○認○罪

蓮實長治

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○認○罪

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「あ……先輩……」
 判決が下った後、法廷内で、たまたま、その先輩と出会でくわした。
 何と声をかければ良かったか判らなかった。
 いわゆる「ヤメ検」弁護士。
 まだ、駆け出しだった頃に鍛えてもらった元上司。
 しかし……当時の私は、若いなりに、その人の強すぎる正義感に対して、ある種の危うさを感じていたが……やがて、その人は検察を辞め、弁護士となった。
 その元上司と、今度は刑事事件の担当検察官と弁護士の立場で再会する事になった。
 そして、勝訴したのは検察側だった。
「これから記者会見をやるが……被告は上告しない意向だ」
「……えっと……」
 何と言えば良いか判らない。
 この裁判は、異例のスピード判決で死刑が確定した。
 被告は逮捕されたその日に、あっさりと自白し……調書の内容も物証との矛盾はない。
 だが、裁判では、ある主張を繰り返していた。
『事実関係で検察側と争うつもりはない。罪は全て認める。しかし、反省する気はない』
 その後に被害者を侮辱する発言を繰り返し……傍聴や証人として来廷していた被害者遺族が冷静さを失なう事も一度や二度では無かった。
 いたいけな幼児を何人も殺して、それでは死刑になるのも当然だった。

 今時、フィクションで「性的不能ゆえに大量殺人犯になった」なんて「犯人」を出せば、ポリコレその他の観点から批判を浴びるのは確実だろう。
 しかし、実際に連続して何度も「強制わいせつ」ないしは「強姦」を行なった後に被害者を殺害しているのに、「体液」が検出されない以上、その可能性は高いだろう。
 そして……この同一犯によるものと思われる連続事件が報道される度に、野次馬の中に、毎回のように混っているある特定の男が目を付けられた。
 筋肉質の体格で、身長・体重ともに平均より上だが……目立つほどの大男ではない。
 顔立ちは「男らしい」感じの……いわゆる「イケメン」。
 どうやら、わざわざ、仕事を休んで犯行現場に足を運んでいるらしかった。
 当然ながら、警察はその男の事を調べ……別件で逮捕した。
 その男は、夜な夜な、町のチンピラに因縁を付けては、小さい頃からやっていた空手と柔道でチンピラ達を叩きのめしていた事が判明したのだ。

 その後の展開は、あまりに「ありがち」過ぎて逆に現実感が無かった。
 幼女に対する性的暴行と殺害の容疑をかけられている男の家から出て来たのは、大量のエロ漫画……それも、オタク用語で言う「メスガキわからせおじさん」ものばかりだった。
 その様子は……一九八〇年代のあの事件のようにTVやネットで報じられ……そして……。
 容疑者は、あっさり容疑を是認した。
 だが……一つ気になる事が有った。
 取調べの録画を観る限り……「落ちた」と云う感じではなく、初めから容疑を認める気満々だったようにしか思えなかった。

 裁判が始まる直前、被告は精神鑑定を求めたが……検察側・被告側両方の医師の鑑定は、ともに「反社会性パーソナリティ障害の可能性大。通常の事に喜びや楽しみを感じる事が出来ず、より強い刺激を求める傾向あり。ただし、知能・判断力ともに平均以上」と云う結果だった。
 つまり、責任能力による減刑は、ほぼ無理な上に、裁判官や裁判員の心証は一気に悪くなった。
 当然ながら下された判決は……。

「今時、被告の自宅の中の様子をTVやネットで全国中継するなど、どうかと思うが……それでも、ある事が判ったよ。この齢になって、Amazonでエロ漫画を検索する羽目になるとはな……」
「えっ?」
「被告の家の中に有ったエロ漫画だが……初版が、最初の事件が起きて以降だったものがいくつか有った」
 どう言う事だ?
「そして……たまたま……被告の自宅の付近のマンションのゴミ捨て場で見付けたものだ」
 先輩が差し出したのは……。
「あの……警察や我々が、被告に虚偽の自白を強制したとでも言われるんですか?」
「違う……。付箋が貼られてるページのマーカーで印が付いている箇所に書かれてるのは……警察や検察に悪意がないのに被疑者がやってしまった虚偽自白の内……についての詳細な説明だ」
 かつての上司から渡されたのは……犯罪学者が書いた冤罪についてのブ厚い学術書だった。
「だ……だから……何が……」
「宮仕えがしょうに合わずに弁護士になったはいいが……こっちはこっちで別の制約が有る。依頼人が黒だと確信が有っても依頼人が白だと言えば、白だと云う前提で弁護せざるを得ず……逆もまた然りだ」
「はあ?」

 それからしばらく、憂鬱な日々が続いた。
 奴が起した一連の事件のコピーキャットと思われる事件が連続して起きていた。
 それも、あの一連の事件が起きた場所から、然程さほど離れていない地域で、
 そして、私は、コピーキャットの犯人の逮捕を待たずに、定期異動となり……その直後に……。
 死刑には、その事件を担当した検察官が立会わねばならない。
 死刑に立ち会うのは初めてだった。
 なので、これが普通なのかは判らない。
 ヤツは、これから死ぬにも関わらず、何が楽しいのか判らないが……恐怖による錯乱には思えない爽やかな笑顔を浮かべていた。
「とんでもねえヤツでしたよ……」
 拘置所の担当者は疲れ切った表情だった。
「拘置所に入ってから……毎日毎日……オナニーばっかりやり続けてましてね……。もう、嫌になりますよ」
 えっ……?
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