「未来」の規準で「今」を裁くな

蓮實長治

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「未来」の規準で「今」を裁くな

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「おい、何故、そいつらをい庇う? そいつらがウイルスを撒き散らしてるんだぞ」
 俺の同僚達は、俺と、俺が庇おうとした人々に銃を向けた。
 彼らは……この伝染病に感染はするが発症はしない人々だ。どうやら、そんな人々が人口の10%ほど居るらしかった。
「ふざけるな。俺達、警官が無辜の市民に銃口を向けるのか?」
「『無辜の市民』?……笑わせるな。そいつらは、社会の敵だ。犯罪者だ」
「何の罪を犯した?」
「そいつらは殺人鬼も同じだ。凶悪な殺人鬼である事が確実な奴らが逮捕されるのを拒むなら……殺しても正当防衛だ」
 そうかも知れない。彼等は残りの約90%の人間からすれば「殺人鬼」も同然だろう。
 しかし……人類が、この疫病を乗り越えたとしても……そんな事を認めた社会は、マトモな形で再建されるのか?

「なるほど。それが貴方が人工冬眠刑となった理由ですか……」
「正確には、あの疫病に感染したせいで……私を裁判にかけるには、人工冬眠にかけ、未来であの疫病の治療法が確立する時代を待つしか無かったのです」
 「社会の敵」と見做された人々を庇った俺を「見せしめ」の為に裁判にかけ、有罪にしたがっていた奴らは山程居た。だが、それを行なうには、俺に残された時間は少なかった。
 だが、奴らは、どうしても俺を「処罰」したかったらしい。俺を人工冬眠にかけて未来に送ったのだ。
 そして俺は……何十年後・何百年後かは不明だが、再建された「未来」の社会で目を覚ます事になった。

「人工冬眠による時効は成立しない、と言うのが政府の判断です。貴方は過去に犯した罪により裁判にかけられる事になります」
「こうなる事は覚悟していました。では、弁護人はどうなるのですか?」
 俺の身柄を預かっていた……この時代の警察機構の人間はキョトンとした顔をした。
 そして、しばし考え込んだ後、こう言った。
「あ……そう言えば、貴方の時代には、そんな風習が有ったのですね……。まぁ、貴方が『旧文明』の末期に犯した罪は、確かに『旧文明』時代の規準で裁くのが公平でしょう。○×△と相談してみます」
 彼が口にした単語は……役所の呼び名のようだが……どう云う意味なのだろうか?

「すいませんね。貴方の時代の裁判では必須だった『弁護人』なる役割は……この時代の裁判には、存在していないので……記録を調べて、私達が担当する事になりました」
 俺の「弁護人」の1人は歴史学者だった。そう……俺の時代の「法律」は、この時代では、「歴史」の専門家ぐらししか細かく知っている者は居なくなっていた。
 もう1人は、高齢で引退した元公務員だが……彼がかつてやっていた仕事を言い表す概念は、俺の時代の言葉には無い。
 1つの役所が検察と裁判所を兼ね、1人の人間が同じ裁判の裁判官と検事を兼ねているなど……一体全体、歴史は何百年逆戻りしたのだろうか?

「ええ、貴方が、当時は『当り前』だった『人権』なる概念に基いて行動したであろう事は我々にも想像が付きますよ。しかし、その概念を我々は知識としては知っていても、実際の法の執行において、どう機能していたか、さっぱり判らんのです」
 弁護人との打ち合わせは、港を出た途端に暗礁にぶつかる事になった。
「えっと……つまり……その、何が判らないのでしょうか?」
「貴方が助けようとした人達の中に、将来、社会に大きな貢献をする人が含まれていると云う確証は有ったのですか?」
「いえ、そんな事とは関係なく、私は暴徒と化した同僚の警官から彼等を守ろうとしました」
「つまり、貴方は、彼等が将来社会の主流派・多数派になる、と云う確信が有ったから、彼等を守ろうとしたのですか?」
「それも違います」
「では、何故、貴方は彼等を守ろうとしたのですか?」
「彼等の人命を尊重したからです」
「ですが、彼等は……彼等の責任ではないにせよ、他者の人命を危険に晒す人間だったのですよね?」
「私を私の時代の規準で裁くのなら、我々の時代の規準に合わせた思考をして下さい。我々の時代においては……社会の為に個々の人間が有るのではなく、個々の人間の人命や人権を守る為に社会が存在するのです」
「では、貴方が守ろうとした人々を抹殺するのが社会に課せられた義務では無いのですか? 少数派の存在が多数派の不利益になるなら、抑圧されるべきは少数派であり……ましてや少数派の存在が多数派の命を脅かすなら……少数派を抹殺すべきでは無いのですか?」
「……い……いや……ですから……」
 どうなっている? 狂っているのは、俺の時代の価値観か? それとも、この時代の価値観か?

「貴方を『今の規準』ではなく『当時の規準』で裁く為に、『当時の規準』をシミュレートした結果、『当時の社会』は『今の規準』からすると、テロを容認していた危険な社会だと結論づけざるを得ませんでした」
 そうか……「俺達の時代の規準」を「シミュレート」する必要が有る時点で「俺達の時代の当り前」は、もう、この「未来」には存在していないのか……。
「貴方は『今』の時代にとっては危険な世界の生き残りです。すいませんが、貴方のような人を安全と見做す時代が来るまで……来るとしてですが……お休みいただく事になりました」
 そして、俺は、再び人工冬眠につく事になった。
 残念ながら……歴史と云う法廷で勝利したのは……俺を悪と断じた側だったらしい。
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