ムズムズとドキドキのあいだ

ももくり

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Lesson12

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 たぶん、奮発したんだろうなあ。

 桐生さんが手配してくれた温泉旅館はべらぼうに広くて、客室に露天風呂までついていた。あまりの豪華っぷりに気後れした私は、座椅子に腰を下ろしたまま動けない。

「夕食の前にそこの露天風呂、入っちゃおうか」
「…な、なんでそこ限定?普通は先に大浴場なんじゃないの?」

「男心の分からないヤツだなあ。はるばるココまで来て、なんで別々に入るんだよ。お前は俺の楽しみを奪う気か?」
「楽しみって」

「だいたいなあ、いつも夜は照明を消すし。俺が今日という日を、どんなにどんなにどんなに待ち焦がれていたか、知っているのか?」
「さ、さあ??」

「明るい場所で有香の裸体をじっくりこの目に焼き付けるまで、死ぬに死ねない」
「大ゲサな。貴方、まだまだ死にませんって」

 そんなお願い、いつもなら絶対に断るんだけど。でも、頭の中をピュッと過った。…もうこの人と温泉に来ることは無いんだなって。一緒にお風呂入るのも最後かもって。

「仕方ない、サービスします」
「やったあ!ひゃっほう」

 浴槽がわりと浅かったので両手で胸を隠しながら正座する。そこへ真っ裸の桐生さんが堂々とやって来て、真正面で胡坐をかいた。

「あの、ちょっとは隠して欲しいんですけど」
「有香は隠し過ぎ。そういうプレイなのか?」

「いや、そんなプレイ知らないし」
「おいおい。すべてを見せる約束だろ?」

 観念して、胸を隠していた手を外す。湯あたりしたのか、それとも羞恥心からか私の全身はかなり赤味を帯びていて。浴槽内のお湯は透明だから全てまる見え。桐生さんはそれを嬉しそうに眺めている。

「25才おめでとう、有香」
「…あ、ありがとう」

「もう絶対に離さないからな。覚悟しとけよ」
「うん」

 いま、この瞬間が。愛されてるんだなあと思えるこの時が、幸せすぎて怖いくらいで。貴方のその気持ちが一生続くといいのにな。そんなの無理だって分かってるけど。この手で掬った水みたいに、どんどん零れていくものだって分かっているからこそ、この時間がより一層、幸せに感じるのかもしれない。



 夕食はとにかく豪華で、心付けの金額を多めに包んだお蔭か、仲居さんのサービスがものすごく良くて。私たちはとにかくご機嫌だった。

「桐生さん、さっきから飲み過ぎですよ」
「んー」

「おーい。聞いてる??」
「んー。あのなあ、有香。これ、やる」

 そう言ったかと思うと向かいの席から隣りに移り、小さな紙袋を手渡された。中に入っているのは綺麗にラッピングされた四角い箱。

「なあに?」
「開ければ、分かる」

 本当は開けなくても分かったけど。だって、紙袋に印字されているのはジュエリーショップのロゴだから。

 …指輪、だよね?

「そんなの生まれて初めて買ったから、店員の言いなりになっちゃった。サイズは適当にしたから、お直ししろよ」

 照れ隠しなのか急にお喋りになっちゃって。そっとそっと開けると、華奢なシルバーリングが出てきた。

「わあ。かわいい…」
「気に入ったか?」

「うん!すごく。有難う、大切にするね」
「今度はもっとイイのを買ってやるからな」

 その言葉の意味を深く考えないようにして、恐る恐る指に嵌めてみる。これが驚くほどピッタリサイズで。こんな理想の誕生日、嬉しすぎて涙が出た。

「ばあか、もっともっと幸せにしてやるって言ってるだろ。それまで泣くなよ」
「だって、今日が人生で一番幸せだもん」

「これから、それ以上にしてやるって」
「いいよ、これで…もう十分」

 『欲がないんだから』とか口を尖らせて、ニコニコしながら寝そべった。そんな彼に並んで私もそっと横たわる。それから瞼を閉じて、贅沢すぎる一日にたくさんたくさん感謝した。





「またお越しくださいね」

 最後まで仲居さんの笑顔は素晴らしく、私たちは王様とお妃様みたく優雅に手を振りながら旅館を後にする。手にはお土産の温泉まんじゅうをぶら下げて。

「ランチタイムに分けるんだ~」

 なんて呑気に話している間に送迎バスは駅へと到着。次は電車に乗って流れる景色をジッと見ていた。すると繋いでいた私の左手を急に持ち上げ、桐生さんは首を傾げる。

「なんで指輪、ひとさし指にしてんの?」
「サイズぴったりだから。それと、左手ひとさし指は『勇気』の指なの。迷っている時はココに指輪をつけると、正しい道に導いてくれるんだって」

「ふうん。有香、お前、迷ってるんだ?」
「……」

 返事に困って曖昧に笑う。そんな私を横目で見ながら彼は言う。

「迷わせてるのが俺だとしたら、もう大丈夫だ。安心しろ」

 うう、なんかもう子宮がキュンキュンする。どこで習ってくるのよこの人。これ以上好きにさせないで欲しい。

 それからゆっくり顔を近づけて、触れる程度の軽いキス。乗客は私たち2人の他、端っこで寝てるお婆ちゃんしかいないから。彼はもう一度顔を近づけてきて、今度は濃厚なキスをする。ふふっ、この後きっと、そう、絶対に照れるんだ。

 ほら、やっぱり。

「ははっ、まるで高校生みたいだな俺。こんなとこでイチャつくなんてさ」
「目尻の皺は、決して若くはないけどね」

 憎まれ口を叩く私を蹴るフリをして、彼は恥ずかしそうに下唇を突き出した。

 ああ、もう好きだな。
 全部、全部、好きだな。

 
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