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Lesson13
しおりを挟む進藤さん「温泉いいなあ」
ルイさん「ていうか、誰と?」
杏さん「それってやっぱり」
賑やかなランチタイム。これももう、あと3週間で終わるかと思うと淋しい限りだ。
杏さん「あの人と行ったに決まってるよねえ」
ハルカさん「K氏でしょ、K氏」
ルイさん「だれだれ?K氏って」
進藤さん「いいなあ。桐生さんの顔、好き~」
温泉まんじゅうを頬張りながら、私は苦笑い。
「…そういえば、有香っち。今月いっぱいで異動するってホント?」
「え?なんで知ってるんですか、ハルカさん」
来週月曜から引き継ぎのため異動してくる女性と同期なのだそうで、『不安だから』といろいろ相談を受けたらしい。
「え~っ、ショック~。有香がいなくなったら淋しいよう~。泣くぞ、私」
一番の古株になってしまう杏さんがそう言ってボヤいた。
「私が一番、淋しいです…」
最初はなかなか馴染めなくて、嫌で堪らなかったこの場所が今では心の拠り所になっていて。仕事でミスした時も、恋が上手くいかなかった時も、ここで雑談しているだけで悩みが薄れていくような気がした。この人たちには悪意というものが全然無く、ほわほわとした柔らかいこの雰囲気が本当に私は好きだったのだ。
「泣かないで、有香。次のオフィス通販事業部も結構楽しそうだよ。なんてったって少人数だし、課長と男性社員2人とあとは有香と同じ派遣社員の女性が1人いるだけなんだって」
…杏さんの言うとおりなのだが、実はその派遣社員の女性がウチの兄を振った元カノで。しかもその元カノの現在の彼氏も同じオフィス通販事業部にいると聞いたせいか、少しフクザツな気分だ。
「それにさあ。コレ、貰ったんでしょ?」
進藤さんが私の左手ひとさし指を、ツンツン突っつく。
「うわあ!あの桐生さんがねえ~。とうとう1人の女に落ち着いたかあ」
「ハルカちゃん、それを言うならアナタの彼氏の高岡さんだって。よくぞ落ち着いてくれましたって感じだよ」
ルイさんの指摘にハルカさんもヘヘへと笑う。よく考えるとココにいる全員が恋愛中で、恋する女たちは皆んなそれぞれに忙しそうだ。
この人たちが好きだから…そう、信頼しているからこそ、正直に打ち明けることにした。
「あのですね。実は私、桐生さんと期間限定で付き合っていて。今月末で別れるつもりなんですよ」
そしてポツリポツリと自分の気持ちを吐露した。想像どおり、皆んな悲しい表情になってしまう。
「そんな、だって好きなんでしょ?」
「桐生さん、有香には本気だよ」
「このまま付き合えばいいのに」
「そんなバカなことを言ってると、私が桐生さんを貰っちゃいますよ!」
何を言われても考えを曲げない私に最後はもう、皆んな困っていて。
「きっとハッピーエンドになるわよ。世の中は有香が考えているよりずっとずっと優しいんだから。大丈夫、思い通りにやってみなさい。有香の想像とは全然違う結末になることを勝手に祈っててあげるから」
そんな杏さんの言葉と、
「もし悲しい結果だったとしてもその時は一晩中、愚痴を聞いてあげるよ。だから何時でも遠慮なく電話してきてね」
進藤さんの言葉に思わず号泣してしまった。
……
その翌週。
「商品開発部から異動してまいりました名田梨絵です。いろいろとご迷惑をお掛けするかもしれませんが、宜しくお願い致します」
私の後任は真面目そうだけど外見は綿菓子みたいに愛くるしい女性だった。
「三嶋さんの後釜に相応しく、マジメそうな人だね」
隣席の原田さんが笑って言う。引き継ぎの間は自席を名田さんに譲り、私はその横でパイプ椅子を置いて座ることにした。
「ええっ。教えていただく分際でフカフカの椅子に座れません。そのパイプ椅子で充分です」
「いやいや。私、パイプ椅子が大好きなので」
「そう、おっしゃらずに~」
「いやいや、これでイイんですって」
私たちの不毛なやり取りに業を煮やし、通りすがりのハルカさんが割って入って来る。
「ナタリー、素直にそこへ座りなよ。有香ちゃんが困ってるじゃないの」
「ええっ。あ、ハイ」
「ナタリーって?」
「我ら同期のあいだでは、このコはナタリー。名田梨絵、ナタリエ、ナタリー…てな感じで」
思わず吹き出すと、原田さんも肩を揺らして笑いを堪えている。
「私もそう呼んでいいですか?ナタリーさん」
「はい、どうぞ」
『そんじゃ、俺も』と原田さんが便乗する。そうだ、業務内容だけではなく3人の営業のことも詳しく伝えておかないと。
アライグマみたいな山本さん
シングルファザーの原田さん
優しくてキレイなハルカさん
この3人がアシスタントである私の担当だ。特に原田さんに関しては娘さんとの時間を大切にしているから、出来れば優先して仕事をしてあげるようにと。ハルカさんとは同期だからそこの情報は省くけど、山本さんの素晴らしさは是非伝えておかなくちゃ。
引き継ぎに絡めてそんな話をしているとアッという間にお昼になってしまったので、いつものメンバーと共にご飯を食べる。もちろんナタリーさんも一緒だ。
「ナタリーさんって、彼氏いる?」
「…杏さん。それ、聞きますか~」
ヘニャッと笑う姿が、妙に可愛い。
「大学時代にはいたんですけど就職を機に遠距離になって、自然消滅です」
「あらら。好きな人とかも、いないの?」
「あ、あの。一目ぼれって言うか。き、桐生さんって独身ですか?」
シーンとする女子たち…そしてその後。
「独身だけど、すっごく美人の彼女いるよ」
「もうすぐ別れるみたいだけど」
「あ、それ内緒なんだった。周囲に言っちゃダメだよ」
「いいよ、いいよ奪っちゃえ!」
…皆んな絶対、私とナタリーさんで遊んでるよね。口を真一文字に結んで黙り込むと、突然ルイさんが笑い出した。
「ぶふふっ。ナタリーさん、ごめんなさい。桐生さんは有香ちゃんと付き合ってるの。ほら、この顔みて?有香ちゃんったら、もう。桐生さんのこと大好きすぎなのよ、もう~可愛いったら」
「あは、そうなんですか。ああ、ほんとだ。これは大好きですねえ~桐生さんのこと。やだ、もう可愛い」
皆んなが私の顔を見てニヤニヤしている。そんなに?私、そんな分かり易くヤキモチ妬いてたんだ。ううむ、そっかあ。
……
それからの3週間は駆け足で。
引き継ぎに歓送迎会、女子会もしょっちゅう催され、その合間に少しでも時間があれば桐生さんと過ごした。
いよいよ、最後の日…そう、私が決めた最後の日。眠っている彼に置き手紙しようと思ったけど、どうしても出来なくて。結局、彼には何も伝えないまま、ただ音信不通にした。
携帯もメールもLINEも拒否して。
彼のマンションにも行かない。
ただ、それだけ。
今日で5日経ったけど彼からの反応は何もない。
反応、見たかったのかな、私。
彼を試したかったのかな、私。
ほんとバカみたい。
「有香ちゃん、3番にチャラい川崎さんから~」
「はーい、有難うございます」
新しい職場はすごく快適で仕事もなんとか順調だ。
「川崎のヤツ、また有香ちゃんを口説いたらとっちめてやるから、遠慮なく言って」
資料を確認するため電話を保留にしていると、鼻息も荒く美玖さんが言う。ちなみにこの美玖さんが兄の元カノだ。
「いやあ、アレはきっと社交辞令で本気で飲みに誘っているワケではないですよ」
「いやいや、アイツにそんな社交辞令なんて気の利いたことは出来ないって」
就任初日にたまたま下請け会社の川崎さんが顔を見せに来ていて、そこで挨拶したところ妙に気に入られてしまい。こうして電話を受けるたび飲みに誘われている。
「じゃあ、それで送付しておいてください。次の翻訳なんですが、紹介文と、クレーム案件。また暗号化メールで送信しておきますね」
「了解です。あ、三嶋さん」
「はい」
「今日って終業後、予定どうですか?」
「え、あ…」
「今回は飲みの誘いじゃなくて、ほら。昨日、欲しいって言ってたでしょ?アジア地区の言語一覧。最新版で分かり易いものを見つけたので。届けに行きますよ」
「わあ、助かります。でも、あの、私が取りにそちらに行きますよ」
「うおっ!なんだ今の言い方。メッチャ可愛いんすけど。もう一回頼みます」
「…」
「『そちらに行きますよ?』って、ハイ」
「そちらに行きますよ?」
「ダァメ。俺から行かせてください」
うう。
川崎さんと喋ると、調子が狂う…。
結局、押しの強い彼の口車にまんまと乗せられ、終業後に駅前の居酒屋で待ち合わせすることに。
……
「お誘いしておきながら、待たせてすみません」
「あ、いいえ。こちらも今きたところですから」
窓際の席、駆けつけ一杯でビールを頼んで。なぜか糖尿病と高血圧の話で盛り上がり、お互いの健康法を披露しあっていると外からの視線に気付く。
ふと顔を向けると、
そこには桐生さんがいた…。
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