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三章 王都滞在中

26話 了承

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パレットは思いため息をつきながら、王城を後にした。

 ――ただの庶民な私には、重すぎる話だったわ

 振り返れば、夕日に照らされた優美な王城が見える。
だがその優美な王城の中身は、こんなにもちぐはぐな状態であったとは。

 ――騎士団といい、王城といい。

この国の辞書では「美しい」という言葉の意味に「残念である」という項目でもあるのかしらね
 とぼとぼと歩いて帰るパレットの視線の先にジーンが見えた。
ジーンはフロストと共に、建物の壁にもたれて立っている。

「おう、どうだった?」

ジーンはパレットを見つけるなりそう聞いてきた。
ひょっとしてパレットを待っていたのだろうか。

「……断れなかった」

パレットは気分のままに俯いて、小声で結論だけを告げる。
これにジーンは笑いを漏らす。

「まあ、そうだろうぜ」

訳知り顔でジーンは頷いた。

「たぶん俺も、あんたと似たようなことを聞かされてるよ」
「え?」

思いがけないことを言われ、パレットは顔を上げた。
するとジーンが楽しそうな顔をしていた。

「事が起こった時に戦える騎士が欲しい。
副団長に言われた言葉だ」

ジーンが上司から聞いた話によると、王位争いが起こっておかしくない状況なのだそうだ。
王子が幼い今はまだ猶予があるが、大きくなれば当然上がって来る議題で、そうなると当然王城は荒れる。
しかしそれを収められる力は、もはや騎士団にはない。

「だから緊急に必要とされているのが、王族を守ることができる騎士なんだってよ」

パレットはジーンの話に驚いた。
隣国の真似をしてのお試しではなかったのか。

「え、じゃあジーンの仕事って」
「王族の警護だ」

なるほど、道理で以前王妃様に合った時、ジーンは動じていなかったはずだ。
王族を見慣れていたのか。

「明日から同僚なわけだ。
頼むぜ文官殿」
「喜べないわ、それ」

からかうようなジーンの言葉に、パレットは再びため息をついた。

 ――これなら、アカレアから出なきゃよかったかも

 出世よりも安心をとりたい。
パレットは心底そう思った。
 こうして二人一緒に屋敷に戻ると、パレットが王城勤めをすることになったことを、ジーンの口から話された。

「まあ、王城に勤めることのなるなんて、おめでとうパレットさん」

エミリを始めとした屋敷の住人から、王城勤めを祝われた。
しかしパレットとしては祝うべき内容なのか微妙だ。

 ――私なんかを頼るくらいに、王城が危ないってことだもの

 ジーンが騎士になれたことをイマイチ誇れない理由も、ここにあるのかもしれない。

「わあ、じゃあパレットさんとねこちゃんもここに住むの?」
「え?」

ピョンピョン跳ねながら喜ぶアニタに、パレットは驚く。
パレットがここにいるのは、あくまで王城の客だという立場だったからだ。
これが雇用されたとなれば、ここを出て分相応な部屋を借りるのが筋だろう。

「いや、そこまでお世話になれませんよ。
どこかに借りれる部屋を探します」

このパレットの主張に、エミリが反論してきた。

「あのねパレットさん。
まだジーンとパレットさんしかいないかもしれないけど、これからは庶民が王城で働くことが増えるかもしれないでしょ?」

そう語るエミリは、真面目な顔をしていた。

「そうしたらきっと住む場所に困るわ。
だって王城勤めが貧民街に住むのは、ちょっとまずいもの」

庶民でも裕福な家の者であればいい。
しかし貧民街の者だったら、周囲からひどいやっかみを受けることになるのだそうだ。
 パレットは実際にあの兵士たちのジーンへの態度を見た後だと、それを冗談で済ませることができない。
エミリやレオンも、ひょっとしたら嫌がらせのようなことをされたのかもしれない。
 黙って考え込むパレットに、エミリがにこりと笑った。

「かといって、王城の近くに下宿する場所なんてないでしょう?
 王城勤めは決まった貴族の役割なのだと聞いているわ。
だから下宿なんて考え方がないと思うの」

王城勤めは世襲である。
領主の地位を代々受け継ぐように、王城の仕事を代々受け継ぐ家ばかりなのだ。
なのでこの屋敷周辺の貴族の屋敷は、全て王城勤めの貴族のものである。
 黙ってエミリの話を聞いていたジーンも、これに口添えする。

「俺も貴族と不用意に接触するなと副団長から言われている。
買収を受ける危険性があるんだと。
だから屋敷の管理をする人間に、信用できる人間を雇った」

貴族の屋敷の管理をするのは貴族の仕事だ。
ジーンのような庶民に雇われたがる貴族などいないが、探せば下位の末端貴族くらいは引っかかっただろう。
しかしそれはやめておけと副団長に言われたのだそうだ。

「他の貴族の屋敷と違って、ここでパーティーなんざ開かない。
生活できればいいんだしな」

パーティー運営の役割を排除すれば、貧民街に住んでいる知り合いで十分賄える仕事だと思ったらしい。
実際パレットはここにいて困ったことなどない。

「ここは私たち家族には立派過ぎるお屋敷だけど、ジーンがここをもらったことにも、きっと意味があると思うの」
「あの、でもですね」

このまま流されていいものがと、パレットが困っていると。

「パレットは下宿第一号だな」

ここの家主によって、そう宣言されてしまった。
こうしてパレットの住まいは決められたのだった。


この日の夜、パレットはミィを抱いてベッドに寝転がった。

「ミィ、私は王都に住むことになったの。
あなたもこのまま王都にいる?」
「みぃ!」

パレットの問いかけに、ミィが元気に鳴いた。
アカレアから王都までついてきてくれたミィは、まだパレットに付き合ってくれるようだ。

「うん、きっとなるようになるわね」

パレットは一人呟いて、ミィをぎゅっと抱きしめた。
子供の頃の自分は、どうしようもない現実から逃げるしかなかった。
けれど今の自分は立派な大人だ。
あの頃よりも、できることはたくさんある。

「なんだか重たい話を聞かされて考え込んだけど、別にやることはアカレアの領主館と変わりないわよね」

パレットは財務の下っ端文官で、会計書類を確認して計算するのが仕事だ。
王位争いとかいう話は、そういうことの専門の人が考えればいいのである。

「きっとアカレアの頃よりもお給料も上がるわ。
そうして貯金して、早めに老後に入っちゃえばいいのよね」

いつか隣の国に聖獣様を見に行くという夢も忘れていない。
その頃にはきっと大きくなっているミィを連れて行くとして、魔獣と聖獣は相性はどうなのだろうか。

「ミィ、聖獣様と仲良しになれる?」
「みゃ?」

パレットがミィを見ると、ミィが首を傾げた。
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