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取り戻された日常
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一〇年近くに渡った伝染病騒動に終息宣言が出てしばらく後。
伝染病騒動が始まった頃、高校生だった俺は、二〇代後半なっていた。
しかも、就職先なんかは、これから探さないといけない。果たして三〇になるまでに、マトモな職が見付かるかは不明だ。
就職活動の為にやって来た東京都内の駅前には、かつては当り前だったモノが少しつづ戻って来ていた。
そう、「かつては当り前だった」のに、何か違和感が有るモノ。
クサい言い方をすれば、俺の青春時代の間だけ世間から消えていたモノだ。
人ゴミ。外国人観光客。マスクをしていない人達。そして……。
駅前の広場には、何台もの大型モニタが並べられ、国会の様子が映し出されていた。
しかし、伝染病騒動を終息させた政府は当分安泰で、その邪魔ばかりしてきた野党は消え去るしか……。いや、待て。
「どうかしましたか?」
1人のおばさんが話しかけてきた。どうやら、この国会中継を映してるモニタを設置した所の関係者らしい。
「あの……これって、今、同時に起きてる事なんですか? それとも録画ですか?」
そう、何台ものモニタが並べられているのは、様々議論が国会で行なわれている様子を映していたからだ。
だが、俺が、イメージしていた国会の様子とは違う。国会ってのは一度に一つの議論だけが行なわれてるんじゃなかったのか?
「ああ、国会は、普通、こう云うモノなんですよ。色んな委員会が同時に開かれてて、そこで色んな議題が並行して議論されているんです。ニュースになったり、TVやネットで中継されるのは、国会で行なわれてる議論のほんの一部だけなんですよ」
「すいません」
その時、制服警官が俺達に声をかけた。
「集会を解散して下さい」
「えっ?」
「まだ、伝染病に伴なうデモ・集会の禁止令は解除されていません。速やかに解散して下さい」
「待って下さい」
おばさんは、警官に何か抗議をしていたが、俺は立ち去った。
伝染病騒動が終息したのに、伝染病対策の政令が解除されてないのは変だが、規則なら仕方ない。
と言うか、あのおばさん、役所とか公共機関とか人じゃなかったのかよ。
だが、俺は、何かが引っ掛かっていた。
国会で質問していた議員のほとんどに見覚えが有ったのだ。
それも、何年も前……。でも……何年も前に見た名前も思い出せない人の顔を覚えてるって……どう云う事だ?
そして数日後、俺は就職が決り、一端、実家に戻って、服や荷物の整理を始めた。就職先の寮に持ってくモノ、持ってかないけど実家に置いておくモノ、この際捨ててしまうモノをそれぞれ、段ボール箱なりゴミ袋なりに入れる。
その時に見付けたのだ。
高校の頃、まだ、あの伝染病が流行し出す前、俺は演劇部に入っていて……そして、よく都内の演劇講演を見に行っていた。
その時買ったパンフレットの中に……。
何故、一〇年前、劇団の役者だった奴らが、今、国会議員、それも野党議員になってるんだ? それも一人だけじゃなくて……。
そうだ……あの時の国会中継の様子……まるで……芝居……。
どうしても気になって、Wikiで適当に調べて……そしてSNSに書き込んだ。
「今の野党議員って、何で、ほとんどが議員になって一〇年未満で、しかも、役者出身の人ばっかりなんだ?」
そして、俺は就職先の新人研修が始まって早々、会社の法務部に呼び出された。
そこには、会社の人間とは明らかに雰囲気が違うヤツが何人か居て……。
そいつらの1人が俺にあるモノを見せた。
警察手帳と逮捕状だった。
逮捕理由は、伝染病騒動の最中に制定された「デマ流布」関係の容疑だった。
国選弁護士は明らかにやる気0で、俺は、あっさり刑務所送りになった。
予防注射・身体検査・刑務所内の規則の説明を受けた後、俺がブチ込まれた部屋に居たのは……。
「えっと……あんた、どっかで見た事が……」
俺は、同室のオッサンの1人に聞いた。
「そりゃ……ここに来る前は、国会議員をやってましたので」
「えっ?」
「俺も驚いたよ。ここにブチ込まれたら、何年か前まで、TVで良く見てた代議士が、ここに居たんだからな」
同室の別のオッサンが言った。
「なぁ、外では伝染病騒動は終ったのか?」
「あと、私が居た○○党は、今、どうなってます。TVや新聞は見る事は出来ますが……党名は同じなのに、すっかり、知らない顔ばかりになっていて……。今のウチの党の連中は、演技みたいなのは巧いんですが……国会での質問内容が……何と云うか……」
いや……俺が聞きたい。何かが変だ。伝染病騒動は終息した筈なのに、その時に作られた法律は政令は廃止されてない。しかも、伝染病騒動対策で作られた法律や政令が今でも有効な事を国民の多くが知らない。どうなってんだ?
そして、刑務所の様子も何かがおかしかった。
刑務官たちは、何故か防護服にガスマスク。
しかし、俺達は、風邪や花粉症になっても、布マスクや使い捨てマスクすらもらえないらしい。病気になれば診察はしっかりやるのに、薬は出ないそうだ。いや、聞いた話だけじゃなくて、俺が、既にそうなってる。
「やな噂が有るんだよな……。ここでは……と云うか日本中の刑務所で……新しい伝染病を作り出す実験が行なわれてるんだとよ……」
ここにブチ込まれて数日後に発熱して寝込んだ俺の枕元で、同じ部屋のおっさんが、そう言った。
「……ど……どうして……そんな『研究』が……?」
「決ってるだろ。いざと云う時に、政府が、あの伝染病騷ぎを……人間の手で再現しようとしてるんだよ。あの騷ぎの最中に、政府にとって都合がいい法律がいくつ出来たと思う? 政府がどんだけの無茶をやっても、みんな、こんな状況だから仕方ない、と思っただろ」
「いくら……なんでも……そんな事は……」
「そう思うか? ところで……お前が、ここに入る時にやられた予防注射……本当に予防注射だと思うか?」
「えっ?」
「ここに入った人間の7割ぐらいは……入って1週間以内に、そうなって死ぬんだよ。俺達は……運が良い生き残りだ……」
伝染病騒動が始まった頃、高校生だった俺は、二〇代後半なっていた。
しかも、就職先なんかは、これから探さないといけない。果たして三〇になるまでに、マトモな職が見付かるかは不明だ。
就職活動の為にやって来た東京都内の駅前には、かつては当り前だったモノが少しつづ戻って来ていた。
そう、「かつては当り前だった」のに、何か違和感が有るモノ。
クサい言い方をすれば、俺の青春時代の間だけ世間から消えていたモノだ。
人ゴミ。外国人観光客。マスクをしていない人達。そして……。
駅前の広場には、何台もの大型モニタが並べられ、国会の様子が映し出されていた。
しかし、伝染病騒動を終息させた政府は当分安泰で、その邪魔ばかりしてきた野党は消え去るしか……。いや、待て。
「どうかしましたか?」
1人のおばさんが話しかけてきた。どうやら、この国会中継を映してるモニタを設置した所の関係者らしい。
「あの……これって、今、同時に起きてる事なんですか? それとも録画ですか?」
そう、何台ものモニタが並べられているのは、様々議論が国会で行なわれている様子を映していたからだ。
だが、俺が、イメージしていた国会の様子とは違う。国会ってのは一度に一つの議論だけが行なわれてるんじゃなかったのか?
「ああ、国会は、普通、こう云うモノなんですよ。色んな委員会が同時に開かれてて、そこで色んな議題が並行して議論されているんです。ニュースになったり、TVやネットで中継されるのは、国会で行なわれてる議論のほんの一部だけなんですよ」
「すいません」
その時、制服警官が俺達に声をかけた。
「集会を解散して下さい」
「えっ?」
「まだ、伝染病に伴なうデモ・集会の禁止令は解除されていません。速やかに解散して下さい」
「待って下さい」
おばさんは、警官に何か抗議をしていたが、俺は立ち去った。
伝染病騒動が終息したのに、伝染病対策の政令が解除されてないのは変だが、規則なら仕方ない。
と言うか、あのおばさん、役所とか公共機関とか人じゃなかったのかよ。
だが、俺は、何かが引っ掛かっていた。
国会で質問していた議員のほとんどに見覚えが有ったのだ。
それも、何年も前……。でも……何年も前に見た名前も思い出せない人の顔を覚えてるって……どう云う事だ?
そして数日後、俺は就職が決り、一端、実家に戻って、服や荷物の整理を始めた。就職先の寮に持ってくモノ、持ってかないけど実家に置いておくモノ、この際捨ててしまうモノをそれぞれ、段ボール箱なりゴミ袋なりに入れる。
その時に見付けたのだ。
高校の頃、まだ、あの伝染病が流行し出す前、俺は演劇部に入っていて……そして、よく都内の演劇講演を見に行っていた。
その時買ったパンフレットの中に……。
何故、一〇年前、劇団の役者だった奴らが、今、国会議員、それも野党議員になってるんだ? それも一人だけじゃなくて……。
そうだ……あの時の国会中継の様子……まるで……芝居……。
どうしても気になって、Wikiで適当に調べて……そしてSNSに書き込んだ。
「今の野党議員って、何で、ほとんどが議員になって一〇年未満で、しかも、役者出身の人ばっかりなんだ?」
そして、俺は就職先の新人研修が始まって早々、会社の法務部に呼び出された。
そこには、会社の人間とは明らかに雰囲気が違うヤツが何人か居て……。
そいつらの1人が俺にあるモノを見せた。
警察手帳と逮捕状だった。
逮捕理由は、伝染病騒動の最中に制定された「デマ流布」関係の容疑だった。
国選弁護士は明らかにやる気0で、俺は、あっさり刑務所送りになった。
予防注射・身体検査・刑務所内の規則の説明を受けた後、俺がブチ込まれた部屋に居たのは……。
「えっと……あんた、どっかで見た事が……」
俺は、同室のオッサンの1人に聞いた。
「そりゃ……ここに来る前は、国会議員をやってましたので」
「えっ?」
「俺も驚いたよ。ここにブチ込まれたら、何年か前まで、TVで良く見てた代議士が、ここに居たんだからな」
同室の別のオッサンが言った。
「なぁ、外では伝染病騒動は終ったのか?」
「あと、私が居た○○党は、今、どうなってます。TVや新聞は見る事は出来ますが……党名は同じなのに、すっかり、知らない顔ばかりになっていて……。今のウチの党の連中は、演技みたいなのは巧いんですが……国会での質問内容が……何と云うか……」
いや……俺が聞きたい。何かが変だ。伝染病騒動は終息した筈なのに、その時に作られた法律は政令は廃止されてない。しかも、伝染病騒動対策で作られた法律や政令が今でも有効な事を国民の多くが知らない。どうなってんだ?
そして、刑務所の様子も何かがおかしかった。
刑務官たちは、何故か防護服にガスマスク。
しかし、俺達は、風邪や花粉症になっても、布マスクや使い捨てマスクすらもらえないらしい。病気になれば診察はしっかりやるのに、薬は出ないそうだ。いや、聞いた話だけじゃなくて、俺が、既にそうなってる。
「やな噂が有るんだよな……。ここでは……と云うか日本中の刑務所で……新しい伝染病を作り出す実験が行なわれてるんだとよ……」
ここにブチ込まれて数日後に発熱して寝込んだ俺の枕元で、同じ部屋のおっさんが、そう言った。
「……ど……どうして……そんな『研究』が……?」
「決ってるだろ。いざと云う時に、政府が、あの伝染病騷ぎを……人間の手で再現しようとしてるんだよ。あの騷ぎの最中に、政府にとって都合がいい法律がいくつ出来たと思う? 政府がどんだけの無茶をやっても、みんな、こんな状況だから仕方ない、と思っただろ」
「いくら……なんでも……そんな事は……」
「そう思うか? ところで……お前が、ここに入る時にやられた予防注射……本当に予防注射だと思うか?」
「えっ?」
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