異世界決死隊大作戦

蓮實長治

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異世界決死隊大作戦

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「おい、ロリコン野郎。何が起きたんだ?」
「い……いや……と……とつぜん、そのゴブリン達が……その……」
 連絡が取れなくなった別働隊3名を探していた時、ようやく見付けたのは……数十匹の息絶えたゴブリンと……2人の仲間の死体だった。
 ゴブリン達の大半の死因は……
 仲間の2人は……喉を掻き切られていた。どうやら……予備の武装である大型ナイフを、何かの拍子にゴブリンに奪われ、それで殺されたらしいが……。
「良く見ろ……変だぞ……」
 そう言ったのは、元警官の仲間だった。取調べ中に参考人に暴行を加えた事がバレて懲戒免職になった挙句に、起訴され有罪になったヤツだった。要は、時代の変化についていけなかった哀れな「生きた化石」の成れの果てだ。
 仲間を殺すのに使ったらしい血塗れのナイフは、逃げてる最中に背中から撃たれたらしいゴブリンのすぐそばに落ちていたが……。
 おい……待て……こいつを背中から撃ったのは誰だ?
 少なくとも片方が生き残って、こいつを撃ったのなら……生き残った方を殺したのは誰だ?
 もちろん、2人とも殺された後に撃たれたのなら……こいつは誰から逃げようとしていて……そして、こいつを撃ったのは誰だ?
「おい、こいつを殺したのはお前か?」
「俺じゃないですよ。あの2人に俺が敵う訳……」
 唯一生き残ったロリコン野郎は、泣きながらそう言った。
「違う。このゴブリンを撃ったかと聞いたんだ」
「あ……いえ……俺は……戦闘が始まってから、恐くなって、ずっと隠れてたんで……その……」
 図体はデカいが……こいつは、日本に残る数少ない男社会の1つである男性刑務所の囚人達のカーストの中で最下層の中の更に最下層だ。
 最下層なのは性犯罪者だからで、最下層の中の更に最下層なのは……犯罪者である俺からしてもおぞましい事に……被害者が小中学生だった事。
 弱い相手にしか牙を剥けないヤツが、男社会で、どんな扱いを受けるかは言うまでも無い。そして……今までの印象では、やっぱりこいつは「反撃してくる可能性が無いヤツにしか牙を剥けない」クズ野郎だった。
「やっぱ……何か変だ……。ここには……もう少なくとも1人……人間か……このゴブリンどもよりも人間に体格も姿形も似ているヤツが居た筈だ」
 暴力警官が、そう言った。どうやら……ヤツはゴブリンの死体に大型ナイフを握らせようとしたらしいが……人間とは手の大きさも違い、そして、指の本数や関節の位置や個数、その他の手や指の造りも微妙に違うゴブリンには、人間用のナイフは巧く握れないようだった。

 いつの頃からか、刑務所内では「娑婆」と云う言葉に2つの意味が生まれていた。
 刑務所内では無い俗世間と、その俗世間が存在している世界と。
 ここ十数年で、日本社会は見違える程、良くなった。
 経済は回復し、交通事故は減少、伝染病・異常気象などが起きても犠牲者は最小限で済み被災者には必要な補償がすぐに出るように社会システムそのものが作り変えられ、差別や犯罪は残っているが……十年後は確実にマシになり、二十年後は更にマシになっている筈だと、誰もが思えるようになり……多分、今の子供が俺ぐらいの齢になる頃には……年間自殺者が5桁だった時代の事は遥か太古の昔話と化すだろう。
 その事の思わぬ副作用によって、刑務所は無数の「異世界」と地球を繋ぐ巨大な「通路」内に作られるようになった。
 何かの問題が起きた「異世界」に「囚人部隊」をすぐに送り込む為に。

『あの……まだですか?』
「爆破準備まで、あと一〇分はかかる。その間、ダンジョンの中のゴブリンどもを引き付けてろ」
『そ……そんな……』
「うるせえ。手前てめぇみたいな臆病者の役立たずに出来るのは囮ぐらいだろ」
『駄目です。これ以上は……』
「いいか、良く聞け。俺達がOK出す前にダンジョンから出たら殺す。ゴブリンどもを引き付けるのに失敗したら殺す。お前がダンジョンから生きて帰れたとしても、この世界の幼女に手を出したら殺す。判ったか?」
『……は……はい」
 俺達の今回の任務の1つは……この異世界で増殖し続けるゴブリンどもを一掃する事だった。
 成功すれば、刑期短縮だけでなく、俺達が過去にやった犯罪は「無かった」事にされる。犯罪歴は公的記録から完全抹消され、もし、次にポリ公の御世話になっても初犯扱いになり、前科者がやるのに制約が有る仕事にも就け、再就職の際の履歴書に、これまでの犯罪歴を書いてなかった事がバレても、少なくとも法的には処罰されないし、それを理由に解雇された場合、民事裁判になったら負けるのは解雇した側になる。
 俺達みたいな「囚人部隊」が「異世界」に送り込まれるようになったのは……「若者の理不尽な死」が急激に減少して数年後から次々と起きたあの事態が発端だった。

 日本は……これから、どんどんマシになっていく。誰もが、そう考えるようになった頃、それが起きた。
 「失なわれたウン十年」から日本が脱出する事が出来て数年後、日本各地に「異世界への門」が存在している事が判った。
 判っているだけで数千~数万。最終的に判明したのは、地球上に存在している「異世界への門」の9割以上が何故か日本に集中しているらしい、と云う事だった。
 その「異世界への門」から出て来たのは、どっかの異世界を征服したらしい化物の軍勢、何かの理由で住民が全滅したらしい世界からやって来た死霊・亡霊の集団、何かエラい事が起きた異世界からの難民、地球で言う産業革命や近代化に失敗したらしい世界からダダ漏れになった有害物質……その他、ヤバいモノが色々。
 どうやら、今までは、それらの「異世界への門」を通して、付近で「理不尽な死」を遂げた若者の魂が「異世界転生」し、それぞれの異世界が抱えていた問題を解決していたらしかった。
 しかし……世の中がマシになったせいで、「理不尽な死を遂げた若者」の数は、とんでも無い勢いで減少してしまい……そして、破綻した「異世界」で起きた事のツケを日本が支払う羽目になったのだ。
 その対策として……俺達、刑務所の囚人から構成される決死隊が減刑と引き換えに何かの問題が起きた「異世界」に送り込まれる事になった。
 いや、日本では犯罪も減少し続けているので、将来的には、国外から捕まった犯罪者を日本の刑務所に「輸入」する事も検討されてるらしいが……。

「あの……まだですか?」
「うるせえ、もう少しかかる、って言ってるだろ」
 俺は、ロリコン屑野郎にそう返事をすると、爆破ボタンを押した。
 ゴブリンどもを大量に生み出し続ける「ゴブリン・スーパー・ウルトラ・アルティメット・ハイマザー・エンプレス」の本拠地であるダンジョンは、俺達が仕掛けた爆弾によって、2匹の標的と共に一瞬にして粉砕された。
 標的の1つは……「ゴブリン(中略)エンプレス」。こいつが誕生してしまったせいで、この「異世界」は数年以内にゴブリンだらけになり、更に、そのゴブリンどもは、いずれ日本にまでやって来る事が予想されていた。
 もう1つの標的は……あのロリコン屑野郎だ。どうやら……親が政財界か何かの大物らしく、何度も、刑務所から出ては、またやらかし、また刑務所に入りを繰り返し……しかし、親の七光のお蔭で「異世界に派遣した後、こっそり始末する」事も難しいらしかった。
 そう……ヤツは、俺達の体内に埋め込まれている「逃亡その他の善からぬ事をやらかした時の為の爆弾」を免除されていた……。どこの誰か判らない親の威光のお蔭で……。
「最初は二〇人近く居たのに……残りは俺達3人か……」
「寂しくなったな……」
「俺達みたいな屑も……1つぐらいは良い事が出来た訳か……。2度と娑婆に戻しちゃいけねぇ、くそ野郎は居なくなったしな……」
 俺達は、ヤツの親からの報復を避ける為、娑婆に戻る前に、顔を変え、新しい戸籍……待て……何でだ?
「ねぇ……何で、ボクを殺そうとしたんすか?」
 そ……そんな……あ……しまった……あのヤツが言った「あの……まだですか?」って声……何故、あの時、気付かなかったんだ?
 あの声は……

「うぎゃあっ‼」
 ロリコンの臆病者だと思ってたヤツは、一瞬にして、生き残った仲間2人を屠った。……それも素手で……。
「な……なんで、お前、そんなに強いのに……」
 俺は……両手両足を破壊され……それでも生きていた。
 多分、俺の余生は、一〇分残ってないだろうが……。
「すいません……ボク、やっぱり変態なんすよ……。自分より弱いヤツをいたぶる事以外に……何1つ楽しいと思えなかったんすよ……子供の頃から……。だから、ずっと努力して……誰よりも強くなったんすよ……」
「ふざけんな、なら、ヤクザの親分でも……」
「ヤクザの組も5つぐらい潰したんすけど……飽きてきちゃって……。今は……その……ボクを弱くて臆病だと思い込んでるヤツをブッ殺す事にハマってんすよ……」
「えっ?」
「ボク、本当は……ロリコンじゃないっすから、あの女の子達には悪い事したと思ってるんすよ……。あの女の子達は……あんた達が、ボクを舐めくさるように仕向ける為のやむをえない犠牲に過ぎなかったんすよ……」
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