22 / 67
第一話 予定が狂った夏休み
22 バイクでお出かけ
しおりを挟む
「あれが俺のバイクだ」
そう言って近藤が示したエントランスホールの前に、一台のバイクが置いてある。紺色でなかなか渋いデザインのそれを、しげしげと見ていると。
「ほら、メット」
そう言って近藤に渡されたのは、フルフェイスのヘルメットだった。
「……暑そう」
「止まっていれば確かに暑いが、走っていれば風が入るぞ」
しかめっ面をした由紀に、近藤がヘルメットを強制的に被せようとする。
「万が一、コケて首と顎が悲惨な目にあいたくなければ被れ。事故はこっちが気を付けてても、当たられたらどうしようもないからな」
「……そうっすか」
真面目な顔で近藤に諭され、由紀も渋々頷く。確かに貰い事故は怖いと、両親も言っていた気がする。
「おい眼鏡、邪魔だぞ」
近藤がヘルメットに当たる眼鏡をずらすように言う。
「っていうか伊達だろうそれ」
そう指摘されるが、由紀は「いーっ」と歯を剥いてみせる。
「私には必須アイテムなんですぅ」
――ヘルメットのシールド越しだと、大丈夫かな?
由紀はぎゅっと目を閉じて眼鏡を外し、素早くヘルメットを落とす。恐る恐る目を開けると、眼鏡越しと同じ景色が広がっていた。むしろ眼鏡よりも色が見えない範囲が広い。ヘルメットは意外と快適かもしれない。
ただし暑さ以外は。
「よし、サイズはいいな」
近藤が由紀のヘルメットの顎紐を締め具合を確認すると、自分も手早くヘルメットを被り、身軽にバイクに跨る。
「後ろに乗れ」
由紀はそう言われたものの、近藤のようにヒラリとやるのは無理だ。
「……ちょっと待っててよ」
なんとかよじ登るようにバイクの座席の後ろに座ると、結構視界が高くなった。
「おぉ? なんか眺めがいい」
驚いてキョロキョロしていると、バランスを崩して落ちそうになり、慌てて目の前の近藤のジャケットに捕まる。
――ヤバい、不安定でなにかに捕まっていないと落ちる!
近藤はフラフラとする由紀を振り返って注意する。
「もっとしっかり捕まっていろ、危ないぞ」
安全ベルトや命綱なんてない乗り物なので、近藤の忠告も尤もだろう。けれど由紀だって地味女だといっても、お年頃の女子高生端くれで、男子にベタっとくっつくのは躊躇われる。そんな風に背後でモゾモゾしている由紀がまどろっこしかったのか、近藤は由紀の両手を取ると、自分の腰に回させた。
由紀は果たして男にこんなに密着することが、これまでの人生にあっただろうか? 父親相手にだって、用事気に抱っこといううろ覚えな記憶でしかない。それがまさか、こんな作業みたいにされてしまうとは。バイクに乗り慣れた近藤にとって、まさしくこれは作業なのかもしれない。
――そう、これは命綱、でっかい命綱だ。
由紀は自分にそう言い聞かせると、諦めて近藤のジャケットをしっかり握る。
「じゃあ行くぞ」
近藤がバイクのエンジンを吹かせる。
「で、どこに行くの?」
由紀はそう尋ねる声が自然と弾むのに気付く。バイクに乗るなんて初めての経験なので、実は少しワクワクしていたのだろうか? 外出が苦痛な由紀だが、幸い今目の前にあるのは爽やかな緑色を纏う近藤の背中のみで、色がうざったくなることもない。
――せっかくだし、楽しむのもいいかな?
そんな風に前向きな気分になっている由紀に、近藤が行き先について告げる。
「前にアイツらも言ってただろうが。海なんて人を見に行くだけだから、当然山だ」
なんでもここから一時間ちょっと走らせたあたりの、夏の避暑地として有名な山の展望台を目指すらしい。由紀にとってはここより涼しければ、どこであっても天国だ。
目的地も決まったところで、近藤が背中に由紀をくっつけて走り出す。
そう言って近藤が示したエントランスホールの前に、一台のバイクが置いてある。紺色でなかなか渋いデザインのそれを、しげしげと見ていると。
「ほら、メット」
そう言って近藤に渡されたのは、フルフェイスのヘルメットだった。
「……暑そう」
「止まっていれば確かに暑いが、走っていれば風が入るぞ」
しかめっ面をした由紀に、近藤がヘルメットを強制的に被せようとする。
「万が一、コケて首と顎が悲惨な目にあいたくなければ被れ。事故はこっちが気を付けてても、当たられたらどうしようもないからな」
「……そうっすか」
真面目な顔で近藤に諭され、由紀も渋々頷く。確かに貰い事故は怖いと、両親も言っていた気がする。
「おい眼鏡、邪魔だぞ」
近藤がヘルメットに当たる眼鏡をずらすように言う。
「っていうか伊達だろうそれ」
そう指摘されるが、由紀は「いーっ」と歯を剥いてみせる。
「私には必須アイテムなんですぅ」
――ヘルメットのシールド越しだと、大丈夫かな?
由紀はぎゅっと目を閉じて眼鏡を外し、素早くヘルメットを落とす。恐る恐る目を開けると、眼鏡越しと同じ景色が広がっていた。むしろ眼鏡よりも色が見えない範囲が広い。ヘルメットは意外と快適かもしれない。
ただし暑さ以外は。
「よし、サイズはいいな」
近藤が由紀のヘルメットの顎紐を締め具合を確認すると、自分も手早くヘルメットを被り、身軽にバイクに跨る。
「後ろに乗れ」
由紀はそう言われたものの、近藤のようにヒラリとやるのは無理だ。
「……ちょっと待っててよ」
なんとかよじ登るようにバイクの座席の後ろに座ると、結構視界が高くなった。
「おぉ? なんか眺めがいい」
驚いてキョロキョロしていると、バランスを崩して落ちそうになり、慌てて目の前の近藤のジャケットに捕まる。
――ヤバい、不安定でなにかに捕まっていないと落ちる!
近藤はフラフラとする由紀を振り返って注意する。
「もっとしっかり捕まっていろ、危ないぞ」
安全ベルトや命綱なんてない乗り物なので、近藤の忠告も尤もだろう。けれど由紀だって地味女だといっても、お年頃の女子高生端くれで、男子にベタっとくっつくのは躊躇われる。そんな風に背後でモゾモゾしている由紀がまどろっこしかったのか、近藤は由紀の両手を取ると、自分の腰に回させた。
由紀は果たして男にこんなに密着することが、これまでの人生にあっただろうか? 父親相手にだって、用事気に抱っこといううろ覚えな記憶でしかない。それがまさか、こんな作業みたいにされてしまうとは。バイクに乗り慣れた近藤にとって、まさしくこれは作業なのかもしれない。
――そう、これは命綱、でっかい命綱だ。
由紀は自分にそう言い聞かせると、諦めて近藤のジャケットをしっかり握る。
「じゃあ行くぞ」
近藤がバイクのエンジンを吹かせる。
「で、どこに行くの?」
由紀はそう尋ねる声が自然と弾むのに気付く。バイクに乗るなんて初めての経験なので、実は少しワクワクしていたのだろうか? 外出が苦痛な由紀だが、幸い今目の前にあるのは爽やかな緑色を纏う近藤の背中のみで、色がうざったくなることもない。
――せっかくだし、楽しむのもいいかな?
そんな風に前向きな気分になっている由紀に、近藤が行き先について告げる。
「前にアイツらも言ってただろうが。海なんて人を見に行くだけだから、当然山だ」
なんでもここから一時間ちょっと走らせたあたりの、夏の避暑地として有名な山の展望台を目指すらしい。由紀にとってはここより涼しければ、どこであっても天国だ。
目的地も決まったところで、近藤が背中に由紀をくっつけて走り出す。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる