、前任者が大病を患ったとかで急に打診されたらしく…」
とか言いながら、入るのを嫌がる清水さんの右手首を掴んで引っ張る私。
「いや、女性が1人で暮らす家へこんな深夜にお邪魔するなんて非常識だから遠慮するよッ」
「いえ、こんな道っぱたでワイワイ騒いでいる方がご近所迷惑で非常識だと思いますけどッ」
そう言うと途端に抵抗を止め、悲し気に家へと入って行くその姿は、まるでドナドナの歌詞に登場する牛のようだ。
「お邪魔します」
「はい、ようこそいらっしゃいませ」
何も取って食おうというワケではないのに、そこまで怯えなくても…。
この後、童貞界のプリンス・清水明人は皆んなの期待を一身に背負ったせいか、驚くべき行動に出るのだ。
まずは経緯を説明させて貰おう。
清水さんは家に入るなりキョドキョドし、すぐ帰りたそうな顔をしていたが、そんな彼に私は父が帰ってきた時のために残しておいた部屋着をそっと渡した。だって先日、日向の面倒を見に行ったら固定電話に直也の母親から電話が掛かって来て。絶対に私と日向しかいないと知ってて掛けて来たクセに、しらじらしく偶然を装った挙句ネチネチと『そろそろお相手は見つかったのかしら』とかなんとか催促されたんだものッ。私、小さい頃から擁護してくれる母親がいなかったせいか、オバさんという生き物が本当に苦手で。あの人たちは、私みたいな弱っちい小娘を標的にしてスグ威圧してくるから。
ハイハイと適当に相槌は打っておいたが、とにかく早くこの状況を打破したい。となると一番の近道は清水さんとの距離を縮めることで。しかし、このまま4人で仲良しこよしでいたら進展しないことは目に見えているため、とにかく2人きりでの会話量を増やしたかった。だからこその我が家なのである。どこぞのバーや居酒屋でお喋りしても、本音は引き出せないに決まっている。周囲の目を気にせず解放的な雰囲気で話すには、少し恥ずかしいけれども己のテリトリーに招き入れることで実現するのではなかろうか。
ところがなかなかそのチャンスが訪れない。何故なら4人で飲み会をすると、そのあと必ず中島さんが私と一緒にいたがるからだ。駅ナカのカフェなんかで緩~い女子トークをしたがるのだ。ところが今日は、飲み会をした店を出た途端、中島さんのスマホに電話が掛かって来たので、彼女が話し込んでいるその隙に清水さんの腕を掴んで彼をタクシーにブッ込み。そして逃げるように我が家へ辿り着いたのだ。千載一遇のチャンスを逃してなるものか…そう決心した私は夜通し喋るつもりだった。だって明日は土曜で珍しく休日出勤も無いし、時間に余裕が有る方が伸び伸びと話せるではないか。
「どうぞ遠慮なく泊まっていってくださいね」
「えっ…」
「じゃあ、私、先にお風呂へ行きますから」
「あっ…」
ん?もしかして先に入りたかったのかな。でもごめんなさい、軽く浴室を掃除したいので…。そういう謝罪の意味を込めてチラチラと見たのだが、どうやら清水さんはその視線を違う意味で受け取ってしまったらしい。スッポンポンになって浴室の床を豪快にブラシで擦り、鏡も磨いて『フウッ』と一呼吸ついたその時…思わず私は固まった。
なぜか鏡にもう1人の裸体が映っていたからだ。そう、明らかに女性とは異なるガッシリとした筋肉質な裸体が。
「はうあっ?!」
「遅くなってゴメン。なかなか勇気出なくて」
そこにいたのは勿論、清水さんである。
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