不機嫌な乙女と王都の騎士

黒辺あゆみ

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六章 王子様の誕生パーティー

65話 騎士様の一大決心

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時は戻り、一週間の休み明けで王城に出勤した朝。
ジーンはアレイヤードに呼ばれて副団長室にいた。
 室内にはジーンとアレイヤードの二人きりである状況で、アレイヤードは告げてきた。

「もうじきリィンベルト王子殿下の誕生パーティーがあることは、当然知っているな」
「それは、知っていますが」

今から当日の警備状態について考えなければならないと、アレイヤードから聞かされたことだ。
先日、王子殿下は「祝いに来てくれ」と期待していたようだが、ジーンはその日は確実に仕事だ。
 そのようなことを考えていると、アレイヤードがため息と共に、思いもよらぬことを言って来た。

「その誕生パーティーで、王子殿下の警護にお前を立たせることに、団長を始めとする騎士たちからの反対意見が出た」
「……はぁ、そうなんですか」

ジーンはそう零す以外、なんとも言えなかった。
このことは、事前に予想できなかった事態ではないのだ。
 王子殿下付きの護衛は、普段はジーンが主力として構成されている。
しかしアレイヤード曰く、「他国の貴族も出席する宴に、庶民を王子殿下の隣に立たせるわけにはいかない」という強固な反対意見が、騎士団内部のみならず、外部からもあるのだという。
王族の側という最も目立つ場所に庶民に立たれては、他の騎士のみならず、貴族の面子が潰れるというわけだ。

 ――この国の奴らは、王子の安全と自分の面子、どっちが大事なんだ?

 ジーンも日々王子殿下と顔を合わせていれば、それなりに相手に対して情を抱くものである。
その王子殿下を守るべき人間がこの体たらくでは、心配になってくる。
 それはアレイヤードであっても同じ心境なようで、眉間に深い皺を寄せている。

「なんとも情けない話だ」

王子殿下の誕生パーティーまで、そう期間は残っていない。
ジーンたちがソルディング領へと行っている間に、様々な準備は整っているはずなのだ。
それは警備体制も同様で、その日の勤務シフトを何度か訓練しているはずである。

 ――でも、あの金ぴかの細剣を振り回す坊ちゃんたちに、なにができるか知れんがな。

 ジーンとて、自分一人で王城を守っている、などということを言うつもりはない。
アレイヤードやラリーボルトのように、実戦に耐えうる人材はちゃんといるのだ。
ただ、その人数が少ないというだけで。
それを踏まえて考えても、当日が果てしなく不安だ。
 そしてアレイヤードも、不安な状況をそのままにすることはできないと考えたようだ。

「私も、それでは王子殿下の安全が不安だ。
なので、対策を立てることにした」

アレイヤードはそう言って、ぎろりとジーンを射抜くように見た。

「対策、ですか」

アレイヤードの視線の強さに、ジーンは後ずさりそうになりながら問い返す。

「そうだ」

重々しい口調でアレイヤードが続けた内容は、ジーンにとっては予想外のものだった。

「ジーン、お前は客として会場に入れ」
「……はい?」

ジーンは今なにを言われたのか理解できず、目を丸くする。

「そして、王族が座る席の最も近い場所にいてもらう。
会場への剣の持ち込みは、こちらでなんとかしよう」

アレイヤードの説明を聞くうちに、ジーンの頭にじわじわと状況が浸透してくる。
 王子殿下の誕生パーティーは、国を挙げての一大行事であり、貴族が大勢動くものである。

 ――それに、いち庶民な俺が出席するのか?

 しかもアレイヤードは、王族席に最も近い場所にいろという。
王族席に近いほどに身分が高いことくらい、ジーンだって知っている。
それがどれほどのことなのか、今考えただけでも、ジーンは頭がクラクラしそうだ。
 その上アレイヤードは、ジーンに向けて最大の爆弾を落とした。

「パーティーに出席する際に必要になる礼服などのもろもろは、経費としてこちらで用意しよう。
ただし、パートナーは自分で用意するように」
「パートナー、ですか?」

貴族の集まるパーティーというものをいまいち理解できていないジーンに、アレイヤードが語る。

「王族や上位貴族が主催する集まりというものは、男性は女性の同伴が基本だ。
その手配までは、こちらは関与しない」
「関与しないって、それが一番肝心な気がしますが」

無理に同伴を願った女性に、妙な気を起こされてはたまらない。
己の役割を心得てくれる相手でなくては困る。
そうジーンが考えた時、脳裏に浮かんだのはパレットの姿だった。

 ――いや待て、駄目だろうアイツは。

 実家のことで目をつけられているパレットを、国中の貴族の集まる場所の、最も目立つ場所に連れて行くのは酷ではなかろうか。
確かに、適任な女性ではあることは認めるが。
 こうして思い悩むジーンに、アレイヤードがこともなげに告げる。

「例の女性に願えばよかろう」

アレイヤードの言うところの女性というのが誰を指しているのかは、その口元を歪めた顔を見れば明らかだ。
ジーンは目を眇める。

「この場合の女性も、仕事になるのでは?」

だとしたら、その女性の上司に命令してもらうのが筋ではないだろうか。
そんなジーンの意見を、アレイヤードは鼻で笑い飛ばす。

「家族以外の女性をパートナーとするのは、己の将来を誓った女を、周囲に見せつけるも同然ではないか。
だったら男性が、膝をついて誠心誠意請うものだ」

ここで話は終わり、ジーンは副団長室を出た。


ジーンはそれからすぐに仕事に向かう。
しかし、ラリーボルトと仕事の申し送りをしている間も、ため息が漏れ出る。

 ――なんで、こういうことになるんだ?

 先ほどのアレイヤードとの話のせいで、ジーンは目の前のことに集中できない。
 そんなジーンの様子を、当然ラリーボルトは訝しむ。

「珍しいね、君がため息なんて」

そう言って微笑むラリーボルトは、ジーンにとっては貴族であっても付き合い易い男である。
少なくとも城内で、ラリーボルトがジーンを悪く言っているという噂は聞かない。
内心はどうであれ、王城において公私をわきまえていることは確かだろう。
ラリーボルトは初歩の魔法を使えることももちろん大きいが、王族からの信頼が厚い一族であるがゆえに、護衛に抜擢されたのだ。

 ――副団長一人の意見を丸呑みするのも、危ういな。

 アレイヤードの言葉だけではいまいち信用できなかったジーンは、ラリーボルトにも相談してみることにした。

「ラリー。
女性をパートナーに誘うというのは、重要な意味があることなのかな?」

ラリーボルトはジーンがなんの話をしているのか、ピンと来たようだ。

「王子殿下の誕生パーティーのことだね」
「……知っているのか」
「ああ、ジーンが招待客として参加することになった、と聞いているよ」

ラリーボルトは上品に微笑んでいるが、その目を見ると面白がっているのが丸わかりだ。
嫌そうに眉をひそめるジーンに、ラリーボルトが教えてくれた。

「王族主催のパーティーに同伴した女性とあっては、その女性と将来を誓い合った仲だと、周囲にアピールすることになる。
だからこそ貴族は、私的な茶会などはともかく、大きな集まりへ同伴する相手は、とても気を遣う」

決まった相手がいなければ男女共に、身内を連れて行くのが通常なのだそうだ。
身内を連れているのは、「決まった相手がいません」という主張なのだとか。

「……なるほど」

仕事のために適当に見繕うような真似をしては、後々後悔することになる、というわけか。
宙を睨んで考え込むジーンに、ラリーボルトが続けた。

「ジーンは当然、パレット嬢を誘うのだろう?」

そう当たり前のように言われて、ジーンはぐっと言葉に詰まる。

「副団長もラリーも、彼女を挙げるのか」

そう言って大きく息を吐くジーンに、ラリーボルトが笑みを深くした。

「知ってるよ、君が王城でパレット嬢の話を、会話にせずにうまくかわしていることも。
君は自分のことで、彼女のいらぬ面倒をかけたくないんだよね?」
「……」

内心をズバリと言い当てられ、ジーンは返答に窮す。
そんなジーンを見て、ラリーボルトは更に言う。

「陛下の覚えめでたいジーンを取り込もうとする貴族も多い中、君が大勢の貴族の女性から誘われているのは知っているよ。
結婚して養子になるという話も来ているそうじゃないか」
「……どうして、それを」

驚きのあまりに固まるジーンに、ラリーボルトは指を振って見せる。

「ふふ、僕にも情報筋があるんだよ」
「貴族は怖いな」

ジーンが本心から呟くと、ラリーボルトが肩を叩いてきた。

「今後の人生に直結しかねないことだから、よくよく考えるといいよ」
「……そうする」

休み明けのしょっぱなから、非常に疲れたジーンであった。
 だが申し送りが済んで、ジーンが仕事に向かおうとすると、ラリーボルトが去り際に驚くべきことを言った。

「ああ、パレット嬢のドレスを用意するのだと、王妃殿下が張り切っていらしゃったよ。
パレット嬢にパートナーの申し込みをされた様子を聞こうと、きっと手ぐすねを引いて待っていらっしゃるだろうね」

ラリーボルトの話に、ジーンはぎょっとして目を見張る。
パレットとジーンの間の話であると思っていたら、事が大きくなっている。

「『仕事に付き合ってくれ』なんていう言い方をすれば、王妃殿下はお怒りになるね」
「……ラリー」

外堀が埋められていくようで、ジーンは恨めし気な視線をラリーボルトに向ける。
けれど、相手はにこりと美しい笑みを浮かべるばかりだ。

「男なら覚悟を決めなよ、ジーン」

こうしてジーンはその日はずっと、悶々とした思いを抱いて仕事にのぞむこととなった。
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