不要な人間

蓮實長治

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不要な人間

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「接種のキャンセルが出たそうだね」
 市長が言ってる事は事実だ。時間になっても接種予定者は現われず……連絡も取れない。
 しかも偶然なのか人数も合っている。
 接種場所に現われたのは、市長と市長の家族、県議会の与党会派の大物議員とその家族。
 その人数分だけのキャンセルが発生したのだ。
「あの……キャンセル分の薬をどうするかは、国の方針で決って……」
「野党の感情論のせいで歪められた方針など無視するのが国益に叶う。社会にとって必要な人々に優先して接種する事こそ必要だと思わないかね?」
「で……ですが……学者の皆さんや医療保険関係の国際機関が散々言っている通り『全員が安全になるまで、誰1人として安全だと保証出来ない』……それが今のこの世界の『現実』です」
「ああ、その通りだ。だから、私や県議会の皆さんのみならず、その家族も連れて来たんだよ。私の身の回りの人間がと保証されない限り、私だって安全じゃないからな」
 何を言っても無駄だ……。
 この「ゾンビ禍」が世界を接見している時代においては「人道的な振る舞い」こそが最も「現実的」「合理的」「科学的」な選択となった。
 しかし……未だにこの国で権力を握っているのは「人道的」を「お花畑」と嘲笑ってきた、自分達こそ「現実家」「合理主義者」だと云う妄想に囚われている思慮の浅いクソ野郎どもだ。
 だが……その時……。
「あ……あのぉ……キャンセルされた……はず……の……方々……が……お越し、に、な、ぁ、り、ぃ、ま、ぁ、し、ぁ、たぁぁぁぁぁッッッッッ‼」
「お……おい……待て……何で……スタッフがゾンビに……」
「いや、ですから……国の方針では、キャンセル分の『』は現場のスタッフに回される筈だったのに、それを、貴方達が横から割り込んで……」
「おい、君、何だ、その無礼な口のきき方はッ‼ 氏名と所属を名乗りたまえッ‼ ただでは済まんから、覚悟しておけッ‼」
「あのねぇ、ただでさえ少ないスタッフを馘に出来ると思ってるんですか、クソ市長殿」
「お……おのれ……何を逆ギレしてるんだぁッ‼ 少しは冷静にならんとブチのめすぞッ‼」
「お……おい……市長……あれは……あのゾンビは……まさか……」
 県議会議員が指差した先に居たのは……。
「あの……そもそもの疑問なんですが……何で、あんた達は、丁度、人数分のキャンセルが出ると知ってたんだ?」
「市長、あそこに居るのは……我々が雇った『便利屋』……」
「そ……そんな……では……まさか……死体を始末する前に……死体のゾンビ化が始まって……」
 どうやら……こいつらは……今日、接種を受ける筈だった一般市民を……「消し」て、それで余った「抗ゾンビ化薬」を自分達のモノにしようとしたらしいが……。
 なら……自業自得だ。ざまあ見ろ。
 俺も、このクソどもがやらかした事の報いに巻き込まれたらしいが……丁度いい……。自分の国や故郷がゾンビ以上に腐り切っていくさまなど、これ以上見たくはない。最近、そう思うようになっていたんだ……。
 今日、「抗ゾンビ化薬」を接種する筈だった人の成れの果てに頚動脈を噛み千切られた時、俺の頭を過ったのは、そんな考えだった。
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