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Lesson6
しおりを挟む『二股』というのは、双方に気持ちが有る場合のことを言うのだろうか?想いが一方通行の時は?桐生さんは私のことなんか好きじゃなくて、たぶん性欲を満たすことが出来れば良いだけだ。そして、田之倉さんにはいずれ私が初めてでは無いとバレてしまうのだろう。
「…で、話って何かな?」
そこは田之倉さんが住むマンション近くの喫茶店で。目の前でニコニコしている田之倉さんの顔を直視出来ずに、私はひたすら俯いていた。
「あの…ですね。昨夜、泥酔してしまいまして。それで…その、気付いたら、見知らぬ男性と一夜を共に過ごしてしまいました。なので、もう私は処女じゃありません。自分でも驚いてます。こんな、こんな…。呆れられても仕方ないと思っています。…なので、その、もう、別れてください」
シ──ン…。
不思議と田之倉さんの笑顔は崩れず、怖いほど静かだ。そのまま彼の自宅マンションへと連れて行かれ、寝室に入った途端、息も出来ないほど激しいキスをされる。
「俺が悪いんだよ、カッコつけて我慢しちゃったからッ」
「え、あ…」
嫌だ。こんな、こんな乱暴なの。
でも、そうさせているのは、私なんだ。
…そう思い、必死で我慢する。
全身に走る、鈍い痛み。
違う、こんなの田之倉さんじゃない。
ごめんね。
ごめんね。
彼もなんだか泣いているような気がして、そっとその髪を撫でた。
「有香…」
初めて名前を呼ばれたけど。
「…う、ぐ、ふっ」
ただ、泣きじゃくるしか出来なくて。
ああ、そうなんだ。
この人とは、無理なんだ。
「なんで俺のはダメなのに…他の男とは出来ちゃうんだよ」
もう私の顔は涙でグチャグチャで、それを隠しながら何度も謝罪を繰り返す。
そして、ようやく私は理解したのだ。恋愛スキルの低い私がたまたま男性から告白され、調子に乗ってそれに飛びついた挙句、相手を傷つけてしまったことを。
ああ、そうだ。
私は、田之倉さんに恋などしていない。
あの、女にだらしなくて、
無神経な桐生さんに、恋しているのだ…。
……
桐生さんと寝て、田之倉さんと別れるという怒涛の休日が明けた。
泣き腫らした目のまま出社した私は、田之倉さんが直行・直帰で1日不在だと聞いたにも関わらず、それでも恐る恐るという感じで休憩室へと向かう。
「なあ、三嶋さん」
「えっ?!」
背後からの呼びかけに自分でも滑稽なほど大きく肩を揺らし、振り返るとそこには桐生さんが微笑みながら立っていた。
「あのさ、俺ってメッチャ低血圧で、朝、起きれないんだよ。それが三嶋さんが泊まったあの日だけスッキリ起きれたんだぞ!これってスゴくない?」
…ん、なんかこの人だけ平和だナ~。
頭の中で白い鳩がクルッポーと鳴きながら戯れている光景が浮かび、そのあと適当に相槌を打つ。
「ん?なんでお前、目が腫れてるんだよ」
「失敬なッ。元々こうですよ!」
「泣いたのか?もしかして田之倉さんにバレたとか?」
「……」
どうやら無言を肯定と受け取ったらしい。
「別れたのか」
「うう、はい。でも、自分から言ったんです。相手は『一夜限りの男性』ということにしてあるので、桐生さんは黙っててくださいね」
「…なんで?」
「なんでって、同僚として気まずいでしょ?私はほら、派遣社員だからあと1年で期間満了だし」
「田之倉さんと別れて、俺と付き合えるのに?正直に言っとかないと、後で面倒になるぞ」
つ…きあう??
「そっか、別れたのか。これで問題ないな」
呑気そうな桐生さんとは真逆で、私は激しく動揺していた。
「正直、『そうなればいいな』とか思ってた。俺、田之倉さんに本当のことを伝えて、一発殴られてくるよ」
待て待て待て。
「付き合うって、好きでもないのに??」
「えっ、…好きだよ」
待て待て待て。
「それって、絵梨奈ちゃんとか今までの女のコと同レベルの『好き』ですよね??」
「…ん~、よくワカンナイけど」
ワカンナイのかよ!
「その程度の『好き』じゃ付き合いませんよ。波風たてず現状維持で!田之倉さんにも黙っててくださいね」
「え。うそ…」
「嘘じゃありませんってば。とにかく大人しくしててください」
「付き合おうよ~。なー、三嶋さ~ん」
貴方が好きだから、その他大勢に成り下がるつもりはありません。友達の少し上くらいの地位を確保して、細く長く続けたいのです。そのくらいの贅沢、夢見てもいいでしょう?
……
その数日後。
「はァん?」
私の指導係で、彼氏を追って富山県に移住した玲奈さんが久しぶりに上京した…ので、ウチに泊まって貰ったのだが。田之倉さんと桐生さんの件を話した途端、ものすごい顔をされてしまう。
えっと、例えるならまるで般若。
「有香って、もしかしてバカ?」
「きゃあ、玲奈さんが怖いよ~」
ここで丁度、お湯が沸騰したとケトルが知らせる。
「ハーブティーでいいですか?」
「…ん」
可愛い来客用カップにお湯を注いでいると、玲奈さんが静かに言う。
「悪い人じゃないんだよ?でも桐生さんだけは絶対にダメ。あの人には大事なものが欠けているの。私は有香に幸せになって貰いたいのね、だからあんなのに引っ掛からないで」
…はは。
随分な言われようだな、桐生さん。
「ありがとう玲奈さん。分かってるよ」
なんだろう。
カモミールの優しい香りと玲奈さんが私を思う優しさとあの夜の桐生さんの優しい仕草が、すべて混ざり合って。急に泣きたくなった。それを紛らわすため富山での玲奈さん奮闘記を聞き、笑い泣きをするフリでこっそり涙を流す。『ああ、私、弱ってるんだなあ』なんてシミジミ思う。
その晩、布団に入ってウトウトしていると、隣りで玲奈さんがムクリと起きていきなり私の頭を撫でた。
「いい子、いい子」
そして、またスウスウと寝息を立てている。ふふっ、寝ぼけたのかな。
慣れない土地で慣れない仕事をして、友人だっていないのに。愚痴を聞いてくれる人はいるのだろうか?それでもやっぱり、好きな人の傍にいるのは幸せなのかな?…なんて、ふと、この人と自分を重ねてみる。
すべてを捨てて、好きな人の元へ行くなんて私には出来ない。もし桐生さんと付き合ったとしても、彼はすぐ他の女性のところへ行くだろう。誰か1人と長くは続けられない人だから。うん、大丈夫、それは分かっている。だから彼の言葉に惑わされることは、無い。
翌朝、富山に戻るという玲奈さんを見送ると、彼女は思いっきり私の両頬を引っ張った。
「ふ、ふに~。痛いれす」
「あはは、有香、ありかありかありかッ」
何度も私を呼ぶその声に
ああ、この人も心細いんだなと思う。
だから無言で抱きついてギュッとする。
「幸せになってね、玲奈さん」
「ん。あんたもね」
職場で浮いていた私を助けてくれた人。
『見てる人は、見てるんだよ』って、
『真面目は悪くないの』って認めてくれた人。
…大好きだよ。玲奈さん。
「結婚式には絶対、呼んでくださいよ」
「富山は引き出物がスゴイから、大荷物を抱えて帰ることになるわよ~」
『アハハ』と私たちは、最後に笑って別れた。
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