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第二章:Fair Game

シルバー・ローニン(8)

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 ようやく聴覚が回復したと思ったら、聞こえてきたのはスカート姿の女の子の怒鳴り声。
「だから……何で、ま~くん達の車と逆の方向に走ってんのよッ‼」
 なるほど。
 二一世紀初頭までの日本では「女性は感情的」だと云う偏見が有ったらしいが、その理由が何となく判った。
 日本の「女言葉」が「日本語の『標準語』が『作られた』際に、その一部として同じく『作られた』モノ」なら、女性が何かを批判する場合や状況の説明を求める場合には「女言葉」を使ったが最後「感情的な物言い」に聞こえるように「わざと作られた」可能性が高い。
「あの車には、爆弾が積んである可能性が高い。だから、まずは、人通りや民家が少ない場所まで行く」
 黒い虎男が説明。
「じゃあ、何で別の方向に向かってんのよッ⁉」
「君達を狙ってるヤツに本当の行き先を悟られない為だ」
「こっちに1台、向こうに3台。狙われてるのは……男の子の方か……」
「もう1台、現場指揮をやってる車とか無いの? それを叩けば……」
『探してるが期待はするな』
 瀾師匠から無線通信。
「師匠、そう言えば、さっきはどこに行ってたんだ?」
『私が、昔、尊敬してた独立系ヒーローのパチモンがゾロゾロ出て来たんだぞ。冷静でいられる自信が無かったんで、席を外してた』
「何、内緒話してんの?」
「それはともかく、『ま~くん』とやらの方が重点的に狙われてる理由に心当りは有るか?」
「そりゃ、『ま~くん』の方が能力が上だからじゃないの?」
「ところで、食事持ってきてる。無茶したんだから、早めに栄養を補給しといて」
 助手席の黒い虎男から助言と共に紙袋が渡される。
「どうも……」
 久留米のパン屋チェーンのパンがいくつかと甘めのコーヒー牛乳が入っていた。
「あ……そこのパン、TCAでも有名なんだよね。分けて」
「あのさ……暴れ回った人が優先」
 黒い虎男から当然の指摘。
「でも、TCAに戻ったら、次はいつこっちに来て食べられるか判んないんだし……」
 彼女達を戻して大丈夫なのか? と云う危惧は有るが……今、指摘すべき事では有るまい。
「判った、どれがいい?」
「ジャムパン」
「あのね。何で、エネルギー切れになりかけてる人から一番甘いのを取ろうとするの?」
 またしても、黒い虎男から当然の指摘。
「わかった、半分こだ」
「そぼろパンとメロンパンもね♪」
「……」
「……」
「ぶどう糖の錠剤とプロテイン・ドリンクでも持って来た方が良かったな……」
 運転席の銀色の狼男が、やれやれと言いたげな口調でコメント。
「ところで君と『ま~くん』は姉弟きょうだいとか言ってたが……」
「うん、姉弟でフィアンセ」
 あまりにあっけらかんとした口調だった。
 この年齢であれば、どう考えても自分の意志でない。
 しかも、社会的な地位が有る人間が誰かに勝手に婚約者を決められるなど、今時、人道や人権の点から問題が……。
 我ながら、冷静な思考だった。
 しかし、異常な事を聞かされて、冷静な事を考えたとしたら……こっちも異常か、その話の異常さを見落していたかだ……。
 どれ位の時間だっただろうか?
 秒単位だった気もするし、分単位だった気もする。
「何だって⁉」
 少なくとも、私達3人が声を合わせて、そう言うまでに……多少の時間がかかったのは確かだった。
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