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六章 王子様の誕生パーティー
最終話 始まりの場所へ
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王城で大量の人事入れ替えが行われたせいで、パレットとジーンはしばらく忙殺される日々を送ることになった。
だが忙しさも次第に収まり、王城が正常に機能し始めた頃、ようやく二人揃っての長期休暇が許可された。
この休暇を使って、パレットとジーンはミィだけを連れて旅行に出かけることにした。
旅行の目的は、結婚式を行うことだ。
パーティーの影響で、周囲から結婚目前の二人だと認知されていたパレットたちだったが、結婚式をやるにあたって心配事があった。
「王都でやるとなると、絶対に家族だけで出来るはずがない」
絶対に余計な横やりが入って、派手なことになるに違いないと、ジーンが言ったのだ。
これにはパレットも同意見で、主に王城に住まう方々の横やりが怖かった。
悩むパレットとジーンに、助言をしたのはエミリだった。
「だったら、王都の外で二人だけで式をするというのはどうかしら?」
旅行に出かけた先の田舎で、二人だけでひっそりと結婚式を挙げてしまえというのだ。
「そんなこと、いいんですか?」
エミリの発案に、パレットは驚いた。
パレットにはすでに身内はいないが、エミリとレオンはジーンの結婚式に出席できなくてもいいのだろうか。
そんなパレットの懸念を、エミリは笑い飛ばした。
「だって二人とも、もういい歳の大人じゃないの」
エミリに、その代わり披露宴は旅から戻ってさせくれと言われた。
こうして急きょ決まった結婚旅行だが、行き先を決めるとなって、パレットはジーンに提案をした。
「旅に出るのなら、行きたい場所があるのだけれど」
そう言ってパレットが告げた場所にジーンも賛成してくれた。
旅立ちの日、パレットとジーンにミィという顔ぶれは、フロストがひく荷車に乗って、早朝の王都をひっそりと出立した。
「お土産よろしく!」
「二人の赤ちゃんでもいいわよ!」
静かに手を振っている屋敷の住人と、無邪気なアニタとからかい顔のモーリンの声に送られ、パレットは荷車の中で顔を赤くした。
「土産の赤ん坊を仕込むにゃ、今から励まないと間に合わんか?」
モーリンのからかいに便乗して、ジーンがフロストの手綱を操りながらパレットの腰を引き寄せた。
「もう、馬鹿っ!」
パレットは恥ずかしさをごまかそうと、腰に回るジーンの腕を思いっきり抓る。
その様子を、ミィがあくび混じりに眺めていた。
フロストに荷車を繋いで街道を東に往く。
道中を荷車がのんびりと進む横で、ミィが思いっきり大地を駆けた。
王都に向かう時は赤ちゃんを脱したばかりだったミィも、今ではすっかり大人に近い体格になってきており、少しの間ならジーンだって背に乗れそうである。
「おいミィ、うっかり人と会うなよ!」
ジーンがミィに向かって叫ぶ。
ミィがうっかり旅人に遭遇して、街道に魔獣が出たなんて噂になると申し訳ない。
「みゃん!」
ジーンの忠告に、ミィは「そんなヘマはしないぞ」とばかりに、遠くで尻尾を振っている。
ミィには人に馴れている証として、首輪をしてもらっている。
魔獣を捕らえて売りさばく闇業者対策でもあるそれは、オルレイン導師手作りの魔法具だったりする。
旅もアカレアの街の近くまで来ると、パレットには初めてジーンと会った時のことが思い出される。
「そういえば、私相手じゃあその気にならないのではなかったかしら?」
最初の旅でジーンに言われたことを、パレットは改めて問いかけてみる。
「嫌なことを覚えてるな、アンタ」
ジーンが御者台で顔をしかめながら、あの時の心境を語ってくれた。
「あの時は騎士になりたてで慣れなくて、ちょっとイライラしてたんだよ」
ジーンの男の知り合いは離れて行き、女の知り合いは馴れ馴れしくすり寄って来る。
自分は騎士になってもなにも変わらないのに、周囲の態度が変わっていくことが悲しかったそうだ。
「そんな時、騎士の俺を見てもツンケンしているアンタが物珍しくてな。
つい嫌味を言った」
そんなジーンの裏事情を聞いて、パレットはなるほどと頷いた。
――ひょっとしてあれが、ジーンの初任務だったのかも。
人間関係の悩みや初任務の緊張を、にこやかな外面の下に隠して、騎士らしく振舞おうとしていたのだろうか。
そう考えるとパレットには隣に座る男が、とても可愛らしい人物に思えた。
そんな昔話に花を咲かせながら、二人がたどり着いたのはトカレ村だった。
パレットが行きたいと望んだのは、初めて会ったジーンと向かった、月の花の泉だった。
――死ぬかと思ったけど、思い出の場所ですもの。
パレットたちはフロストを止めて村を眺める。
「懐かしいわね」
「そうだな」
ミィも荷車から飛び出してフンフンと鼻を利かせている。
パレットたちはゆっくりと村を眺めながら、宿へ向かう。
トカレ村の宿の主は、パレットたちのことを覚えていた。
「こりゃあ、騎士様方ではないですか!」
こんな辺鄙な場所に来た騎士はジーンしかいなかったので、記憶に残っていたのだそうだ。
宿泊の手続きをしているパレットの横で、ジーンが宿の主に言った。
「この村の教会で、結婚式を挙げられるだろうか?」
ジーンの願いに、宿の主は目を丸くした。
そう、パレットたちが結婚式を挙げる場所に選んだのは、トカレ村だった。
二人だけでひっそりと式を挙げることができて、思い出の場所の近くにある村。
――この森でいろいろなことがなければ、たぶん私はジーンを好きになっていないわ。
赤の他人同士であるパレットたちが、本音を出し合えた場所は、自分たちにぴったりに思えた。
「物好きな騎士様だな、結婚式なら王都での方がいいだろうに」
呆れた様子の宿の主人に、ジーンがにこりと笑った。
「いや、素朴な方がいいと妻が言うもので」
ジーンに「妻」と呼ばれることが、パレットにはとても気恥ずかしい。
以前偽の夫婦として旅をした時よりもずっと。
――でもよくよく考えれば、結婚式のためにここまで旅をするのも、結構な贅沢よね。
でも今までの苦労を思えば、このくらいの贅沢は許されるだろう。
それからが大変であった。
滅多に客など来ない村での、結婚式という一大行事である。
「王都の騎士様が、思い出の地で結婚式をしたいと望まれた」そう言って村人総出のお祭り騒ぎとなった。
「結局、大騒ぎになるのね」
教会に花を飾ったり御馳走を用意したりと、急遽決まった結婚式の準備に忙しくする村人たちに、パレットは苦笑する。
村人たちに「特別なことをしなくていい」と告げても、「こんな楽しいことを逃す手はない」と返されたのだ。
「いいじゃねぇか、王都の騒ぎよりはマシだ」
準備の段階ですでに宴会を始めている男たちを見て、ジーンは肩を竦めた。
教会で祈りを捧げるだけのつもりだったので、パレットは晴れ着など持ってきていない。
しかし花嫁が着飾らなくては結婚式ではないと村の女たちに言われ、みんなで持ち寄られた晴れ着で、急ごしらえの花嫁衣裳が用意された。
王妃様が作ったドレスとは、比べようがないだろう。
だがパレットにとっては、むしろ一生の思い出に残る花嫁衣裳となった。
――この姿を見せたかった、父さんと母さんはいないけれど。
二人とも、きっと空の彼方で見守ってくれているだろう。
花嫁をおくる父親代わりは、宿の主人が務めることとなった。
「かみさんを泣かせんじゃねぇぞ!」
「もちろんだ」
宿の主人のはなむけの言葉に、ジーンは笑顔で答えた。
嫌味なものでも、外面のものでもない、ジーンの心からの笑顔だった。
そうして歌って踊ってと、賑やかな結婚式を行った翌日。
パレットたちは森へと入った。
――月の花が咲くのは今夜。
あの時と同じ道を進むが、一つ違うのはミィがいることだ。
「みゃみゃ!」
飛び跳ねるようにして森を進んでいくミィが、「早く早く」と急かすように振り返る。
いつになくはしゃいでいるようだ。
「ミィは、この森が故郷なのかしら?」
楽し気なミィを見て、パレットは呟く。
思えばミィは、月の花の蜜採取の旅の直後に現れた。
トカレ村の人たちも、ミィの姿を見てもさほど驚かなかった。
魔獣ガレースは森の奥でたまに見かけることがあるが、よほど運が悪くなければ襲われることのない魔獣なのだそうだ。
「ミィはどんなに幼くとも魔獣だ。
あの時、俺らの跡をつけて来たのかもな」
ジーンもパレットの意見に頷く。
ミィはなんらかの事情で親と一緒にいられなくなり、さ迷ううちに月の魔力を纏った人間を見つけて、ついてきたのだろうか。
確かめる術のないことだが、パレットにはこの想像はあながち外れていない気がした。
――だとしたら、ミィにも里帰りになったのかも。
旅の目的地にここを選んでよかった、とパレットは安堵した。
やがて月の花が咲く泉に出て、パレットたちは夜を待った。
今日は見学であるので、月の魔力に引き寄せられる獣に巻き込まれないように、離れた場所で野営となった。
夜が深まるにつれて、泉に獣が集まって来る。
みんな月を見上げて光を浴びるのに夢中で、様子を見ているパレットたちには見向きもしない。
あの時は、パレットたちが月の花に手を出そうとしたので魔獣に襲われたが、なにもしなければ襲ってこないのだそうだ。
獣たちが月の光を一身に浴びる中、一際大きな魔獣がゆっくりと進み、泉の真ん中で咲きかけている月の花に向かっていく。
月光に照らされるその光景は、見惚れることしかできない。
「美しい、というのはこういうものを言うんだろうな」
あの時魔獣をいなすのに精一杯で、ろくに月の花を見ていないジーンは、目の前で繰り広げられる光景に見入る。
ミィがうずうずしているが、ここで飛びかかられては前回の二の舞を踏むことになるので、月の花は我慢してもらいたい。
どれくらいの間、そうして泉を眺めていただろうか。
「あの時、領主に紹介されたのがアンタで良かった」
ポツリと呟いたジーンが、パレットの頬に手を伸ばした。
「愛してるよ、パレット」
普段、照れて愛を囁かないジーン。
その耳が真っ赤になっているのは、見なかったことにしてやろう。
「私も、あなたという人に会えて良かった。
愛してますよ」
パレットもジーンに向かって、静かに微笑んだ。
口づけを交わす二人を、ただ獣たちだけが見ていた。
fin
だが忙しさも次第に収まり、王城が正常に機能し始めた頃、ようやく二人揃っての長期休暇が許可された。
この休暇を使って、パレットとジーンはミィだけを連れて旅行に出かけることにした。
旅行の目的は、結婚式を行うことだ。
パーティーの影響で、周囲から結婚目前の二人だと認知されていたパレットたちだったが、結婚式をやるにあたって心配事があった。
「王都でやるとなると、絶対に家族だけで出来るはずがない」
絶対に余計な横やりが入って、派手なことになるに違いないと、ジーンが言ったのだ。
これにはパレットも同意見で、主に王城に住まう方々の横やりが怖かった。
悩むパレットとジーンに、助言をしたのはエミリだった。
「だったら、王都の外で二人だけで式をするというのはどうかしら?」
旅行に出かけた先の田舎で、二人だけでひっそりと結婚式を挙げてしまえというのだ。
「そんなこと、いいんですか?」
エミリの発案に、パレットは驚いた。
パレットにはすでに身内はいないが、エミリとレオンはジーンの結婚式に出席できなくてもいいのだろうか。
そんなパレットの懸念を、エミリは笑い飛ばした。
「だって二人とも、もういい歳の大人じゃないの」
エミリに、その代わり披露宴は旅から戻ってさせくれと言われた。
こうして急きょ決まった結婚旅行だが、行き先を決めるとなって、パレットはジーンに提案をした。
「旅に出るのなら、行きたい場所があるのだけれど」
そう言ってパレットが告げた場所にジーンも賛成してくれた。
旅立ちの日、パレットとジーンにミィという顔ぶれは、フロストがひく荷車に乗って、早朝の王都をひっそりと出立した。
「お土産よろしく!」
「二人の赤ちゃんでもいいわよ!」
静かに手を振っている屋敷の住人と、無邪気なアニタとからかい顔のモーリンの声に送られ、パレットは荷車の中で顔を赤くした。
「土産の赤ん坊を仕込むにゃ、今から励まないと間に合わんか?」
モーリンのからかいに便乗して、ジーンがフロストの手綱を操りながらパレットの腰を引き寄せた。
「もう、馬鹿っ!」
パレットは恥ずかしさをごまかそうと、腰に回るジーンの腕を思いっきり抓る。
その様子を、ミィがあくび混じりに眺めていた。
フロストに荷車を繋いで街道を東に往く。
道中を荷車がのんびりと進む横で、ミィが思いっきり大地を駆けた。
王都に向かう時は赤ちゃんを脱したばかりだったミィも、今ではすっかり大人に近い体格になってきており、少しの間ならジーンだって背に乗れそうである。
「おいミィ、うっかり人と会うなよ!」
ジーンがミィに向かって叫ぶ。
ミィがうっかり旅人に遭遇して、街道に魔獣が出たなんて噂になると申し訳ない。
「みゃん!」
ジーンの忠告に、ミィは「そんなヘマはしないぞ」とばかりに、遠くで尻尾を振っている。
ミィには人に馴れている証として、首輪をしてもらっている。
魔獣を捕らえて売りさばく闇業者対策でもあるそれは、オルレイン導師手作りの魔法具だったりする。
旅もアカレアの街の近くまで来ると、パレットには初めてジーンと会った時のことが思い出される。
「そういえば、私相手じゃあその気にならないのではなかったかしら?」
最初の旅でジーンに言われたことを、パレットは改めて問いかけてみる。
「嫌なことを覚えてるな、アンタ」
ジーンが御者台で顔をしかめながら、あの時の心境を語ってくれた。
「あの時は騎士になりたてで慣れなくて、ちょっとイライラしてたんだよ」
ジーンの男の知り合いは離れて行き、女の知り合いは馴れ馴れしくすり寄って来る。
自分は騎士になってもなにも変わらないのに、周囲の態度が変わっていくことが悲しかったそうだ。
「そんな時、騎士の俺を見てもツンケンしているアンタが物珍しくてな。
つい嫌味を言った」
そんなジーンの裏事情を聞いて、パレットはなるほどと頷いた。
――ひょっとしてあれが、ジーンの初任務だったのかも。
人間関係の悩みや初任務の緊張を、にこやかな外面の下に隠して、騎士らしく振舞おうとしていたのだろうか。
そう考えるとパレットには隣に座る男が、とても可愛らしい人物に思えた。
そんな昔話に花を咲かせながら、二人がたどり着いたのはトカレ村だった。
パレットが行きたいと望んだのは、初めて会ったジーンと向かった、月の花の泉だった。
――死ぬかと思ったけど、思い出の場所ですもの。
パレットたちはフロストを止めて村を眺める。
「懐かしいわね」
「そうだな」
ミィも荷車から飛び出してフンフンと鼻を利かせている。
パレットたちはゆっくりと村を眺めながら、宿へ向かう。
トカレ村の宿の主は、パレットたちのことを覚えていた。
「こりゃあ、騎士様方ではないですか!」
こんな辺鄙な場所に来た騎士はジーンしかいなかったので、記憶に残っていたのだそうだ。
宿泊の手続きをしているパレットの横で、ジーンが宿の主に言った。
「この村の教会で、結婚式を挙げられるだろうか?」
ジーンの願いに、宿の主は目を丸くした。
そう、パレットたちが結婚式を挙げる場所に選んだのは、トカレ村だった。
二人だけでひっそりと式を挙げることができて、思い出の場所の近くにある村。
――この森でいろいろなことがなければ、たぶん私はジーンを好きになっていないわ。
赤の他人同士であるパレットたちが、本音を出し合えた場所は、自分たちにぴったりに思えた。
「物好きな騎士様だな、結婚式なら王都での方がいいだろうに」
呆れた様子の宿の主人に、ジーンがにこりと笑った。
「いや、素朴な方がいいと妻が言うもので」
ジーンに「妻」と呼ばれることが、パレットにはとても気恥ずかしい。
以前偽の夫婦として旅をした時よりもずっと。
――でもよくよく考えれば、結婚式のためにここまで旅をするのも、結構な贅沢よね。
でも今までの苦労を思えば、このくらいの贅沢は許されるだろう。
それからが大変であった。
滅多に客など来ない村での、結婚式という一大行事である。
「王都の騎士様が、思い出の地で結婚式をしたいと望まれた」そう言って村人総出のお祭り騒ぎとなった。
「結局、大騒ぎになるのね」
教会に花を飾ったり御馳走を用意したりと、急遽決まった結婚式の準備に忙しくする村人たちに、パレットは苦笑する。
村人たちに「特別なことをしなくていい」と告げても、「こんな楽しいことを逃す手はない」と返されたのだ。
「いいじゃねぇか、王都の騒ぎよりはマシだ」
準備の段階ですでに宴会を始めている男たちを見て、ジーンは肩を竦めた。
教会で祈りを捧げるだけのつもりだったので、パレットは晴れ着など持ってきていない。
しかし花嫁が着飾らなくては結婚式ではないと村の女たちに言われ、みんなで持ち寄られた晴れ着で、急ごしらえの花嫁衣裳が用意された。
王妃様が作ったドレスとは、比べようがないだろう。
だがパレットにとっては、むしろ一生の思い出に残る花嫁衣裳となった。
――この姿を見せたかった、父さんと母さんはいないけれど。
二人とも、きっと空の彼方で見守ってくれているだろう。
花嫁をおくる父親代わりは、宿の主人が務めることとなった。
「かみさんを泣かせんじゃねぇぞ!」
「もちろんだ」
宿の主人のはなむけの言葉に、ジーンは笑顔で答えた。
嫌味なものでも、外面のものでもない、ジーンの心からの笑顔だった。
そうして歌って踊ってと、賑やかな結婚式を行った翌日。
パレットたちは森へと入った。
――月の花が咲くのは今夜。
あの時と同じ道を進むが、一つ違うのはミィがいることだ。
「みゃみゃ!」
飛び跳ねるようにして森を進んでいくミィが、「早く早く」と急かすように振り返る。
いつになくはしゃいでいるようだ。
「ミィは、この森が故郷なのかしら?」
楽し気なミィを見て、パレットは呟く。
思えばミィは、月の花の蜜採取の旅の直後に現れた。
トカレ村の人たちも、ミィの姿を見てもさほど驚かなかった。
魔獣ガレースは森の奥でたまに見かけることがあるが、よほど運が悪くなければ襲われることのない魔獣なのだそうだ。
「ミィはどんなに幼くとも魔獣だ。
あの時、俺らの跡をつけて来たのかもな」
ジーンもパレットの意見に頷く。
ミィはなんらかの事情で親と一緒にいられなくなり、さ迷ううちに月の魔力を纏った人間を見つけて、ついてきたのだろうか。
確かめる術のないことだが、パレットにはこの想像はあながち外れていない気がした。
――だとしたら、ミィにも里帰りになったのかも。
旅の目的地にここを選んでよかった、とパレットは安堵した。
やがて月の花が咲く泉に出て、パレットたちは夜を待った。
今日は見学であるので、月の魔力に引き寄せられる獣に巻き込まれないように、離れた場所で野営となった。
夜が深まるにつれて、泉に獣が集まって来る。
みんな月を見上げて光を浴びるのに夢中で、様子を見ているパレットたちには見向きもしない。
あの時は、パレットたちが月の花に手を出そうとしたので魔獣に襲われたが、なにもしなければ襲ってこないのだそうだ。
獣たちが月の光を一身に浴びる中、一際大きな魔獣がゆっくりと進み、泉の真ん中で咲きかけている月の花に向かっていく。
月光に照らされるその光景は、見惚れることしかできない。
「美しい、というのはこういうものを言うんだろうな」
あの時魔獣をいなすのに精一杯で、ろくに月の花を見ていないジーンは、目の前で繰り広げられる光景に見入る。
ミィがうずうずしているが、ここで飛びかかられては前回の二の舞を踏むことになるので、月の花は我慢してもらいたい。
どれくらいの間、そうして泉を眺めていただろうか。
「あの時、領主に紹介されたのがアンタで良かった」
ポツリと呟いたジーンが、パレットの頬に手を伸ばした。
「愛してるよ、パレット」
普段、照れて愛を囁かないジーン。
その耳が真っ赤になっているのは、見なかったことにしてやろう。
「私も、あなたという人に会えて良かった。
愛してますよ」
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口づけを交わす二人を、ただ獣たちだけが見ていた。
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