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諦めるにはまだ早い

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 何かモノ言いたげに口を開いたかと思うと、清水さんはその口をスグに閉じた。そんな彼に向けて私は続ける。

「実は先日、姪が風邪を引いたので付き添いで病院に行ったんですね。予想通り待合室は老人だらけで、私から見れば全部『老人』なんですけど、ふとその会話が耳に入ってきまして。60歳のお婆ちゃんに向かって、75歳のお婆ちゃんが『アナタはまだまだ若い』と言ったんです。

 それが凄く衝撃で。だって、60歳が若いのなら30歳の私なんて赤子も同然ですよね?そっか、40歳になっても50歳になってもそれより年上の人たちから見れば私は若いんだなって。そんな当たり前のことに気付いて、

 …諦めるのは早いと思ったんですよ。

 まだ30歳の若輩者のクセに、恋愛を諦めるなんて早すぎるって。でも、あの頃の情熱は無くなってしまった。ふふっ、申し訳ないですけどね、こんな私でも中学高校くらいの頃は恋愛に対してメチャクチャ夢を抱いていましてね。

 熱烈な恋がしたいって。
 愛し愛されてみたいって。

 あの頃の自分にはもう戻れないけど、だったらそんな夢を抱いている相手と恋愛をすればその情熱を分けて貰えるんじゃないかと思ったワケなんです。綺麗になった途端、周囲の男性社員たちは急に優しくなりました。でも清水さんは綺麗じゃなかった時の私にも凄く優しかったでしょう?そして綺麗になった私を、全身全霊で意識してくれた。チラチラと盗み見ては少しの会話でもドキドキしていたのが伝わってきましたから。

 そっか、この人、私のことが好きなんだな…と思ったら、すごくすごく嬉しくなったんです。甘酸っぱいあの頃の恋愛が蘇ってきたようで、なんだか幸せな気持ちになれたというか。貴方とだったら、もう一度恋愛が出来そうな気がします。ねえ、清水さん…」

 素早く鼻の穴に入っているティッシュを引っこ抜いて清水さんは『はい』と返事する。

「私のことが、好きですか?」
「うん。あの、なんか俺、モテないクセに女性に対して脳内で勝手に審査しているんだよね。言葉遣いとか身だしなみとか仕事っぷりとか他者との関わり方とか。吉川さんってその全部に最高点で合格してくれちゃうんだもん。地味な外見しててその高評価だったのに、これが外見を整えると美人だったとかさ、もう無敵だよ。しかも俺なんか絶対に相手にされないと思っていたのに、選んでくれちゃっただろ?もうこの後の展開、全然読めないよね?ほんとヤバイ」

 私だって驚いているのだ。こんなタイプ、少し前までの自分だったらきっと選ばなかっただろうし、その他大勢の扱いで眼中に入らなかったはずなのに。

「ねえ、きちんと言って。私のことが好き?」
「うん、す、好き…」

 展開が読めないのは私も同じだ。だけど取り敢えずは両想いということで、前途多難っぽいこの恋愛をスタートさせてみようと思う。





 ………………
 ご安心ください、交際開始一週間目ですけど私の彼は未だにDですからッ。だって、段階を踏んで先に進みたいじゃない?デートして、手を繋いで、キスしてそれから…ぐふふっ。高校時代に直也と経験したあの初めての数々をこれから清水さんと一緒にじっくりと味わうのである。たぶんきっと、人生でこれが最後の恋愛になるかもしれないし、いや、そうであって欲しいと私は願っているし、若い頃はテンパって慌てているうちに全てが終わっていたから、30歳の今だからこそ、1つ1つのプロセスを記憶に刻み込んで堪能してやると決めたのだ。

 ふんがふんが(※鼻息の音です)。

 オフィスラブ最高!!隣りの席に彼氏がいるだなんて、めっちゃ幸せ~!!しかし我らはクソ真面目カップルなので、仕事とプライベートを混同していると思われたくないため、職場では交際を隠すことにした(※一部を除く)。

「吉川さん、このエラーを修正したいからバグを発見しておいてくれるかな?」
「えっ、どこでしょう?清水さんのPCで確認させて貰っても良いですか?」

 ぎゅう。

 えっ、何してるのかって?仕事にかこつけて、マウスごと清水さんの手を握っているのだよ。

 ふっふっふう。

 設定的には男女逆な気もするが、清水さんからこんなことをしてくれるはずも無く。適度なスキンシップは必要だと思うワケで。って、おいこら、そんなに頬を染めて私を見上げたら周囲にバレてしまうでしょッ。

「俺、もう心臓が破れそう…」
「うっ」

 マズイ、余裕ぶって仕掛けてみた私だったが、そんな可愛いことを言われるとニヤけてしまいそうだ。む、無理、真顔に戻せない。周囲に悟られぬよう、慌ててトイレへ向かうことにしたのだが、その道中…というか廊下で誰かが壁に向かって電話をしていた。

 >ええ、では近日中に伺わせていただきます。
 >そうですね、電広堂としては…

 どうやら取引先である大手広告代理店・電広堂の社員のようだ。我が社で打ち合せ中にクライアントから電話が掛かって来て中座したのだろう。見るからに若そうな感じの男性で、全身からお洒落オーラが滲み出ている。見えていないと知りつつも、一応会釈をして横を通り過ぎようとしたその瞬間、電話が終わったらしく。目と目がガッツリ合ってしまう。

「桂先生?!お久しぶりです、うわあ、やっぱり綺麗だな~」
「ひ、聖くん…」

 その昔、家庭教師をしていた時の教え子…の親友である倉橋聖クラハシ ヒジリだった。相変わらずのキラキラフェイスで彼はこう続ける。

「あの、俺、今、フリーでッ。桂先生も彼氏がいないってそちらの同僚の方から聞いてます!だからっ、俺と付き合ってくれませんか?!」

 
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