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第一部:来たるべき種族─The Coming Race─
第一章:大連(一)
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走っていた。
ひたすら走っていた。
道に積っている雪を蹴散らしながら、走り続けていた。
時折、雪で車輪が滑り、よろめきつつも、普通でないスピードを出しながら走り続けていた。
乗用車、馬車、人力車、自転車、通行人。それらが行き交う夕方の大通りを、そのトヨダAA型の自動車が暴走している。
何度も何度も鳴るクラクション。
驚いて、その車を避ける自転車や通行人。死者や重傷者は、奇跡的にもまだ出ていないが、軽傷者は少なくない。
そして、一台の自転車が暴走車を避けようとして転倒した。
自転車に乗っていたのは、中国服の男だった。
自転車の男は、自分の事を無視して走り去った暴走車に向って怒鳴ろうとするが、次の瞬間、自転車を捨てて逃げ出した。
先程の暴走車と同じ位のスピードで、日本軍の軍用車が突っ込んで来たのだ。
軍用車にはね飛ばされ、宙を舞う自転車。
さらに、もう一台の軍用車が続いて走って来る。その軍用車の天井に、先程の自転車がぶつかり、あらぬ方向に跳ね飛ぶが、二台目の軍用車は意に介する様子も無く、走り続ける。
更に、その後に、ドイツ製の高級車が続く。
そのまた後に続くのは、サイドカー付のバイクが二台。
片方のバイクの運転席には、協和服の男が、サイドカーには東洋人にしては体の大きい中国服の男が、もう片方のバイクの運転席にはドイツの突撃隊の軍服を着た白人と思われる男が、サイドカーには、朝鮮・中国・満州・蒙古・回族・日本のいずれとも異る、この辺りでは見慣れぬ民族衣装の男が乗っていた。
二台のバイクはスピードを上げ、ドイツ車と軍用車を追い抜き、先頭のトヨダを左右から挟み込む。
トヨダ車がスピードを上げる。だが、バイクもスピードを上げる。
更にスピードを上げようとしたトヨダ車だが、雪のせいでよろめき、白人が運転するバイクに激突しかけた。
それを避けようとしたバイクは歩道に突入し、通行人達など居ないかのように走り続ける。慌てて、バイクを避ける通行人達。
トヨダ車は更にスピードを上げるが、雪のせいで、あらぬ方向へ走りかける。そして、再び二台のバイクに挟まれた。
そして、トヨダ車は急停止する。あやうくトヨダ車と衝突しかけた一台目の軍用車とそれに続く二台の車は、進路を逸らす。
だが、続いて、トヨダ車がバックし始めた。
トヨダ車を追っていた三台の車は慌てたように停止し、トヨダ車は、その三台の間を縫うようにバックしながら走る。
そして、トヨダ車はバックを続けながら、反対車線に入ると、追跡していた車両をある程度引き離した所で、一旦、停止し、そのまま、今度は前向きに走り出した。もっとも、前向きとは言っても、車線からすれば逆走であるが。
三台の車と二台のバイクは再びトヨダ車を追い始めた。だが、トヨダ車の真正面に別の車が現われた。
互いを避けようとした二台の車は、あらぬ方向に迷走する。
トヨダ車は路地に入り込み、もう一台は、反対車線に入った挙句、歩道に突っ込み、更に歩道脇の建物に激突した。
二台のバイク、二台の軍用車、そしてドイツ車は停止する。
そして、片方の軍用車の中から、二人の日本軍の軍服を来た男が出てきた。
一人は痩せぎすで丸眼鏡をかけた神経質そうな顔立ちの男。
もう一人は、太り気味で、軍人とは思えぬ妙に福々しい顔の男。
二人とも三十前と思しい。胸には憲兵隊の黒い階級章が有り、痩せぎすの方が少尉、太り気味の方が軍曹だった。
「まずいですね、こりゃ……」
太り気味の軍曹が、妙に呑気な声でそう言うと、痩せぎすの少尉は、軽く舌打ちをする。
二人の目は、トヨダ車の行き先に向けられていた。
「まったくだな、田村軍曹」
少尉の階級章を付けた軍人は、苛立たしげに、そう言った。
「後始末の事を考えるだけで、胃が痛くなりますな」
田村軍曹と呼ばれた太った軍人の声は、相変わらず呑気だった。
ひたすら走っていた。
道に積っている雪を蹴散らしながら、走り続けていた。
時折、雪で車輪が滑り、よろめきつつも、普通でないスピードを出しながら走り続けていた。
乗用車、馬車、人力車、自転車、通行人。それらが行き交う夕方の大通りを、そのトヨダAA型の自動車が暴走している。
何度も何度も鳴るクラクション。
驚いて、その車を避ける自転車や通行人。死者や重傷者は、奇跡的にもまだ出ていないが、軽傷者は少なくない。
そして、一台の自転車が暴走車を避けようとして転倒した。
自転車に乗っていたのは、中国服の男だった。
自転車の男は、自分の事を無視して走り去った暴走車に向って怒鳴ろうとするが、次の瞬間、自転車を捨てて逃げ出した。
先程の暴走車と同じ位のスピードで、日本軍の軍用車が突っ込んで来たのだ。
軍用車にはね飛ばされ、宙を舞う自転車。
さらに、もう一台の軍用車が続いて走って来る。その軍用車の天井に、先程の自転車がぶつかり、あらぬ方向に跳ね飛ぶが、二台目の軍用車は意に介する様子も無く、走り続ける。
更に、その後に、ドイツ製の高級車が続く。
そのまた後に続くのは、サイドカー付のバイクが二台。
片方のバイクの運転席には、協和服の男が、サイドカーには東洋人にしては体の大きい中国服の男が、もう片方のバイクの運転席にはドイツの突撃隊の軍服を着た白人と思われる男が、サイドカーには、朝鮮・中国・満州・蒙古・回族・日本のいずれとも異る、この辺りでは見慣れぬ民族衣装の男が乗っていた。
二台のバイクはスピードを上げ、ドイツ車と軍用車を追い抜き、先頭のトヨダを左右から挟み込む。
トヨダ車がスピードを上げる。だが、バイクもスピードを上げる。
更にスピードを上げようとしたトヨダ車だが、雪のせいでよろめき、白人が運転するバイクに激突しかけた。
それを避けようとしたバイクは歩道に突入し、通行人達など居ないかのように走り続ける。慌てて、バイクを避ける通行人達。
トヨダ車は更にスピードを上げるが、雪のせいで、あらぬ方向へ走りかける。そして、再び二台のバイクに挟まれた。
そして、トヨダ車は急停止する。あやうくトヨダ車と衝突しかけた一台目の軍用車とそれに続く二台の車は、進路を逸らす。
だが、続いて、トヨダ車がバックし始めた。
トヨダ車を追っていた三台の車は慌てたように停止し、トヨダ車は、その三台の間を縫うようにバックしながら走る。
そして、トヨダ車はバックを続けながら、反対車線に入ると、追跡していた車両をある程度引き離した所で、一旦、停止し、そのまま、今度は前向きに走り出した。もっとも、前向きとは言っても、車線からすれば逆走であるが。
三台の車と二台のバイクは再びトヨダ車を追い始めた。だが、トヨダ車の真正面に別の車が現われた。
互いを避けようとした二台の車は、あらぬ方向に迷走する。
トヨダ車は路地に入り込み、もう一台は、反対車線に入った挙句、歩道に突っ込み、更に歩道脇の建物に激突した。
二台のバイク、二台の軍用車、そしてドイツ車は停止する。
そして、片方の軍用車の中から、二人の日本軍の軍服を来た男が出てきた。
一人は痩せぎすで丸眼鏡をかけた神経質そうな顔立ちの男。
もう一人は、太り気味で、軍人とは思えぬ妙に福々しい顔の男。
二人とも三十前と思しい。胸には憲兵隊の黒い階級章が有り、痩せぎすの方が少尉、太り気味の方が軍曹だった。
「まずいですね、こりゃ……」
太り気味の軍曹が、妙に呑気な声でそう言うと、痩せぎすの少尉は、軽く舌打ちをする。
二人の目は、トヨダ車の行き先に向けられていた。
「まったくだな、田村軍曹」
少尉の階級章を付けた軍人は、苛立たしげに、そう言った。
「後始末の事を考えるだけで、胃が痛くなりますな」
田村軍曹と呼ばれた太った軍人の声は、相変わらず呑気だった。
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