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美香編
た、鷹??
しおりを挟む小さくコクンと頷きながら、柴崎さんは突然私の手をガシッと握り出す。
「な、何してんですか?!」
「仕事でも、俺について来れるのはお前くらいだし。とにかく愛の無い婚約は破棄しろ、いいな?」
「私、愛してますし…婚約者のこと」
「嘘吐け!聞いたんだぞ、お前が同期の丸山に愚痴っていたのを。妹の婚約が決まったけど、父親が『姉を先に嫁がせないと結婚は許さない』と言ったとかでとにかくお前、結婚を焦ってるそうじゃないか!」
ちょっ、それ、大昔の話だから!無駄に瞳をキラキラさせて柴崎さんが顔を近づけてくる。って、おい、こら、止めなさい!!
「ええっ?!朝日さんと…柴崎さんって…」
一生の不覚!!こんな誤解され易そうなシチュエーションをアシスタント女子に見られたぞッ。しかし、不幸中の幸いと言うか、それは荒木田だった。
ほら、以前私がコンビニで望月から逃げようとして転倒し、その際に『ふえぇん』と泣き真似をしたでしょ?本家本元がこの後輩で、とにかくコイツは天然なのだ。
「なるほど、柴崎さんと婚約!納得です」
「違う違う、私の婚約者は望月遼太郎という名で、妹と同じ会社の出世頭よ!!」
ハイ、出世頭は不要な情報でしたね。
「えっ?だって美香さん、今、柴崎さんと濃厚なキスをしてたでしょ?」
「ちょっ荒木田!あんた視力いくつよ?!」
「えっと裸眼で左右とも0.2ですう」
「だったら見えてなくても仕方ないわね。私は柴崎さんに迫られていただけで、キスなどしちゃおらんわッ!!」
興奮のあまり言葉遣いが乱れる私に怯えながらも、荒木田はおずおずと言葉を続ける。
「でもコンタクトを入れると左右とも1.2で、今はきちんと装着していますう」
「ええいっ、紛らわしい言い方をしないでよッ。でも1.2だったとしてもキスなんかしてないったらしてないわ!!」
何その分かり易いまでの疑いの目はッ?!ムッとして尚も反論を続けようとする私の肩を、誰かが強い力で掴んだ。──た、鷹??アラブの石油王の如く、突然飼っていた鷹が肩に舞い降りたのかしら。…などと有り得ない妄想を膨らませていると、いきなり唇に生温い何かが接触した。
こ、これは?!
もしかしてもしかすると??
柴崎さんが私にキスをしていた。
それも濃厚でいやらしい類のキスである。
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