魔導兇犬録:哀しき獣

蓮實長治

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第一章:悪いやつら

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『すいません、場所、判りますか?』
 指定の時間近くになって、連絡を取った「新しい雇い主」から携帯電話ケータイに連絡。
 声からして……おそらくは四十代だろう。
「ええ、指定された店の近くまで……ちょっと待って……」
 電話に出た途端に「探られている」気配。
 流派によって「探る」や観察・観測などの「観」の字を使う「る」などと呼ばれる行為だ。
 早い話が「魔法的な手段によるアクティブ・センシング」を近くに居る誰かが使っている。
 対象は……周囲の人間を手当たり次第。
 しかし、段々と範囲が狭くなり……俺がターゲットか……。
 いわば「パッシブ・センシング」的な「気配・霊力などの受動的に感じる」やり方と比べ、この「アクティブ・センシング」的な方法は、得られる情報が多い代りにリスクもデカい。
 例えば、人間に対して使えば……体調・心理状態もある程度は判るし、魔法的・心霊的な攻撃から身を護る「護符」を持っているかや、衣服・身体などに「防護魔法をかけているか?」や……更には、「魔法・心霊・超能力系の能力を使えるか?」「使えるとすれば、どの程度の力量・技量か?」などまで判る。
 ……ただし、「相手が『魔法使い』かどうか?」や「『魔法使い』だった場合のレベル」が判ると言っても、技量・力量が「自分より少し上」ぐらいの相手までならの話で、駆け出しの「魔法使い」が一般人のフリをしてる超達人級を「探」っても、コロっと騙されて、単なるおっちゃん・おばちゃんだと勘違いする場合は、結構有る。そして、自分がそこそこ以上の腕前だと思い込んでる駆け出し野郎が、単なるおっちゃん・おばちゃんだと勝手に勘違いした相手に舐めた真似をしてエグい報復をされるなど、良く有る事だ。
 そして……最大の欠点は、「アクティブ・センシング」である以上、自分から「気」「霊力」「魔力」を放つ事。
 人間の魔法使いや……意志や知性が有る霊的存在を「探」れば、当然、相手に気付かれる。
 タチの悪い呪いの品や心霊スポットを「探」れば、自分が呪われてしまう場合だって有る。
 何より……。
「同業者か? 無礼な真似だな」
 大概の流派で……例えば、既に戦闘中か、生命の危険クラスの異常事態か、相手に喧嘩を売られたのでもない限り……他の「魔法使い」を「探」るのは因縁を付けるも同じだ。
「おじさん……ここで始めようか?」
 ピンクに染めた髪。
 黒一色の服装。
 イケメンだが、神経質そうな顔。
 まだ人通りが有る中で、俺は、そのサイコ野郎っぽい若造と向き合った。
 いや……全く、とんだサイコ野郎、いや、サイコ野郎の中のサイコ野郎だ。
 もし、「この世で一番ダメな狂人は、どんなタイプの狂人だと思うか?」と訊かれたら……俺なら、「『」と答えるだろう。
 目の前に居る若造も……だ。
「はああああッ……」
 昔のRPGに出て来そうな「大魔王」そのまんまの姿の珍妙な衣装を着た青い肌に2本の牛みてえな角がこめかみの辺りから生えてる人型の悪魔……。
 その「使い魔」に実体は無いが……俺には、そう「視」えた。
 と言っても、気配その他を俺の脳が無意識の内に視覚に変換したモノで、この姿は、この「フィクションによくあるステレオタイプなサイコ野郎」に憧れてるらしいサイコ野郎の若造が自分の使い魔に持つ「イメージ」と、俺の脳の共同作業の産物だが……。
 俺は「黒い太陽」の霊力を高め……。
 俺の持つ2種類の霊力の内、「黒い太陽」の霊力は……「悪霊」「魔物」と云う雑な分類に含まれる霊的・魔法的な存在を「浄化」する効力が有る。
 若造も、俺が放とうとしている「霊力」が、自分の「使い魔」を「浄化」する効力が有ると気付いたようだ。
 だが……奴の顔に浮かんでるのは俺を嘲るような笑み。
 きっと、このマヌケは、鏡の前で何度も「不気味な薄笑い」の練習をしたんだろうが……誰か、こいつに「お前が『魔法使い』として大成するのに足りないモノが2つ有る。想像力と演技力だ」と指摘してやるべきだろう。
 本人は「不気味な薄笑い」だと思い込んでるモノは、マヌケな笑顔にしか思えねえ。
「はッ‼」
 「ありがちなRPGの大魔王」風の「使い魔」は、俺にてのひらを向け、魔力の塊を放つ。
 俺は「黒い太陽」の霊力で、その魔力の塊を浄化。
 しかし、若造は更に2重の意味で面白い笑みを浮かべる。「単純に変な顔」と云う意味と、「本人は『悪っぽい格好良さ』が有ると思ってるが、傍から見るとそうは見えねえ」と云う意味で。
「中々だね、おじさん。でも、まだまだやれるよ」
 周囲の通行人は……多分、「使い魔」も「霊力」も視えねえ奴が大半だろうが……それでも、何か嫌な気配を感じてるらしく、無意識の内に、俺と若造を避け……待て……何だ……?
 考えるのは後だ……。
「次で終りだよ。覚悟しな、おじさん」
 若造が満面の本人はイケてると思ってるだろうが俺には変顔にしか思えねえ笑みで……心底嬉しそうに、そう言った瞬間。
「えっ……?」
 使
 俺の持つ2種類の霊力の内の残り1つ……「白い悪魔」の霊力は……「悪霊」「魔物」のたぐいをパワーアップさせると同時に俺の支配下に置く効力が有る。
 この若造に……もう少しばかりの腕前や経験が有れば……奴の「使い魔」は支配下に置けなかったか、途中で何か変だと気付いただろうが……。
「おい、若いの。お前、すごい腕前だな」
「え……ええ?」
 事態を把握してない若造は混乱気味。
の腕前だけなら達人級だ。お前の言った通りだよ。
 俺が支配下に置いた奴の「使い魔」が……奴の頭を掴んだ腕に、少しばかり「力」を込める。
 ほんの少しだが……肉体的なダメージより精神に影響するタイプの「霊的攻撃」を行なわせる。
 阿呆な若造が被っていたステレオタイプなサイコ野郎の仮面は剥がれ落ちつつ有った。
 奴の顔に浮かぶのは……恐怖……。
 だが……次の瞬間……。
「しゃッ‼」
 やはり……そうか……。
 俺と、この若造の「魔法勝負」の気配を感じて、周囲の通行人は俺達を無意識の内に避けていた。
 しかし……1人だけ……「アラサーになった元不良ヤンキーか元暴走族」風の男だけは……俺達の方を見ていた。
 一見すると痩せ気味だが……服から覗く首筋や手首には、しっかり筋肉が付いてる。
 工事現場か工場で仕事した帰りと言った感じのツナギの作業服。
 履いてるのは……シンプルなデザインの黒い革靴……多分、安全靴だ。
 剃っているのか地毛なのか判断が難しい薄めの眉に……ヤー公にも滅多に居ないような妙に鋭い目付き。
 明る目の茶髪のロン毛……と言っても髪の毛の根本あたりは地の色である黒になってるが……をオールバックにして、首の辺りで束ねている。
 そして……そいつの口からは……。
 とんでもない量の「気」が蛇のように延びていた。
 そして、その「蛇」は……若造の使い魔を拘束していた……。
「あ……あの……せ……センパイ……」
 かすれ声を出した若造は……小便とチビっていた。
「すいませんね……ウチの若いのが馬鹿な真似して……」
 その男は……口から「蛇」を出したまま、そう言った。
「あ……ああ……。まあ……少々やんちゃだが……将来が楽しみな若手……ですね……」
 思わず敬語。
 しまった……。
 無意識の内に「何かを避けていた」のは……周囲の一般人の通行人だけじゃなかった。
 俺も……こいつを「探」るのを無意識の内に避けていた。
 本能的に剣呑ヤバい相手だと悟っていたのか?
 それとも……何かの「魔法」で、俺をそう仕向けていたのか?
 俺より若いが……とんでもない野郎だ……。
 俺にもプライドなんて余計なモノを持ってる以上、「真っ向勝負したら勝てない」とは言いたくねえ。
 だが……下手な「魔法結社」の総帥クラスでも……ここまでの奴は、そうそう居ない。
 何者なんだ? この「アラサーのヤンキー」風の男は?
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