みどりさんの好きな人

ももくり

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9.龍之介

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「ったく、龍之介ばっかイイ思いしやがって」
「そうだよ、いつもアイツだけ。なんなの?」
「ああ、畜生!有川翠、狙ってたのになあ」


 …放課後。

 いつもの如く、女子から呼び出しを受け、
 告白タイムをなんなく終えた。

 やっぱ特定の彼女つくるとラクだな、断る言い訳をショートカット出来るから。鼻歌交じりに教室に戻ると、友人のはずの奴らに、クソミソ悪口言われてて。仕方なく聞こえないフリで中庭へと向かい、時間を潰す。
 
 学園王子・森野龍之介の秘密を誰も知らない。…きっと皆んなこう思ってるんだ。

 社長の息子で苦労知らず。
 遊んでいても、成績は学年一番。
 運動神経抜群で、誰とでも仲良くなれる。
 
 女なんか取っかえ引っかえで、
 人生楽勝のムカつく男。
 
 いやいや。そんな遊んでて、一番になれるワケないだろ?家庭教師は2人もついてるし、成績落ちると、親父から怒りの鉄拳、飛んでくるんだぜ?とにかく何でも一番になれってさ。小3のとき、運動会のかけっこで転んでビリになったときなんか、朝まで正座させられた。

 そう、俺の父親は異常なまでの一番マニアで、一番を取れないと、説教と鉄拳が飛んでくる。それが怖くて、いつもビクビク。臆病な自分がバレないよう、軽い男を演じてる。そんな男、本気で好きになる女はいないだろ?このまま一生、俺はこの調子なのかな。

「はァ、なんかもう、疲れた…」

 誰もいないはずの中庭。校舎の壁にもたれていると、ふいに人の気配を感じて。ぐりん、と顔を横に向けると…ち、近い。真横でバッサバッサとまつ毛が動く。

「あ、有川?何してんの??」
「さっきから真横にいましたよ。声を掛けたけど、思案中らしく無視されまして」
 
 思わず、口元が緩む。ったく半端ない破壊力。他の奴らが妬むのも仕方ない。ずっと見てても飽きないや。有り得ないほど可愛いな。

 なんかさあ、とにかくこの目なんだよ。…優しくて、妙に癒される。『慈愛に満ちてる』っての?自分の犯した過ちを、全部浄化してくれそうな、清らかで美しい輝きに満ちている。こんなコが、俺の彼女だって。はは、笑っちゃうだろ?

「あまり無理しない方がいいですよ」
「…え?」

「森野君は、いろいろ頑張り過ぎです。たまに手を抜いても大丈夫だから。私には、無理して笑顔を向けなくてイイです」
「いや、別に俺、無理なんか…」

「してますよ。見てたら分かるもの。万人に笑顔を向けるのも、大変でしょう。私には、普通でイイですよ」
「あー、うん」

 普通がもう、分からないんだよ。この気持ち悪く張り付いた笑顔が、もう、剥がれなくなってるんだ。──そんな俺の真意を読み取ったのか、有川は急に脇腹をくすぐってきた。

「な、ちょ、止めろ、何すんだ!もう、俺、脇腹くすぐられるの弱いんだって」

 怒りながら、笑っていた。

 なんなんだ、コイツ。『付き合う』とは言ったけど、まだ日も浅いし、1回だけ一緒に下校した程度で、何しやがる。鼻息も荒く、抗議しようとしたら、彼女は真顔でこう言った。

「やっと本当の笑顔が見れました。笑い方が分からなくなったら、言ってください。またこうして、くすぐってあげますから」

 この瞬間、恋におちた。

 確かに、超絶可愛いし、一緒にいると目立つ。でも、そんな外見なんかどうでも良くて。自分の心に触れようとしてくる人間に、初めて出会い。ただただ、嬉しかったのだ。
 
 …なのに。

「ちゃんと言ったのか、翠」
「あ、シュウちゃん」

 目の前に、敵接近。もう、なんなのコイツ。有川が俺と付き合うのを、妙に反対してて。2人きりでいると必ず邪魔してきやがる。かれこれ3日連続、コイツと有川の3人で下校してんだぜ。何の罰ゲームなんだっつうの。

「お前が言えないのなら、俺が代わりに…」
「わ、私が言うからッ」

 なんだか嫌な予感がした。で、その予感は当たるワケだが。

「あの、バレたんです、嘘カレのこと。いや、仮カレっていうんですかね、本当は。それとも、ダミー・彼氏?いえ、もしかして…」
「ああ、もうどうでもイイし、話を先に進めて」

 俺、ちょっとイライラするの巻。

「それで、逆にシュウちゃんの嘘カノになれと。森野くんには申し訳ないのですが、この人には並々ならぬ恩を受けており、断れないのです。そんなワケで、短い間でしたが、オツトメご苦労さまでしたッ」
 
 …へ?
 俺、彼氏役を解任されたワケ??

「いやいや、そんなのダメだよ。俺、友達とかにも有川と付き合ってるって、言いふらしちゃったし。今さらカッコつかない…というかさ、そんな恩を押し売りされて、仮カノになるのとか、止めたら?

 ああ、もう改めて言っちゃうよ。有川翠さん、俺と真剣に付き合ってください」

 おー、驚いている。ビックリお目々も可愛いな。生まれて初めて、本気になれそうな女なのに、ココで諦めるワケないし。畳みかけるように、俺は続ける。

「好きなんだ。こんな気持ち、自分でも驚きで。なあ、有川がいれば、もう他の女は要らない。お前ひと筋で頑張るから。だから、付き合って」
「う、あ…。ど、どう。考えさせてくださいッ」

 あ、逃げた。
 
 チッ。容量オーバーしたな、こりゃ。まあ、焦っても仕方ない。長期戦でいこう。腕組しながらウンウン頷いていると、例のシュウとやらが正面に立ち、凄んできた。

「ふざけんなよ?翠をそのへんのオンナと一緒にするな」

 あのねえ。アンタ、王子様属性なんだろうけど、俺も生まれついてのソレでさ。しかも、父親に叩き込まれた、『一番気質』が、そこそこメンタルも鍛えてくれたワケよ。ちょっとやそっとじゃ、ヘコタレないぞ。
 
「だ~か~ら~。聞こえてましたか?俺、『真剣』なんですけど。マジ惚れなの。ていうか、アンタなんなの?彼氏でもない癖に。

 あはは、もしかして実は有川のこと好きとか?
 断られて、今までの関係が壊れるのが嫌とか?

 まさかそんな、小学生じゃあるまいしねぇ」

 あれれ、どうやら図星だったようで。なんつう分かり易い男なんだ。こりゃあ恋愛初心者、いや、それ以下だな。経験値は俺の方が遥かに上だ。攻め方次第では、勝てるな、コレ。

「お前に翠は渡さない。翠は、俺のものだ」
「それを決めるの、有川自身でしょ?アンタと俺が話し合っても埒が明かないじゃん」

「お前なんかより、俺の方が誠実で、優秀だ」
「ちょっとワルでダメな男の方が、女はグッとくるもんなんだよ。ていうか、シツコイねえ、アンタ。決めるのは、有川本人なんだってば」
 
 睨み合う俺たち。どちらも一歩も譲らない。

 んきゃ───っ!

 どうやら教室に戻ったらしい、有川の悲鳴。無言で俺たちは頷き合い、慌てて走る。

「だから、翠をひとりにすると、こうなるんだって」
「『こう』って何だよ?いったい何が起きたんだ??」

「とにかく行けば分かる!」
「はああっ?!」
 
 その言葉どおり、教室のドアを開け、俺はすべてを理解した…。
 
 
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