7 / 16
Lesson7
しおりを挟む「おはようございます、原田さん」
「ねえ、三嶋さん。桐生のアレ、何かあった?」
その言葉で振り返ると、桐生さんの右頬が赤紫色になっていて。
「ボ、ボクシングでも始めましたかね?」
「そういうタイプには見えないけどなあ」
…『私もです』とは言えず。
「もしかして、右手も包帯巻いてるかも」
「ええっ?」
にょん、と首を伸ばし、桐生さんの手元を眺めると確かに白いものが巻かれている。もちろん真っ先に頭に浮かんだのは田之倉さんのことだ。あんなに口止めしたのに、言ったのかな?こっそり田之倉さんの方を盗み見ると、隣席の木下さんと歓談中で。私から聞きに行くワケにもいかず、モヤモヤはしたがそのまま放置することにした。
…で、その日の夕方。給湯室で後片付けをしていると、背後から桐生さんが寄ってきて『三嶋さ~ん。俺の面倒みてよ~』などと仰る。相変わらず邪気のない素敵な笑顔。
「へ?」
「コレコレ。右手使えないと、料理出来ない」
「てか、もともと自炊してませんよね?」
「そんな意地悪、言わないで。毎日2時間程度でいいから面倒みてよ」
大量のマグカップを布巾で拭きながら、私は考え込む。
「あの、それって、田之倉さんのせいで?」
「んー。あ、そうだね」
だとすれば、責任の一端は私にもある。
「えっと、じゃあ、2時間だけなら…」
「ほんと?やった。んじゃ、コレ、渡しとく」
ポケットから取り出し、私に握らせたもの。それは、部屋の合鍵で。
「あ、もう主任とミーティングに入るから。んじゃ後でね~」
彼が去った後、大きな大きなタメ息をつく。しばらく距離を置こうと思った矢先に、まったくもう。
というワケで、ここは桐生さん宅の台所。歴代の彼女が頑張ったのか、調理器具は揃っていた。なぜか包丁が5本もあったけど、それぞれ使いやすいものを持参したのかな?桐生さん、これで刺されなくて良かったね。なんてことをボンヤリ考えつつ無事に晩御飯を完成させた。あとは…何をすればイイんだ?洗濯?まさかお風呂の介助も?でも、洗髪は手伝わないとダメかなあ。ここで『ただいま~』とドアが開いたので、『おかえりなさい』と出迎える。
あたしゃ、嫁かい。
うふうふと笑う彼。
「キモイですよ、桐生さん」
「だって、今の三嶋さん、可愛いかった」
こういうことを、平気で言うんだもんなあ。
天性のたらしだよ、あんた。
「あ、いい匂い。晩御飯、作ってくれたんだ」
「鍋にしました。水菜と厚揚げと鶏団子にニンニク味噌を加え、ヘルシーに仕上げてあります。あとはカルシウム補給のため、大根とジャコのサラダに、ひじき煮などを…」
また、うふうふと笑う彼。
「な、なんですか?」
「なんか、俺、愛されてるな~とか思って」
い、いかん。
軽口で返そうと思うけど言葉が見つからない。
赤面すると、肯定しているようなモンで。隠すようにエプロンで鼻の頭を拭く。…ああもう、挙動不審だ。形勢不利なまま取り敢えず着席して、ホットプレートを保温に切り変える。無言のまませっせと鍋をよそい、桐生さんに渡すと『食べさせて』と強請られた。
そっか。
確かに利き腕が使えないと不便だな。
正面から彼の隣へと移動し、ふうふうしながら少量ずつ口元へと運ぶ。
「ヒナ鳥にご飯あげる、親鳥の気分です」
「ぴーぴー」
うっ!ヒナ鳥のマネのつもりだろうけど。破壊力がハンパない。可愛い過ぎるよ、桐生さん。ハートをガッツリと鷲掴みだ。動揺しているのを悟られぬよう、毅然と作業を続ける私。たまに水菜だのひじきだのがピロッと唇につき、それを彼が舌で舐めとる。その仕草が結構エロイ。
ていうか、この状況が、かなりエロイ。
平常心。
平常心。
私は無欲だ。
可愛い桐生さんにムラムラなんかしていない。とっとと任務を果たし、帰らなくては。ようやく食事を終えて後片付けに入る…って、ん?そういえば。
「肝心の症状を訊いてませんでした。どのくらいで治るんですか?」
「ああ、中指にヒビが入ってるだけだから、3週間くらいで治るってさ」
「中指?なんでですか?」
「あれ、言ってなかったっけ」
その説明に寄れば、ケガの理由はとても…バカバカしかった。
予想どおり桐生さんは、田之倉さんのマンションまで事の次第を説明するため向かったそうだ。プライベートでも仲の良い桐生さん、しかもその女癖の悪さも把握していた田之倉さんは、『やっぱり』などと言い、それから2時間に渡って説教を始めたのだと。
「やっぱ三嶋さんに未練タラタラなんだよね~。でも言ってやったの。元々、俺の方が三嶋さんとイイ感じだったのに、それを横取りしたのは田之倉さんの方じゃんって。それは認めてたけど、男慣れしてない三嶋さんを今後どうする気なのかって延々と説教が続いてさ」
一応、寝取った側なので反省の意志を表すため正座をしていたそうなのだが、さすがに2時間も経過すると足が痺れたらしく。立ち上がろうとした際に思いっきり体勢を崩し、あの指紋ひとつないガラステーブルに顔を直撃。ついでに、支えようとした右手中指も負傷。
「田之倉さんもビックリしてたよ」
「でしょうね」
ん。確かに『田之倉さんのせい』ではあるな。
「ねえ、もう風呂に入る。三嶋さん、洗髪してよ」
「え、ああ、はい」
いろいろ納得いかないけど。でも、現実としてこの人、右手が不自由だし。
「なんだかんだ言って田之倉さん、俺に弱いから。時間が解決してくれるよ。もうちょっとしたら、きちんと付き合おうか」
また、その話。
もう、聞こえないフリするもんね。
「いいよ。何度でも言うし」
「言っても、返事は変わりませんよ」
「やっぱり聞こえてるじゃん」
「あ、タオル、持ってきますね」
それを腰に巻いてもらうことにして、私自身もバスタオルを巻くことに。結構、大仕事だなあ。なんとか服は自分で脱げるみたいなので先に浴室に向かわせ、後から私も入る。
…なんだ、このエロイ状況は?
「人に頭を洗ってもらうの、気持ちいいね」
「そうですか?痒いとこはありませんか?」
「ん~と、ココ!」
「……」
無邪気に下半身を指差す。いつの間にか腰に巻いていたタオルも外していたが、見ない振りをする。
「三嶋さん、どうして無反応なんだよ」
「私はいま忙しいんです」
顔に泡がつかぬようそっとシャワーを向け、ゆっくりと少量のお湯で洗い流す。
「三嶋さんの指、優しいね。なんか、すごく愛されてる気がする、俺」
ばあか。
無性にそう言いたかったけど、頑張って堪えた。惑わされない。この人に惑わされちゃダメ。必死で唇を噛み締めていると、柔らかくて温かいものが触れてきた。そこからゆっくりと舌が入ってきたので、慌ててそれを引き離す。
「ダメです。風邪ひいちゃいますよ。早く洗ってしまいましょう。もう、髪は終わり。カラダはなんとか左手で洗えますか?」
「…ん~」
ボディタオルでせっせと私は背中を洗う。ビニール袋を巻いた右手は、ずっと上げたままだ。
「ねえ。右手が不自由だと、ひとりで抜けないんだけど。それも手伝ってくれないかな」
「へ?抜くって、何を?」
「決まってるじゃん」
当たり前のように下半身を指差され、無言で赤面する私。
「手でするだけでも、ダメ?3週間溜めとくの厳しいんだけど」
返事はせずに、無言で俯く。
「三嶋さん、可愛い。冗談に決まってるジャン」
あ~あ。真面目に生きてきたのに。結局、こうして自由奔放に生きてる男に振り回されちゃうんだな。なら、とっとと遊び呆けていれば良かった。私の24年間はいったい何だったんだろう?
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、桐生さんは鼻歌まじりで呑気に体を洗い続けていた。
0
あなたにおすすめの小説
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる