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第三話 眼鏡とコーヒー
58 イジられる元不良
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一方、由紀が近藤とさして仲良くないと知ったおじさんは、不思議そうに首を傾げる。
「じゃあなんで、うちで働こうと思ったんだい?」
実に最もな疑問に、由紀もそのままの事実を返す。
「逃げられなかったからですかね」
由紀の答えはこれに尽きる。
「はっは、そうかい! 弘樹は意外とナンパが上手いのかねぇ」
回答を聞いたおじさんは、可笑しそうに笑った。
――私って、にゃんこ近藤にナンパされたのか?
それは衝撃の事実である。だが物の捉えようによってはそうとも言えるかもしれない。ナンパとは面識のないものを会話や遊びに誘う行為である。由紀はまさにクラスメイトという関係でしかなかった近藤に、いきなりバイトに誘われたのだから。
「なるほど、ナンパか」
「っておめぇは納得するな!」
初めてわかった新事実にうんうんと頷く由紀に、後ろから近藤の声が降って来た。振り向くと、料理を運んで戻って来た近藤が、嫌そうな顔をして立っている。
「アホなことを言うなジイさん、誰がナンパしたんだ」
「弘樹よ、照れるな照れるな」
「照れてねぇし! アイスコーヒーだったな!」
おじさんにからかわれた近藤は、頬を赤くしつつも厨房へ逃げた。
「全く、ナリだけデカくなったが純情だなぁ」
おじさんが厨房を見ながらニヤニヤしている。孫いじりが楽しくて仕方ないのだろう。
――奴め、家庭内ではいじられキャラなのか。
学校では「孤高の不良」っぽいイメージだった近藤の、新たな側面を見てしまった。
「あんまりからかうと嫌われますよ?」
一応由紀が忠告すると、おじさんは額をピシャリと手で叩く。
「そう言うが、反応が楽しくてついな」
そう言うと、どんな時の近藤が面白いかを語り始める。どうやらおじさんの愛とイジりは表裏一体らしい。それでも話としては楽しいので、由紀が相槌を打ちながら聞いていると、ゴン! と音を立てて目の前にアイスコーヒーが置かれた。
「おめぇは、ジイさんの悪乗りに付き合うな」
近藤がそう言って、ムスッとした顔でアイスコーヒーを差し出して来る。
「いちいち反応するから、からかわれるんだと思うけど」
アイスコーヒーにクリームをたっぷり入れながら、由紀がそうアドバイスする。近藤は自分でもそう考えてはいるのか、ぎゅっと口を引き結ぶ。
近藤はなんだかんだで付き合いがいいというか、会話を適当に切り上げないところがある。逃げ下手なのだろう。この意外と繊細で気遣い屋な元不良は、ちゃんと会話すると存外気のいい奴なのだ。もっといろんな人と触れ合うことができれば、怖そうというイメージも払拭できるだろうに。事実、田んぼ仲間はもう近藤にビビっていない。実は彼女たちは、あの後バラバラにだが数回客として訪れていて、近藤とも普通に会話する。彼女ら曰く「だんだんと可愛く見えてくる」だそうだ。
その心理を例えると、猛犬で噛みつき注意だと思っていた犬が、意外と大人しくて可愛げのある犬だとわかり、愛着が出て来るようなものか。近藤も彼女たちから逃げたりはしないので、苦手ではないのだろう。
――でもこのままだと、夏休み明けに田んぼ仲間まで新開会長に目を付けられるのか。
由紀がアイスコーヒーにシロップを入れつつ、どうしたものかと思案していると。
「どうだい、コイツの淹れるコーヒーは美味いかい?」
おじさんが突然、ニコニコしながらそう聞いてきた。
「えーと……」
由紀は急な質問に言葉を探しながら、近藤がコーヒーを淹れ始めたきっかけを思い出す。
「じゃあなんで、うちで働こうと思ったんだい?」
実に最もな疑問に、由紀もそのままの事実を返す。
「逃げられなかったからですかね」
由紀の答えはこれに尽きる。
「はっは、そうかい! 弘樹は意外とナンパが上手いのかねぇ」
回答を聞いたおじさんは、可笑しそうに笑った。
――私って、にゃんこ近藤にナンパされたのか?
それは衝撃の事実である。だが物の捉えようによってはそうとも言えるかもしれない。ナンパとは面識のないものを会話や遊びに誘う行為である。由紀はまさにクラスメイトという関係でしかなかった近藤に、いきなりバイトに誘われたのだから。
「なるほど、ナンパか」
「っておめぇは納得するな!」
初めてわかった新事実にうんうんと頷く由紀に、後ろから近藤の声が降って来た。振り向くと、料理を運んで戻って来た近藤が、嫌そうな顔をして立っている。
「アホなことを言うなジイさん、誰がナンパしたんだ」
「弘樹よ、照れるな照れるな」
「照れてねぇし! アイスコーヒーだったな!」
おじさんにからかわれた近藤は、頬を赤くしつつも厨房へ逃げた。
「全く、ナリだけデカくなったが純情だなぁ」
おじさんが厨房を見ながらニヤニヤしている。孫いじりが楽しくて仕方ないのだろう。
――奴め、家庭内ではいじられキャラなのか。
学校では「孤高の不良」っぽいイメージだった近藤の、新たな側面を見てしまった。
「あんまりからかうと嫌われますよ?」
一応由紀が忠告すると、おじさんは額をピシャリと手で叩く。
「そう言うが、反応が楽しくてついな」
そう言うと、どんな時の近藤が面白いかを語り始める。どうやらおじさんの愛とイジりは表裏一体らしい。それでも話としては楽しいので、由紀が相槌を打ちながら聞いていると、ゴン! と音を立てて目の前にアイスコーヒーが置かれた。
「おめぇは、ジイさんの悪乗りに付き合うな」
近藤がそう言って、ムスッとした顔でアイスコーヒーを差し出して来る。
「いちいち反応するから、からかわれるんだと思うけど」
アイスコーヒーにクリームをたっぷり入れながら、由紀がそうアドバイスする。近藤は自分でもそう考えてはいるのか、ぎゅっと口を引き結ぶ。
近藤はなんだかんだで付き合いがいいというか、会話を適当に切り上げないところがある。逃げ下手なのだろう。この意外と繊細で気遣い屋な元不良は、ちゃんと会話すると存外気のいい奴なのだ。もっといろんな人と触れ合うことができれば、怖そうというイメージも払拭できるだろうに。事実、田んぼ仲間はもう近藤にビビっていない。実は彼女たちは、あの後バラバラにだが数回客として訪れていて、近藤とも普通に会話する。彼女ら曰く「だんだんと可愛く見えてくる」だそうだ。
その心理を例えると、猛犬で噛みつき注意だと思っていた犬が、意外と大人しくて可愛げのある犬だとわかり、愛着が出て来るようなものか。近藤も彼女たちから逃げたりはしないので、苦手ではないのだろう。
――でもこのままだと、夏休み明けに田んぼ仲間まで新開会長に目を付けられるのか。
由紀がアイスコーヒーにシロップを入れつつ、どうしたものかと思案していると。
「どうだい、コイツの淹れるコーヒーは美味いかい?」
おじさんが突然、ニコニコしながらそう聞いてきた。
「えーと……」
由紀は急な質問に言葉を探しながら、近藤がコーヒーを淹れ始めたきっかけを思い出す。
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