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序章
ごめん、そいつは「鬼」じゃなくて「神」みたいだ
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「風と共に去りぬ」の原作の冒頭は「スカーレット・オハラは美人ではなかったが……」だそうだが、生物学者の矢野千春も、美人とは言い難かったが、愛嬌の有る顔だった。ただ、その顔が乗っているのは、柔道でもやっているとしか思えない、ごっつい体だった。
「あ~、もしもし、現地の皆さん。そいつの細胞サンプルを取って来てもらえます?」
「あの……矢野さん……そんな状況じゃないと思いますよ……」
そうたしなめた男の声には、いわゆる「外人訛り」が有った。
「佐藤さん、あの『鬼』の正体は判りますか?」
「いや、『に~さん』も良く御存知だと思いますが……ウチの一族も一〇〇〇年ぐらい平和ボケしてましてねぇ……。平安時代の先祖が使ってた占術の半分以上は、とっくに失伝してます」
「に~さん」と呼ばれた男の本名はソン・イサム。日本の仏教系の大学に留学中の韓国の若い学者だが、母親が日本育ちだったせいで、日本風の「イサム」と云う名前を付けられた。そして……日本人の知人に冗談で「自分の名前のイサムは韓国では『2・3』の意味に聞こえる」と言ったせいで……以降「に~さん」と云う渾名を付けられる事になった。
ここに引き抜かれる前に書こうとしていた論文のテーマは、日本の修験道の神・金剛蔵王権現についてのモノだった。……そう、まさしく「角」が無い以外は「鬼」を思わせる姿をした「神」。
一方、佐藤は有名な陰陽師の家系の長男だが、実家で何かゴタゴタが有ったらしく、すっかり「家業」を継ぐのが嫌になり、戸籍上の名前まで「佐藤正一」と云う実家との繋りを他人に悟られないような平凡な名前に変えた過去が有った。
しかし、どうも国家権力と云うのは、この手の事には異様に有能なようで、「その手の『名門』の長男で、二十代半ばまでは陰陽師としての修行をやっていた」事を突き止められ、ここに引き抜かれる事になった。
「しかし、見た通りの『鬼』か、もっとマズい代物かぐらいは判らんのかね?」
そう声をかけたのは、小林隆賢。赤ら顔の太ったスキンヘッドの四十代後半の男だった。本業は密教系の宗派の僧侶。
だが、「に~さん」と佐藤は、モニタに映っている現地の隊員から送られてくる映像を見ながら、ほぼ同時に諦めたような溜息を付いて首を横に振った。
「占術を使うまでもないです。『鬼』の姿はしてますけど『鬼』よりマズいものですね、あれ」
「あれは、十中八九、鬼じゃなくて『疫神』です」
「じゃあ……その……」
「あいつの正体を探る為に占術を使う事さえ危険です。最悪の場合、この総本部が疫病の巣窟と化します」
「総司令官、作戦は失敗です。付近の住民を避難させて下さい。あと、生き延びた住民や隊員には、ありったけの感染症の検査をお願いします」
『またかね……』
「あと、現地に向かう医療チームには、防護服を付けさせて下さい」
現場の隊員に装着された小型カメラから送られてくる映像は大きなブレが有るものがほとんどだった。
しかし、少なくとも1つの事だけは確実だった。
その場所に現われた鬼は……ただ、突っ立ているだけなのに……周囲の人間は、青冷めた顔になり、もがき苦しみ、吐血し続けていた。
現場の隊員のカメラの1つが一瞬だけ「鬼」の顔を鮮明に捉えた。
その顔は……明らかに戸惑っていた。
「佐藤さん、隆賢さん……。『神様』に『お引き取りいただく』呪法は……」
「あれが、本当に『神』だったなら……他の呪法よりは成功率は高いでしょうけど……」
佐藤は、そう言った。しかし、ここで言う「他の呪法よりは成功率は高い」とは、より正確に言えば「もし自分達の推測が当っていた場合、他の呪法の成功率は0だ」と云う意味だ。
「でも、しくじったら、俺達が死ぬだけじゃ済まねぇしなぁ……」
隆賢は、そう補足した。
「あと……この『鬼』の姿……まさか……」
「商売敵の事を悪く言うような気もするんでナンだが……どう考えても……」
「病気避け・厄除けの御札に描かれてるのにそっくりなモノが……病気を撒き散らすって……」
「でも、どこの民間信仰でも、疫病避けの神と疫病の神は……大概の場合は元々同じ存在でしたから……」
その「鬼」は……京都などで厄除けの御札として使われる「元三大師」「角大師」……第十八代天台宗座主・良源が疫病をもたらす「神」を追い払う時に変身したと伝えられる「鬼」の姿に瓜二つだった。
十年前から、日本各地に「鬼」としか呼べない外見の「何か」が出没するようになっていた。
日本の年間の殺人事件(もちろん人間による)の件数は千件前後……しかし、「鬼」の出現が最初に確認された翌年には、「鬼類災害」による死者は万単位になっていた。
そして、六年前、ようやく、様々な分野から選ばれた「顧問」達の助言の元、警察や自衛隊からの出向者を実働部隊とする「鬼類災害特務隊」が結成された……。
しかし……その六年の最大の「成果」は……日本各地に現われるようになった「鬼」についての絶望的な「事実」を突き止めた事だった。
「鬼」は単一の種類の「何か」ではない。
「鬼」としか呼べない外見と……人間に危害を加える……と言っても危害を加える気満々のモノから、本人(本鬼?)の意図に関わりなく結果的に人を死傷してしまうモノまで様々だが……点以外は何の共通点も無い、強さも、能力も、長所・弱点もバラバラな何種類……または何十種類もの「何か」だったのだ。
その事は……「鬼」を何とかする為の対抗策の確立が極めて困難だと云う事を意味していた。
「あ~、もしもし、現地の皆さん。そいつの細胞サンプルを取って来てもらえます?」
「あの……矢野さん……そんな状況じゃないと思いますよ……」
そうたしなめた男の声には、いわゆる「外人訛り」が有った。
「佐藤さん、あの『鬼』の正体は判りますか?」
「いや、『に~さん』も良く御存知だと思いますが……ウチの一族も一〇〇〇年ぐらい平和ボケしてましてねぇ……。平安時代の先祖が使ってた占術の半分以上は、とっくに失伝してます」
「に~さん」と呼ばれた男の本名はソン・イサム。日本の仏教系の大学に留学中の韓国の若い学者だが、母親が日本育ちだったせいで、日本風の「イサム」と云う名前を付けられた。そして……日本人の知人に冗談で「自分の名前のイサムは韓国では『2・3』の意味に聞こえる」と言ったせいで……以降「に~さん」と云う渾名を付けられる事になった。
ここに引き抜かれる前に書こうとしていた論文のテーマは、日本の修験道の神・金剛蔵王権現についてのモノだった。……そう、まさしく「角」が無い以外は「鬼」を思わせる姿をした「神」。
一方、佐藤は有名な陰陽師の家系の長男だが、実家で何かゴタゴタが有ったらしく、すっかり「家業」を継ぐのが嫌になり、戸籍上の名前まで「佐藤正一」と云う実家との繋りを他人に悟られないような平凡な名前に変えた過去が有った。
しかし、どうも国家権力と云うのは、この手の事には異様に有能なようで、「その手の『名門』の長男で、二十代半ばまでは陰陽師としての修行をやっていた」事を突き止められ、ここに引き抜かれる事になった。
「しかし、見た通りの『鬼』か、もっとマズい代物かぐらいは判らんのかね?」
そう声をかけたのは、小林隆賢。赤ら顔の太ったスキンヘッドの四十代後半の男だった。本業は密教系の宗派の僧侶。
だが、「に~さん」と佐藤は、モニタに映っている現地の隊員から送られてくる映像を見ながら、ほぼ同時に諦めたような溜息を付いて首を横に振った。
「占術を使うまでもないです。『鬼』の姿はしてますけど『鬼』よりマズいものですね、あれ」
「あれは、十中八九、鬼じゃなくて『疫神』です」
「じゃあ……その……」
「あいつの正体を探る為に占術を使う事さえ危険です。最悪の場合、この総本部が疫病の巣窟と化します」
「総司令官、作戦は失敗です。付近の住民を避難させて下さい。あと、生き延びた住民や隊員には、ありったけの感染症の検査をお願いします」
『またかね……』
「あと、現地に向かう医療チームには、防護服を付けさせて下さい」
現場の隊員に装着された小型カメラから送られてくる映像は大きなブレが有るものがほとんどだった。
しかし、少なくとも1つの事だけは確実だった。
その場所に現われた鬼は……ただ、突っ立ているだけなのに……周囲の人間は、青冷めた顔になり、もがき苦しみ、吐血し続けていた。
現場の隊員のカメラの1つが一瞬だけ「鬼」の顔を鮮明に捉えた。
その顔は……明らかに戸惑っていた。
「佐藤さん、隆賢さん……。『神様』に『お引き取りいただく』呪法は……」
「あれが、本当に『神』だったなら……他の呪法よりは成功率は高いでしょうけど……」
佐藤は、そう言った。しかし、ここで言う「他の呪法よりは成功率は高い」とは、より正確に言えば「もし自分達の推測が当っていた場合、他の呪法の成功率は0だ」と云う意味だ。
「でも、しくじったら、俺達が死ぬだけじゃ済まねぇしなぁ……」
隆賢は、そう補足した。
「あと……この『鬼』の姿……まさか……」
「商売敵の事を悪く言うような気もするんでナンだが……どう考えても……」
「病気避け・厄除けの御札に描かれてるのにそっくりなモノが……病気を撒き散らすって……」
「でも、どこの民間信仰でも、疫病避けの神と疫病の神は……大概の場合は元々同じ存在でしたから……」
その「鬼」は……京都などで厄除けの御札として使われる「元三大師」「角大師」……第十八代天台宗座主・良源が疫病をもたらす「神」を追い払う時に変身したと伝えられる「鬼」の姿に瓜二つだった。
十年前から、日本各地に「鬼」としか呼べない外見の「何か」が出没するようになっていた。
日本の年間の殺人事件(もちろん人間による)の件数は千件前後……しかし、「鬼」の出現が最初に確認された翌年には、「鬼類災害」による死者は万単位になっていた。
そして、六年前、ようやく、様々な分野から選ばれた「顧問」達の助言の元、警察や自衛隊からの出向者を実働部隊とする「鬼類災害特務隊」が結成された……。
しかし……その六年の最大の「成果」は……日本各地に現われるようになった「鬼」についての絶望的な「事実」を突き止めた事だった。
「鬼」は単一の種類の「何か」ではない。
「鬼」としか呼べない外見と……人間に危害を加える……と言っても危害を加える気満々のモノから、本人(本鬼?)の意図に関わりなく結果的に人を死傷してしまうモノまで様々だが……点以外は何の共通点も無い、強さも、能力も、長所・弱点もバラバラな何種類……または何十種類もの「何か」だったのだ。
その事は……「鬼」を何とかする為の対抗策の確立が極めて困難だと云う事を意味していた。
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