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美香編

迎えに来たよ

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「大丈夫、朝日さんの代わりに俺がこの店へ行くから。そして困っていたからもうチョッカイを出すなと忠告しておいてあげる。一応、これでも柴崎くんの先輩だからね。幾らアイツでも先輩からの忠告を無視するワケにもいかないだろう?それに…」
「それに??」
 
 手にした名刺をヒラヒラと揺らしながら、ハッとした表情で滝さんは唇を噛む。
 
「いや…何でもない」
「はあ、そうですか」
 
 滝さんの視線の先には、柴崎さんと荒木田が仲良くツーショットで座っていて。何やら楽しそうにキャッキャと喋っている。荒木田は滝さんと柴崎さんが所属する第三課のアシスタントなので、日頃から仲は良いのだ。
 
 一時期、その荒木田が柴崎さんのことを好きなのではないかという、まことしやかな噂も流れたがそれをキッパリ否定したのもまた荒木田で。
 
 小中高と女子校に通い、大学で初めて同年代の男子と同じ生活空間で過ごしたという彼女からしてみれば、柴崎さんを好きになるのはきっとハードルが高過ぎてスグ諦めたのかもしれない…などと我らは推測している。
 
 
 
 
 
 …………
 >送り狼になるなよ~!
 >おやすみなさい、また月曜に!!
 >お疲れさん、気を付けて帰れよ。
 
 総勢29名が一斉に店を出る。
 
 ウチの部署ではあまり積極的に二次会をしようと声を上げる者はいない。良く言えば個性豊かな面々なので、悪く言えば纏まり無くバラバラだから誰も『全員で次の店に行こう』とは言い出さないのである。
 
 店が駅裏に位置していたことも有り、帰宅組はそのまま駅へ向かい、そうで無い者は幾つかのグループに分かれて次に目指す店を何処にするのか話し合いを始めた。そんな人の塊を潜り抜けようとしたが、今日は給料日だということも有って殆どの人が帰らないらしく、途中で身動きが取れなくなってしまう。
 
 程好く酔っているせいか誰も人を通そうとせず、まるで巨大な『おしくらまんじゅう』をしている気分だ。えっと、どうしようかな、押してもダメなら引い…いや、無理、ちっとも動かない。
 
 仕方ない、騒ぎが収まるまで待とうと決心した私の手首を誰かが掴み、グイグイと引っ張った。

「え?だ、誰ですか?!」
 
 まさか柴崎さん??…のはずないか。だって、目的地の店まで別々に行こうとまで言うような男が、人前でそんな目立つことはしないだろう。ようやく過密地帯から抜け出た私は、街灯の下でゆっくりと助けてくれた人が誰かを確認する。
 
「な、なんでっ?!」
「姫様、迎えに来たよ。車は目の前のコインパーキングに停めたから(はあと)」
 
 ええ、良い子の皆さんは既にお分かりですよね。じゃあ一緒に答えてみましょう。

 >せぇの、もちづき~!!
 
 確かに『金曜は会社の飲み会なの』と話した。そして何時から、どこの店でということも問われた。だからって、いつ終わるかも分からないのに迎えに来る??いや、それなら『終わったら電話して』とか言っておこうよ。アンタどんだけ待ったんだっつうの。
 
「ん?そんなに待ってないよ。だって飲み放題だろうし、だとすれば普通は制限時間2時間だ。気にしないで、俺がそうしたくて勝手に迎えに来たんだし、それにほら俺、コンビニで長時間待っちゃうような粘着男だからさ、あはは」
 
 
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