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美香編

恋のはじまりは突然に(望月視点)

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 ※本作は『朝日家の三姉妹<1>~香奈の場合』の第50話(「妹の心、姉しらず」)の一場面から始まっており、あちらでは脇役だった望月の視点で二話ほど続きます。また、二話目に淑女の皆様が嫌悪感を抱きそうなエピソードが登場しますので、心の準備をしておいてくださいませ。
 
 
 
 
 ────
 
 女性というのは皆んな、ふわふわと柔らかくて優しい生き物じゃないのか?
 
 少なくともウチの母はそうだった。
 
 若くして出世した父は外ではどうか知らないが、家の中ではとにかく暴君で。空の湯呑みを掲げれば『お茶のお替り』の要求だし、爪をジッと見つめれば『爪切りを寄越せ』という意味で。休みの日にはダラダラしているだけだったけど母はソレを笑って許し、いつも微笑んでいたぞ。
 
 俺の周囲の女性たちだってそうだ。どんな時もニコニコ笑顔で、敬意を持って接してくれる。もしかして俺を狙っているからかもしれないが、それを差し引いたとしても決して不快にさせられたことは無かったし、皆んな一緒にいて居心地のいい素敵なコたちばかりだった。…なのに。
 
「あんた、口ついてんの?何か喋ったら?」
「えっ?あの、何か飲み物を注文しますか」
 
 目の前のこの生き物は、いったい何だ?!
 
「ハア~」
「た、溜め息??どうかされましたか?」
 
「あのね、香奈が注文したマンゴーサワーがね、もうココに置かれているワケよ」
「だからその、他のモノが良ければと…」
 
 怖い怖い怖い。
 
 ふわふわしてないしむしろトゲトゲしてるし、好戦的で迂闊なことを言うと挑まれるし、何かというと俺を小バカにするし、とにかくさっきからニコリともしないし、
 
 ほんとにこれ、カナスケの姉なのか?!
 
 まったりのんびりとした時間を過ごすはずが、嵐の如く内藤さんにその相手を連れ去られ。姉妹なんだし中身は同じだろうと思って気軽に誘った5分前の俺を今は叱りたい!!何て愚かなことをしたんだ、お前はッ。
 
 確かに美人だ。メチャクソ美人だ。
 でも、中身が残念過ぎないか?
 
 なんかもう俺、おしっこチビリそう。
 
「もったいないオバケが出るでしょ」
「え?…あ、ああ」
 
 で、今さら可愛いこと言うの卑怯だろッ。
 
「ごめん、なんか委縮させちゃったかな。でも私、いつもこんな感じだから…」
「いえ、全然気にしてませんので」
 
 本当はメッチャしてるし──ッ。
 
「うわ、これ甘い、甘い甘い甘い」
「あの…じゃあ、俺のと取り換えますか?」
 
 とにかくこの場を穏便に済ませなければ。当たり障りの無い会話で…そうだな、約2時間を目途にしてみようか!!いや、本当は今すぐ急用が出来たと言って帰ってもいいくらいだが、でも何となくこの珍獣に興味は有る。今日限りで会うことも無いと思えば2時間の苦痛くらいきっと平気さ。
 
 頑張れ、俺!!
 
 自分で自分にエールを送りつつも、無言で差し出されたマンゴーサワーをビールと取り替える。コクコクと喉を動かしてソレを飲む姿を見つめ、改めてシミジミ思う。この顔、ホント好みドンピシャなんだけど。見れば見るほど美しい。これはきっとモテるよなあ…喋らなければ。そう、喋らなければ。
 
「えと、ごめん。なんか感じ悪いよね私」
「あはは、自覚あったんですね」
 
 その姿に見惚れていたせいでウッカリ本音が出てしまい、慌てて訂正しようとしたのに。
 
「うふ、そう!有るのよ、私。偉いでしょ」
「…うあっ」
 
 思わず小さく唸ってしまったのは、その笑顔に不意打ちをくらったからだ。
 
 なんだこのギャップ!!
 仏頂面からいきなり天使かよッ。
 
「ビール、おいし~」
「あ、う、それは、良かった…です」
 
 ほい、陥落。
 
 こんな短時間で恋に落ちるとは、
 本当に自分でも意外だった…。
 
 
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