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第二話 噂の「ハルカ」
34 結果がわかる
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それから二日後の土曜日。
由紀が出勤すると、開店前の店内にまた春香がいた。
「ちょっとアンタ」
由紀を見るなり、そう呼びかけて来る。
「なんすかね」
立ち止まる由紀に春香がつかつかと歩み寄って来て、腕を組んで見下ろす体勢になる。身長は由紀と変わりないので、大した威嚇効果はないが。
そして、告げたことは。
「例の話、断ったからね」
「はぁ、そうなんですか」
勢い込んだ春香に、由紀は呆けた返事をしてしまう。まさか、報告されるとは思わなかった。返事の仕方が気に入らなかったのか、春香がさらに言い募る。
「別に、アンタに言われたからじゃないからね! 社長が調べて、あの出版社を立ち上げたのって、エロい雑誌を出していたところで働いていた人だってわかったからよ!」
元はエロ本会社にいたから信用できないというわけではないが、用心するに越したことはない。春香ならば焦らずとも、いずれ二十代をターゲットにした雑誌から声はかかる。社長にそう言われたのだそうだ。チャレンジするにも、相手を良く見極めろということらしい。
「相手を疑って、自分の身を守るのも大人としての第一歩だって褒められたわ!」
「そりゃよかった」
由紀としては本気で言ったのだが、春香は馬鹿にされたと捉えたのか。
「なによ、私だってあんな奴のことくらい、ちゃんとわかったんだからね!」
ムキになる春香に、話が聞こえていた近藤が厨房から出て来ると、呆れ顔で頭を小突いた。
「春香おめぇ、素直にありがとうくらい言えないのか」
大好きな「弘兄ぃ」に言われて、春香はぐうっと唸り。
「……ありがとうって、いってあげてもいいわ」
やはり素直にありがとうが言えない春香なのだった。
それから春香はずっと店内にいた。
別に母や兄を手伝うわけでなく、ボーっとカウンター席に座っているのだが、そんな彼女に来店した常連客が話しかけてくる。
「春香ちゃん、久しぶりに見るねぇ」
「そうなの、やぁっと長いオフがとれたの」
コーヒーを頼んだおじいさんとそんなことを話したり。
「しばらく春香ちゃんを見ないと、なんだか寂しいのよぉ」
「ホントに? ちょっと嬉しいなぁ」
グレープフルーツジュースを頼んだおばさんと笑い合ったり。
それに時折近藤の手の空いた時に構ってもらったりして、春香は楽しそうだ。
――こういうカンジの娘って、大勢でカラオケにでも遊びに行きそうなイメージなんだけど。
由紀はクラスメイトの派手系グループを思い浮かべる。教室で聞こえてくる会話だと、彼女たちはいつも大勢でカラオケやショッピングに出かけるらしい。
けれどああいう女子たちと比べて、常に大勢に囲まれる環境にいるであろう春香は、オフの日こそ一人でいるのが寛ぐのだろうか。店にいたら寂しくなれば誰かがいるし、持って来いの場所かもしれない。
「モデルのお仕事、休みなんだ」
オレンジジュースを飲む春香に、由紀が仕事の合間に話しかけると。
「そうよ、やぁっと秋冬物ファッションを撮り終えたから、社長が夏休みをくれたの」
春香は朝までのツンツンした態度は鳴りを潜め、あっさりと頷いた。あれは「お礼を言わなきゃ!」という気持ちが暴走して、ああいった態度として現れたとも推測される。
そんな彼女曰く、ファッション誌は夏発売号ですでに秋冬物特集をするらしい。確かに服を買いに行っても、お盆を過ぎると売り場は秋物一色になっている気がする。
だとすると、撮影は悪ければ梅雨真っ盛りの時期に行われるということで。
――スタジオならいいけど、外だったら最悪だな。
そんな湿度マックスな時に秋冬物を着せられるモデルという人たちは、さぞ蒸し暑いことだろう。モデルとは綺麗で可愛いだけでなく、根性がなければやっていけない職業かもしれない。
由紀が出勤すると、開店前の店内にまた春香がいた。
「ちょっとアンタ」
由紀を見るなり、そう呼びかけて来る。
「なんすかね」
立ち止まる由紀に春香がつかつかと歩み寄って来て、腕を組んで見下ろす体勢になる。身長は由紀と変わりないので、大した威嚇効果はないが。
そして、告げたことは。
「例の話、断ったからね」
「はぁ、そうなんですか」
勢い込んだ春香に、由紀は呆けた返事をしてしまう。まさか、報告されるとは思わなかった。返事の仕方が気に入らなかったのか、春香がさらに言い募る。
「別に、アンタに言われたからじゃないからね! 社長が調べて、あの出版社を立ち上げたのって、エロい雑誌を出していたところで働いていた人だってわかったからよ!」
元はエロ本会社にいたから信用できないというわけではないが、用心するに越したことはない。春香ならば焦らずとも、いずれ二十代をターゲットにした雑誌から声はかかる。社長にそう言われたのだそうだ。チャレンジするにも、相手を良く見極めろということらしい。
「相手を疑って、自分の身を守るのも大人としての第一歩だって褒められたわ!」
「そりゃよかった」
由紀としては本気で言ったのだが、春香は馬鹿にされたと捉えたのか。
「なによ、私だってあんな奴のことくらい、ちゃんとわかったんだからね!」
ムキになる春香に、話が聞こえていた近藤が厨房から出て来ると、呆れ顔で頭を小突いた。
「春香おめぇ、素直にありがとうくらい言えないのか」
大好きな「弘兄ぃ」に言われて、春香はぐうっと唸り。
「……ありがとうって、いってあげてもいいわ」
やはり素直にありがとうが言えない春香なのだった。
それから春香はずっと店内にいた。
別に母や兄を手伝うわけでなく、ボーっとカウンター席に座っているのだが、そんな彼女に来店した常連客が話しかけてくる。
「春香ちゃん、久しぶりに見るねぇ」
「そうなの、やぁっと長いオフがとれたの」
コーヒーを頼んだおじいさんとそんなことを話したり。
「しばらく春香ちゃんを見ないと、なんだか寂しいのよぉ」
「ホントに? ちょっと嬉しいなぁ」
グレープフルーツジュースを頼んだおばさんと笑い合ったり。
それに時折近藤の手の空いた時に構ってもらったりして、春香は楽しそうだ。
――こういうカンジの娘って、大勢でカラオケにでも遊びに行きそうなイメージなんだけど。
由紀はクラスメイトの派手系グループを思い浮かべる。教室で聞こえてくる会話だと、彼女たちはいつも大勢でカラオケやショッピングに出かけるらしい。
けれどああいう女子たちと比べて、常に大勢に囲まれる環境にいるであろう春香は、オフの日こそ一人でいるのが寛ぐのだろうか。店にいたら寂しくなれば誰かがいるし、持って来いの場所かもしれない。
「モデルのお仕事、休みなんだ」
オレンジジュースを飲む春香に、由紀が仕事の合間に話しかけると。
「そうよ、やぁっと秋冬物ファッションを撮り終えたから、社長が夏休みをくれたの」
春香は朝までのツンツンした態度は鳴りを潜め、あっさりと頷いた。あれは「お礼を言わなきゃ!」という気持ちが暴走して、ああいった態度として現れたとも推測される。
そんな彼女曰く、ファッション誌は夏発売号ですでに秋冬物特集をするらしい。確かに服を買いに行っても、お盆を過ぎると売り場は秋物一色になっている気がする。
だとすると、撮影は悪ければ梅雨真っ盛りの時期に行われるということで。
――スタジオならいいけど、外だったら最悪だな。
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