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Lesson8

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 桐生さんにご奉仕を始めて、はや1週間。
 かなり要領も掴めてきた。


 平日は食事、後片付け、入浴。休日はこれに掃除、洗濯が加わる。どんどん彼も私に慣れて…というか依存してきて。いや、別に『貴方の心をトリコにしちゃうゾ!』とか全然思ってないし。むしろ距離を置こうと考えてるほどなのに、この人、砦が無いって言うか。私を自分のモノだと勘違いしているみたいで。

「ほら、ご褒美。三嶋、スキスキ」
「きゃ」

 背中から抱きしめられたり。

「三嶋、抱っこしてやる」
「きゃ」

 ソファに座っていると、正面からハグされたり。

 彼的にはご奉仕に対する感謝の気持ちなんだろうけど、される側としてはなんだか複雑で。仕方なく毎度定番の『きゃ』を発するしかないのである。それが不思議とあの桐生さんが、手だけは出して来なくて。

 ある日、彼は笑いながらこう言った。

「田之倉さんにしつこく約束させられたからな。今度、三嶋に手を出す時はきちんと付き合ってからじゃなきゃダメだって。さすがに俺、そこだけは守ろうと思って。というか、三嶋といるとそういうことしなくても充分楽しいし」

 …なのに次の週の月曜にいつもみたく彼の部屋へ行ったら、目も合わせてくれなくて。妙にブスッとした顔のまま『食事も入浴も1人で出来る』と言われ、意味が分からなくてオロオロしていたら『もう三嶋は来なくていい』と帰されてしまった。

 たぶん、新しい彼女でも出来たんだろうな…。

 私、強がってたけどやっぱりあの人の一番になりたかったらしい。帰り道、涙をボロボロ流しながらそう実感した。こんな風になるまいと頑張って無関心を装ったのに、やっぱり私はヘナチョコだ。

 そして翌日のランチタイム。食欲が無かったから大好きな春雨ヌードルを掻き回す元気も無くて、堅い食感のまま啜っていると、隣りに座っていたあんさんからいきなり質問を受けた。

「あ、そういえば。有香ちゃんって彼氏出来たの?」
「田之倉さんの後は、誰とも付き合ってません」
「…だよね」

 ここで反対隣りの進藤しんどうさんも会話に加わる。

「もしかして、杏さんも訊かれたんですか?私も桐生さんに質問されたけど、そんな話を聞いた覚えがなくて」

 更に他の女性社員たちも騒ぎ出す。

「桐生さんって顔だけなら好みなんだけど。他部署でも狙ってる女子がメチャクチャ多いみたい」
「この花形と言われる営業部の中で現在、人気ナンバーワンかもね」
「その存在だけでエロイよねえ」


 私に、彼氏がいるって…桐生さんが??

 へ?

 意味ワカンナイ。





 取り敢えずその晩、桐生さんの家へ行くことにした。チャイムを鳴らすと、不機嫌を前面に出したままドアを開けてくれる。

「…なに?」
「あの、食事だけでも作ろうかと思って」

 良かった、中には入れてくれるんだ。桐生さんは私が手にしていたエコバックをひょいと奪ってキッチンまで運んだかと思うと、すぐリビングへと戻ってしまう。取り敢えず冷蔵庫に買ってきたものを入れていると突然、話し掛けられた。

「…なあ。こんなことしてて、彼氏に怒られないの?あの、オットコマエな彼氏にさ」
「彼氏?」

「しらばっくれるなよ!俺、日曜に三嶋ん家に行ったんだ。お前、土日は午前中しかいてくれないから。…その…もっと会いたくなってさ」

 あ、もしかして。

「夜6時頃だったかな。すげえ男前が出てきて、お前、嬉しそうにニコニコ笑ってた」
「あ…に」

「なんかイチャコラ喋って『またな』とか言って帰っていったぜ、その男。俺、とんだ間抜けじゃん。てっきりお前、俺の」
「あにです」

「…こと好きなのかと思ったよ」
「だから、兄ですってば!」

 シンとする室内。桐生さんの視線が、左から私のいる右へと泳ぐ。

「お兄さん…いたのか」
「いますよ」

「仲、いいんだな……」
「そうですね。兄、銀行員なので外貨預金とか薦めてきて。その日は少額だけど口座を作ることにしたので、手続きを頼んでいたのです」

 わりとポーカーフェイスの桐生さんが、このとき心の底からフニャリと笑って。その顔を見たら、なんだかもう…力が抜けた。

 生まれて初めて『嫉妬』したと、これって本気で『好き』な証拠だよなと、彼は大発見みたいにして言うけど。だからって私の気持ちが変わるワケもなく。

「付き合いませんよ。現状維持です」
「だから~。付き合わないと出来ないんだぞ、セックスをさ」

 本当はハッキリ耳まで届いていたのに、洗い物に夢中で聞こえないフリをした。

「はい。じゃあ、お風呂行きますよ」
「ん…。お願いします」

 しょんぼりしている彼を見て少しだけ胸がキュンとしたけど、今回のことで分かってしまったから。…この人はいつでも私を切り捨てられるのだと。『好き』と言いながら、いなくても全然困らない。

 私は、その程度の存在なのだ。

「やっぱり、三嶋だけ特別なんだ。あは、こんなの初めてで。どうすればいいんだろな、俺」

 そんなの、私にもワカンナイよ。

 私も貴方が『大好き』だよ。でも、同じくらい『大嫌い』。どうして夢中にさせてくれないの?何も考えず貴方の胸に飛び込めたら、どれほどラクだろうね。チュッって軽く唇に触れる程度のキスをされ、それにすら罪悪感を持ってしまう。

 貴方を好きになることは、悪いこと。
 貴方は好きになっちゃ、ダメな人。

 キスなんて、たくさんの女性にしただろうに。
 今さら照れている彼を見て


 愛おしくて、

 泣きそうになった。

 
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