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こっちの話が通じない人……
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「なるほど。おっしゃる事は良く判りました」
次に首相になるのが確実とされる「彼」は、オタク向けコンテンツ嫌いで有名だった。
この御時世に「オタク向けコンテンツが犯罪……例えば児童が被害者の性犯罪を誘発する」と云う妄想を抱いていたのだ。
「あの……失礼ですが『おっしゃる事は良く判りました』とは、どのようなニュアンスで言われているのでしょうか?」
「貴方の言われる事は、こう云う事ですよね。『現実と空想の区別が付かないオタク』は、居たとしても『オタク』の中でも例外中の例外に過ぎない。よって、オタク向けのアニメやマンガが何かの犯罪を誘発する要因になる事は、無視出来るほどに少ない。故に、オタク向けのアニメやマンガを規制しても……犯罪を減少させると云う目的においては何の意味もない……と」
「ええ、その通りです」
「では、私が首相になった際には、貴方が、今、説明された事を反映した政策を行なう事を御約束しましょう。ああ……君……」
彼は、その場に居た秘書に声をかけた。
「はい……」
「今の打ち合わせは、ちゃんと議事録に残しておいてくれたまえ」
「判りました」
そして、彼が首相になった時、動画サイトに違法アップロードされているアニメは次々と摘発されるようになった。
そこまでは、めでたしめでたしだ。
しかし、地上波のTVからは……アニメが消えた。残っているのは、純粋に児童向けのものだけだ。
CATVや有料の衛星放送からも「大きなお友達」向けのアニメの専門チャンネルは無くなってしまった。
更に、「大きなお友達」向けのアニメのDVDやBru-Rayは通販サイトでしか流通しなくなっており、「オフライン」の店舗では予約無しでは買えなくなっていた。
いわゆる「大きなお友達」向けのアニメは、会員向けのネット配信のみでしか見る事が出来なくなった。とは言っても会員登録は無料で、しかも、配信主体は独立行政法人だった。
だが、既にTVは斜陽産業になっているし、実写映画やドラマでも、DVDやBru-Rayの売り上げも落ちているので、娯楽コンテンツの産業構造が変わりつつ有るのだろう。……そう思っていた私は……この事態を軽視してしまった。
……だが、この時点で、これは始まりに過ぎぬと気付くべきだった。
「助けて下さい……」
その日、私の支持者の1人から電話が有った。しかし、何故、今時めずらしい公衆電話からなのだ?
「お……おい……どうした?」
声の調子からして、彼が、何か異常な事態に巻き込まれている事だけは判った。
「ここ数ヶ月……ストーカーにつきまとわれてまして……2人組の……ガタイが良くて、人相の悪いストーカーが……」
「警察には行ったのかね?」
「いえ……そのストーカーの正体は警官だったんです。事有る毎に、ストーカー警官に職質されて……」
「あの……首相、一体、どうなってるんですか?」
色々と調べて、ようやく判ったのは、警察が「大きなお友達」向けのアニメ配信サイトをある程度以上利用しているユーザを監視対象にしている事だった。
「警察が犯罪者予備軍を監視する事の何が問題でしょうか?」
「いえ、以前、私が『オタク向けのアニメやマンガで犯罪が誘発される事は無い』と説明して、納得していただいた筈ですが……」
「ちょっと待って下さい」
その時、首相の執務室のプリンターが何かを印刷し始めた。
「あれには、貴方が、あの時、説明してくれた事が書かれています。よく読み直して下さい」
「どう云う事ですか?」
「貴方は、あの時、『オタク向けのアニメやマンガで犯罪が誘発される事は無い』事を私に納得させる事に成功した。しかし、肝心な事を述べてはいませんでしたよね?」
「えっ?」
「『オタクが犯罪者になる確率は、オタクでない人が犯罪者になる確率に比べて、低いか……最悪でも同等程度に過ぎない』と云う事ですよ」
「ま……待って下さい」
「貴方は、私に『オタクが犯罪者になる確率は、オタクでない人が犯罪者になる確率に比べて、低いか……最悪でも同等程度に過ぎない』と納得させる事に失敗した。いや、私からすると、その事について、意図的に言及を避けているように思えた」
えっ? い……いや……待ってくれ……。
だが、言われてみれば、確かにそうだ……。
私にとって「オタクが犯罪者になる確率は、オタクでない人が犯罪者になる確率に比べて、低いか……最悪でも同等程度に過ぎない」と云う事は、あまりにも自明であって、わざわざ、説明する必要など無い事だったのだ。
だが、彼にとっては、少しも自明では無いからこそ……彼はオタクを嫌い危険視していたのだ。
し……しまった、彼の言う通り、彼を説得する為のロジックの組み立てには、致命的な欠陥が有った。
「貴方の言われた通り『オタク向けのアニメやマンガで犯罪が誘発される事は無い』のなら……結論は1つです。『別の理由で犯罪者予備軍である者は、オタク向けのアニメを好む傾向が有る』……なら、『その人物がオタク向けのアニメを好むか?』は……『その人物は犯罪者予備軍か?』の指標になると思いませんか?」
少しも、そんな事は思わないが、この極めて論理的で頭が回って……そして、あまりに強固な「偏見」または「信念」を持っている狂人は……一体、どうすれば考えを変えてくれるのだろうか?
次に首相になるのが確実とされる「彼」は、オタク向けコンテンツ嫌いで有名だった。
この御時世に「オタク向けコンテンツが犯罪……例えば児童が被害者の性犯罪を誘発する」と云う妄想を抱いていたのだ。
「あの……失礼ですが『おっしゃる事は良く判りました』とは、どのようなニュアンスで言われているのでしょうか?」
「貴方の言われる事は、こう云う事ですよね。『現実と空想の区別が付かないオタク』は、居たとしても『オタク』の中でも例外中の例外に過ぎない。よって、オタク向けのアニメやマンガが何かの犯罪を誘発する要因になる事は、無視出来るほどに少ない。故に、オタク向けのアニメやマンガを規制しても……犯罪を減少させると云う目的においては何の意味もない……と」
「ええ、その通りです」
「では、私が首相になった際には、貴方が、今、説明された事を反映した政策を行なう事を御約束しましょう。ああ……君……」
彼は、その場に居た秘書に声をかけた。
「はい……」
「今の打ち合わせは、ちゃんと議事録に残しておいてくれたまえ」
「判りました」
そして、彼が首相になった時、動画サイトに違法アップロードされているアニメは次々と摘発されるようになった。
そこまでは、めでたしめでたしだ。
しかし、地上波のTVからは……アニメが消えた。残っているのは、純粋に児童向けのものだけだ。
CATVや有料の衛星放送からも「大きなお友達」向けのアニメの専門チャンネルは無くなってしまった。
更に、「大きなお友達」向けのアニメのDVDやBru-Rayは通販サイトでしか流通しなくなっており、「オフライン」の店舗では予約無しでは買えなくなっていた。
いわゆる「大きなお友達」向けのアニメは、会員向けのネット配信のみでしか見る事が出来なくなった。とは言っても会員登録は無料で、しかも、配信主体は独立行政法人だった。
だが、既にTVは斜陽産業になっているし、実写映画やドラマでも、DVDやBru-Rayの売り上げも落ちているので、娯楽コンテンツの産業構造が変わりつつ有るのだろう。……そう思っていた私は……この事態を軽視してしまった。
……だが、この時点で、これは始まりに過ぎぬと気付くべきだった。
「助けて下さい……」
その日、私の支持者の1人から電話が有った。しかし、何故、今時めずらしい公衆電話からなのだ?
「お……おい……どうした?」
声の調子からして、彼が、何か異常な事態に巻き込まれている事だけは判った。
「ここ数ヶ月……ストーカーにつきまとわれてまして……2人組の……ガタイが良くて、人相の悪いストーカーが……」
「警察には行ったのかね?」
「いえ……そのストーカーの正体は警官だったんです。事有る毎に、ストーカー警官に職質されて……」
「あの……首相、一体、どうなってるんですか?」
色々と調べて、ようやく判ったのは、警察が「大きなお友達」向けのアニメ配信サイトをある程度以上利用しているユーザを監視対象にしている事だった。
「警察が犯罪者予備軍を監視する事の何が問題でしょうか?」
「いえ、以前、私が『オタク向けのアニメやマンガで犯罪が誘発される事は無い』と説明して、納得していただいた筈ですが……」
「ちょっと待って下さい」
その時、首相の執務室のプリンターが何かを印刷し始めた。
「あれには、貴方が、あの時、説明してくれた事が書かれています。よく読み直して下さい」
「どう云う事ですか?」
「貴方は、あの時、『オタク向けのアニメやマンガで犯罪が誘発される事は無い』事を私に納得させる事に成功した。しかし、肝心な事を述べてはいませんでしたよね?」
「えっ?」
「『オタクが犯罪者になる確率は、オタクでない人が犯罪者になる確率に比べて、低いか……最悪でも同等程度に過ぎない』と云う事ですよ」
「ま……待って下さい」
「貴方は、私に『オタクが犯罪者になる確率は、オタクでない人が犯罪者になる確率に比べて、低いか……最悪でも同等程度に過ぎない』と納得させる事に失敗した。いや、私からすると、その事について、意図的に言及を避けているように思えた」
えっ? い……いや……待ってくれ……。
だが、言われてみれば、確かにそうだ……。
私にとって「オタクが犯罪者になる確率は、オタクでない人が犯罪者になる確率に比べて、低いか……最悪でも同等程度に過ぎない」と云う事は、あまりにも自明であって、わざわざ、説明する必要など無い事だったのだ。
だが、彼にとっては、少しも自明では無いからこそ……彼はオタクを嫌い危険視していたのだ。
し……しまった、彼の言う通り、彼を説得する為のロジックの組み立てには、致命的な欠陥が有った。
「貴方の言われた通り『オタク向けのアニメやマンガで犯罪が誘発される事は無い』のなら……結論は1つです。『別の理由で犯罪者予備軍である者は、オタク向けのアニメを好む傾向が有る』……なら、『その人物がオタク向けのアニメを好むか?』は……『その人物は犯罪者予備軍か?』の指標になると思いませんか?」
少しも、そんな事は思わないが、この極めて論理的で頭が回って……そして、あまりに強固な「偏見」または「信念」を持っている狂人は……一体、どうすれば考えを変えてくれるのだろうか?
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