不機嫌な乙女と王都の騎士

黒辺あゆみ

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六章 王子様の誕生パーティー

64話 パーティーへの誘い

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一週間の休みが終わり、パレットは王城へ出勤した。

「おはようございます」

パレットが財務管理室に入ると、同僚たちが振り向いた。

「久しぶりだね、パレット」

周囲からそう声をかけられる。
パレットが長期間姿を見せない間も、存在を忘れられてはいなかったようだ。
 パレットは同僚たちと軽く交流をした後、室長の元へと向かい、休みの間の連絡事項の確認と、本日の仕事内容について聞くためだ。
 パレットが室長の机の前に立つと、早速仕事についての話が始まる。

「わかりました、早速書類の確認を始めます」

話を聞き終え、パレットが自分の席に着こうとした時。

「ああ、そういえば……」

室長がそう何事か言いかけて止めた。

「……? なんでしょうか?」

パレットは動きを止めて、言葉の続きを待つ。
だが室長は、なかなか続きを言わない。
いつもと違う室長の様子に、パレットは首を傾げる。
そんなパレットの前で、室長は迷った末に、ようやく口を開いた。

「もうじき王子殿下の誕生パーティーが開かれるのだが、知っているか?」

室長はこの先に待ち受ける、大行事の話をしてきた。

「はぁ、王子殿下の七歳の誕生日を祝う、国を挙げての行事だと聞いておりますが」

なにせ先日、王子様本人からも聞いた話である。
忘れようはずがない。
淡々と語るパレットに、室長が微妙な顔をした。

「そうか……わかっているならばいい。
忙しくなるだろうが、頑張ってくれ」

室長のこの応援は、これから仕事が忙しくなることを意味しているのだろう。
パレットはこの時そう納得したのだった。

 ――へんな室長。

 パレットは内心不思議に思いつつも、仕事に没頭しているうちに、朝の出来事はすっかり忘れてしまった。
 そしてパレットが仕事を終えて屋敷に戻ると、馬小屋にフロストがいた。
珍しいことに、ジーンが先に帰ってきているようだ。
 ジーンの勤務時間は朝から夜までであり、兵士と違って騎士には夜勤というものがない。
大方の騎士の仕事は、美しく着飾って王族の周囲に侍ることだからだ。
夜間の王城は守りが薄くなる代わりに、オルレイン導師ら魔法士が強固な結界を張って守るのだと聞いている。
 それでもジーンは、王族が私室に入って休むギリギリまで警護をしてくるのだ。

 ――いつも私よりも遅いのに。

 その上ジーンとて、今日は休み明けで仕事が溜まっていたはずである。
自分だって、少々残業してきたのだ。

 ――室長といい、なんだか今日は珍しいことが続くな。

 パレットが首を傾げながら屋敷の玄関をくぐると、モーリンが出迎えに出て来た。

「お帰りなさい、パレットさん!
 あのね、ジーンが呼んでるわよ?
 パレットさんが帰ったら、すぐに部屋へ来るように言ってた」

モーリンはこれを伝えるために、玄関でパレットの帰りを待っていたらしい。

「そうなの? わかったわ、ありがとうモーリン」

パレットはモーリンにそう返事をすると、よほど急ぎの話なのだろうと考え、自室に荷物を置くとすぐにジーンの部屋に向かう。

「ジーン? 私です」
「入れ」

部屋のドアをノックするとすぐに返事があり、パレットはドアを開けた。
 ジーンは、部屋の中央に立っていた。
その格好は未だ着替えておらず、純白の騎士服のままだった。

 ――私とそう変わらない時間に帰って来たのかしら。

 それにしても着替えるよりも早く呼ぶとは、どんな緊急事態だろうか。
パレットの身体に緊張が走る。

 ――叔父のことで、なにかあったとか?

 そう思いついたとたん、パレットの表情が硬くなる。
 一方のジーンは、パレットが部屋に入ってきても無言で、すぐそばにある椅子に手を伸ばす。
椅子には布がかけられており、その中には荷物があるような膨らみが見える。

 ――なに?

 訝しむパレットの前で、ジーンがその布を剥ぐ。
そこにあったのは大きな花束だった。

 ――花束?

 それがなにを意味するのかさっぱり分からないパレットは、困惑するしかない。
だがジーンはその花束を手に取ると、それを抱えてパレットの方に近付いてくる。
 それにしてもジーンは、豪華な花束が似合う男である。
花束の美しさに負けていないジーンは、改めて美しい男なのだ。
そう認識を確かにしているパレットの目の前で、ジーンが何故か跪いた。

「……ジーン?」

なにか床に落としたのだろうか、パレットがそんな風に考えていると。

「パレット」

ジーンが名を呼び、パレットの片手を掴んできた。

「……!?」

反射的にそれを引き抜こうとしたパレットだったが、ジーンが強い力で引き留めた。

 ――なに!?

 目を白黒させるパレットに、ジーンが真面目な視線を寄越す。
その視線を受けて、パレットの胸の鼓動が高鳴る。
 そして、ジーンが口を開いた。

「俺は王子殿下の誕生パーティで、招待客として会場入りすることになった」
「……はい?」

ジーンが語ったのは、パレットにとっては予想外のことだった。

「当日、騎士として王子殿下の隣に立つことが難しい状況なので、客として側にいるように命令された」

パレットは混乱しつつも、ジーンの話を飲み込もうと努める。

「ジーンは会場で貴族と、肩を並べていなきゃならないってこと?」
「そうだ、そして王族の最も近くに配置されることは、決定事項だ」

ここでようやく、パレットにも事態を察することができた。
恐らくジーンが騎士として王子様の隣に立つことを、他の騎士から反対されたのだ。
だが王族の警護としてはジーンは最大戦力で、安全面から考えても外すわけにはいかない。
だから招待客とし会場に配置されることになったのだろう。

「それは、大変ですね」

しかしそれと今のパレットの状況と、どういう繋がりがあるのだろうか。
首を傾げながらも他人事のようにそう言ったパレットに、ジーンはさらに続ける。

「王族主催のパーティに出席するならば、パートナーを同伴していなければならない」

ジーンがアレイヤードに言われた話によると、貴族は茶会ならば一人でも構わないが、王族や上位貴族が開く正式な集まりに出る際は、必ずパートナーを伴う必要があるのだという。

「そのパートナーに、私が必要だっていうんですか?」

パレットにもだんだんと状況が見えて来た。
パレットを自分の仕事に巻き込むことになるので、このように下手に出て頼んでいるのだろう。

 ――そうだとしても、この花束はなに?

 未だ疑問の残る中、ジーンがパレットの手をぎゅっと握り締めた。

「受けてくれるか?」

ジーンの真摯な視線に、パレットは苦笑する。
「仕事を手伝ってくれ」と言えばいいのに、回りくどい言い方をするものだ。

「いいですよ」

パレットは力の入っていた肩を落として答えた。

「ジーンのお仕事のパートナーでしょう?
 王子殿下のためですもの、私も協力は惜しみません」
「違う」

軽い口調のパレットに、ジーンが否定する。

「え?」
「この場合のパートナーは、周囲から『将来を誓い合った伴侶』という認識をされる」

パレットは数秒、呆けた。
そしてまた数秒かけて、顔を真っ赤に染める。

「……はぁ!?」

パレットの頭の中がぐるぐると回っている。

 ――伴侶って、結婚相手ってこと!?

 呆然と立ち尽くすパレットに、ジーンがばさりと花束を押し付けた。
反射的にそれを受け取ってしまったパレットの前で、ジーンは爽やかな笑顔を浮かべた。

「パレットが受けてくれるならば、問題は解決だ。
こんな役目、そこいらの奴には頼めないからな」
「え、ちょ、まって……」

パレットの中で整理がつかないまま、ジーンが話を纏めに入る。

「ということで、当日は頼むな。
あー、よかったよかった」

ジーンがすっくと立ちあがると、首を回して肩をほぐす。

 ――なに、どういうことなの!?

 状況について行けないパレットの前で、ジーンは己の騎士服に手をかけた。

「俺は今から着替えるんだか、そこで眺めるか?
 こっちはそれで構わんが」

先程までの真摯な態度はどこにいったのか、ニヤリとした笑みを浮かべる、いつものジーンがそこにいた。
それを見たパレットは猛烈に腹が立った。

「眺めません、そんなもの!!」

パレットは叫ぶと、駆け足で部屋を出て行った。

 ――ジーンったら、私をからかったのね!

 伴侶がどうのというのも、きっとジーンの冗談に違いない。
パレットは怒りのあまり、勇ましい足取りで自室へと戻るのだった。
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