Dystopia Now!!/「正義の味方」監査委員に選ばれてしまった「悪の組織」の末端構成員ですが……

蓮實長治

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第一章:ルーズ戦記

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王の治世は間も無く終る。
やがて、水のように血が流れ、霧のように涙が溢れるだろう。
私は生きてそれを目にする事はかなわぬが、最後には、あの人々が勝つのだ。
ジョージ・ゴードン・バイロン

「はぁっ?『公休取らせて下さあ~い』だあ? 阿呆か、お前。それだから四〇近いのに、まだ、係長にもなれね~んだよッ‼」
 柳ヶ瀬課長は、いきなり、そう怒鳴り散らした。
「い……いや……その……でも……」
「『でも』? でも、なんだ?」
「ええっと……」
「おい、何が言いたい?」
「で……ですから……その……」
 まずいまずいまずい……心臓がバクバク鳴り出し、呼吸は荒くなり、脳は恐怖以外の感情を感じなくなる。
 完全にパニック症状の症状……いや、症状の症状って何だなんだなん……あわわわ……。
「おい、誰か、鋏持って来い」
「は……は……」
「こんなはっきりしない男は男じゃない。なら、チ○コ切り落……お~い、やっぱ、チ○コ切り落すのは後でいいから……誰か水……いいや、面倒くせえな」
「あああああ……」
 だめだだめだだめだだめだだめだだめだめだあああッ。
 つぎになにがおきるかわかってるのにのにののに……なにをすればいいかわらかないないない。
 ドゴォっ‼
 足が震え膝から力が抜けて床にへたり込んだ俺の腹に課長の蹴り。
 蹴り。
 蹴り。
 蹴り。蹴り。蹴り。
 何発も何発も何発も蹴り蹴り蹴り蹴り蹴りィッ‼
「ぐふぅ」
「てめえのせいだ、ボケッ‼」
 な……何が?
「てめえに教育をしてやる必要が有ると判ってたなら……安全靴を履いてきたのに……ああ、ちくしょう、しねしねしねしねしね……」
 フィクションだったら編集者に「もう少し気が効いた罵り言葉って有りませんか?」と言われるのが確実な……喩えるならラノベの地の文で美少女キャラの外見を説明するのに「美少女」って言葉を堂々と使う級に頭が悪い罵倒と共に課長が何度も何度も何度も何度も何度も俺を蹴る。
 それと……爪先に堅い防護材が入ってる靴の事は……社外ではともかく、この社内では「安全靴」じゃなくて「危険靴」と呼ぶべきだ。この社内での用途からして。
 ああ……そうか……。
 悪い事をしちゃいけない理由が判った。
 倫理的に悪い事ばかりやってると、頭も悪くなる。
「おい、その公務の通達とやらを渡せ」
「こ……これです……はい……」
 多分、一〇分は蹴り続けられただろう……俺の頭はすっかり真っ白になって……。
「はい、これで解決。話は終りだ」
 課長は……「抽選により『正義の味方』監査委員に選ばれました」と云う通達が入った封筒を破り捨てた。
「で……でも……」
「話は終りだ、って言っただろうがっ‼」
 俺の話は終ってない。
 そして、課長の蹴りも終ってない。
「で……でも……その……。ウチの会社が俺に公休を取らせなかったら……ウチの会社が罰せられるって……」
「なんだとごらぁッ‼」
 たすけてたすけてたすけて……あああ、「正義の味方」は何をやってる……って、ウチの会社は「悪の組織」のフロント企業だった。「正義の味方」に踏み込まれたら、ウチの会社が潰れて……しかも、こんな会社に過剰適応してしまった俺に、その後の就職先は……うわああああッ。
「で、何の公務なんだ?」
「へっ?」
「役人に金を渡せば何とかなるだろ」
「い……いえ……そんな事、『こっち』じゃ無理です」
「腐ってんやがるな『外』は、ホントに……」
「は……はぁ……」
「ところで、何の公務だったんだ」
「守秘義務が……」
「はぁっ?」
「ええっと……『正義の味方』監査委員です……」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 沈黙は1分ほど続いた。
「何で、それを先に言わねえ、ボケぇっ‼」
 オリジナリティの欠片もない課長の罵倒は、それから一〇分は続いた。
 流石に課長も疲れてたようで、蹴りは段々雑になっていったけど……。
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