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美香編

タチの悪い男

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 そう言って柴崎さんは立ち上がり、バツイチの滝さんの傍に行って二言三言会話した後、座席を元通りにチェンジした。
 
「柴崎くんとの話、終わったみたいだね」
「はい、滝さん。あちらに移動させてしまったみたいで申し訳ありませんでした」
 
「いいんだよ、俺もあっちで荒木田さんに話したいことがあったからね」
「あ、あらきだ…」
 
 思いっきり動揺したのは、柴崎さんとキスしたことを天然爆弾の荒木田がペロッと喋ったりしていないか不安になったせいだ。この私が『望月と同類』と括ってしまうほど、察することが天才的な滝さんは質問する前に先回りで返事をしてくれる。
 
「あ、大丈夫。彼女、誰にも言ってないよ。…俺以外には」
「うっ、荒木田、喋っちゃいましたか…」
 
 私に横顔を向けたまま滝さんは深く頷く。

「荒木田さんには口止めしておいたから。婚約したばかりなのに、そんな同僚男性とキスしていたという噂が広まったりすれば、破談になる可能性も有るぞと釘も刺したから安心して。それに俺の予想では一方的にされたんだよね?」
「はいぃ」
 
 物凄い勢いで頷いたら、頭をテーブルにぶつけそうになってしまう。それをどうにか回避した私は滝さんに話してしまうのだ。
 
 そう、柴崎さんに言われたことを全部。
 
「でもさ、容姿って重要じゃないか?」
「ですが、どんなに好みでも老けたら…」
 
「美人も多種多様で、その中でドンピシャ自分好みの1人を選ぶことは難しいと思うんだよね。バタ臭い顔が好きな男もいれば、サッパリした顔が好きな男もいる。そんな気が遠くなりそうなたくさんの選択肢の中から朝日さん1人を選んだとすれば胸キュンだろ?」
「は…あ…」
 
 い、いまこの人、胸キュンって言った?!
 
「それに容姿なんて取っ掛かりに過ぎないよ。だって朝日さんもよく考えてごらん。どんなに自分好みの見た目でも、暫く付き合ってみたらやっぱりダメでした…ってことも有っただろ?要するに恋愛なんて振り分け作業なんだよね。第一段階は見た目で振り分けて、更に価値観や空気感などの自分にとって重要な項目で振り分ける。そして振り分け続けて最後に残った人が見事、結婚相手になれるというワケ。
 
 だからさ、あまり悩まない方がいいと思う。朝日さんが無意識に振り分けて、その婚約者を最終選考に残したように相手も朝日さんを残したんだ。それは光栄なことだし、部外者の言葉にいちいち揺らいだりしては選んでくれた相手に失礼じゃないか」
 
 同意する意味で私は何度も頭を上下に振る。すると飄々とした表情のままで滝さんは私が手にしていた例の名刺を奪うのだ。

「えっ?ど、どうするおつもりですか」
「柴崎くんはねえ、生粋の狩人なんだよなあ。他人のモノになった途端、欲しがっちゃうんだ。で、手に入ると飽きちゃう。ほら、受付にいた高岡さんって覚えてる?」
 
 もちろん覚えている。清楚な感じのとても美しい女性だった。取引先の若社長に見初められて寿退社する予定だったのに、何故か退社1カ月前に破談になったと聞いている。
 
「あれもね~柴崎くんが関わってるらしいんだ。彼も別に悪意が有ってそうしているんじゃなく、何というか…そう、性癖なんだ。フリーの女性は簡単に手に入ってしまうから、なかなか手に入らない相手を選ぶと必然的にそうなるんだよ」
 
 まったく、なんてタチの悪い男だろうか。
 
 
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