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第三話 眼鏡とコーヒー
62 乗り込んでみた
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それからアルバイトをこなして日々は過ぎ、次の定休日である火曜日の午前中。
由紀は由梨枝に聞いた住所を探して、住宅街をさ迷っていた。
「あ、ここだ」
ようやく発見したお洒落な外観の一戸建ての門扉に、「新開」の表札があるのを確認する。
そう、由紀は新開会長のお宅訪問にやって来たのだ。
ピーンポーン
早速インターフォンを押す。
『はい、どちら様?』
するとスピーカーから大人の女性の声が聞こえて来た。新開会長の母親だろうか。
「私、西田と言いまして新開かいちょ……先輩にお世話になっている者です」
『まあ、亜依子の学校の後輩の方? ちょっと待ってね』
由紀の名乗りに声の主は朗らかにそう言って、インターフォンを切る。
それからしばらくして、新開会長がムスッとした顔で玄関から現れた。
「……なによ、文句でも言いに来たの?」
敵意丸出しの相手に、由紀はニコリと笑う。
「『お告げの西田』が、あなたにお告げを言いにきました」
「……は?」
この唐突な言葉に眉を寄せたた新開会長を、由紀は眼鏡をずらして見る。
――今は、色が落ち着いているな。
それでも酷く濁っていることには違いないのだが、あのショッピングモールの時のような気分が悪くなるようなものではない。近藤が同席していなければ酷さが和らぐのかもしれない。
由紀は新開会長の反応を気にせず、話を続ける。
「このままだと、会長にとっても近藤くんにとっても不幸です。けど、ここで話をするのは暑いですし、どこかに移動しませんか?」
新開会長だって、親の耳が気になる場所でした話でもないだろう。それに正直、少しでも涼しい午前中にと思ってやって来たが、もうすでに暑い。出来ればクーラーの効いた場所で話をしたいのだ。
「……いいわ、行ってあげる」
由紀の提案に新開会長も頷いたので、近くのファミレスに移動することになった。偶然だが、近藤と二度遭遇したファミレスと同じチェーン店である。
今はまだ昼食には早い時間なので、ドリンクとちょっと摘むのにポテトを頼む。お互いにドリンクを取って来て、席に座るとしばし沈黙が下りる。
「で、なによ? 話なら早くして」
新開会長の口調は強気だが、纏う色が濃くなったり薄くなったりしている。恐らくショッピングモールでの自分の行動を、批難されるのを恐れているのだろう。
―― 一応、悪いことをしたっていう自覚はあるわけだ。
新開会長は、近藤さえ絡まなければまともな人である。これが真正の悪人なら、近藤だって逃げ隠れしたりせずに、正面切って撃退するのだろう。けれど普段の新開会長は善人なだけに、近藤が脅せば立派な脅迫に見えるため、周囲が騒ぎ出す上に悪者にされてしまう。なんとも対応が悩ましいところだ。
できれば、近藤とのこじれた関係をさっぱりしてもらいたい。でないと、あんな酷い色を纏った新開会長に寄って来られる度に、由紀の気分が悪くなる。全くのお節介だとは思うが自分の心の平穏のために、由紀はこうやって貴重な定休日を使って来たわけだった。
「聞きましたよ、近藤くんと新開会長、幼稚園の頃からの知り合いらしいですね」
由紀が話を切り出すと、新開会長はジロリと睨んだ。
「そうよ、弘樹のことはなんでも知っているわ。幼稚園の頃から、とっても仲良しだったのよ。いつも『亜依子ちゃん』って言って私の後ろをついて回っていて。小学生になったら私が親の都合で引っ越してしまったけれど、弘樹は相変わらず私を慕ってくれたわ。私を見るといつも笑って寄って来て挨拶してくれるの」
新開会長は滔々とまくしたてながら、うっすらと笑みを浮かべる。
「弘樹と私との絆は、とっても長いんだから」
そう自慢げに話す新開会長を眺めながら、由紀はポテトを齧る。
――だいぶ近藤の主観と違うな。
近藤に幼稚園で一緒に遊んだ記憶がないと聞けば、新開会長は発狂するのではなかろうか。
「でも、そんなにラブラブ仲良しこよしなんだったら、どうして学校で女子を追い払うような真似を?」
今も昔も、トラブルの原因は新開会長の執拗なまでの近藤の周囲の女子の排除行動だ。妹までもターゲットにして、徹底的に女子を取り除く。なにが彼女をそこまで駆り立てるのだろうか? 近藤と誰よりも仲良しである自信があるのなら、放っておけばいいだろうに。嫉妬深いと言われればそれまでだが、新開会長の場合はそれで納得できないのだ。
嫉妬深い人というのははネガティブな性格だったり、欲深かったりする者が多い。けれど彼女は近藤が関わらなければ、そういった側面は感じさせない。傍目に見てもアンバランスなのだ。
「近藤くんに、誰か女子が近づくのは許せませんか?」
由紀の疑問に、新開会長は顔を伏せてしばらく沈黙した。「そんなのあなたに関係ないでしょう」とか言われるかと身構えていると。
新開会長は震える声でこう囁いた。
「……だって、弘樹ちゃんはあんなに弱虫で泣き虫なのに」
なんだか今、衝撃ワードが聞こえた。
由紀は由梨枝に聞いた住所を探して、住宅街をさ迷っていた。
「あ、ここだ」
ようやく発見したお洒落な外観の一戸建ての門扉に、「新開」の表札があるのを確認する。
そう、由紀は新開会長のお宅訪問にやって来たのだ。
ピーンポーン
早速インターフォンを押す。
『はい、どちら様?』
するとスピーカーから大人の女性の声が聞こえて来た。新開会長の母親だろうか。
「私、西田と言いまして新開かいちょ……先輩にお世話になっている者です」
『まあ、亜依子の学校の後輩の方? ちょっと待ってね』
由紀の名乗りに声の主は朗らかにそう言って、インターフォンを切る。
それからしばらくして、新開会長がムスッとした顔で玄関から現れた。
「……なによ、文句でも言いに来たの?」
敵意丸出しの相手に、由紀はニコリと笑う。
「『お告げの西田』が、あなたにお告げを言いにきました」
「……は?」
この唐突な言葉に眉を寄せたた新開会長を、由紀は眼鏡をずらして見る。
――今は、色が落ち着いているな。
それでも酷く濁っていることには違いないのだが、あのショッピングモールの時のような気分が悪くなるようなものではない。近藤が同席していなければ酷さが和らぐのかもしれない。
由紀は新開会長の反応を気にせず、話を続ける。
「このままだと、会長にとっても近藤くんにとっても不幸です。けど、ここで話をするのは暑いですし、どこかに移動しませんか?」
新開会長だって、親の耳が気になる場所でした話でもないだろう。それに正直、少しでも涼しい午前中にと思ってやって来たが、もうすでに暑い。出来ればクーラーの効いた場所で話をしたいのだ。
「……いいわ、行ってあげる」
由紀の提案に新開会長も頷いたので、近くのファミレスに移動することになった。偶然だが、近藤と二度遭遇したファミレスと同じチェーン店である。
今はまだ昼食には早い時間なので、ドリンクとちょっと摘むのにポテトを頼む。お互いにドリンクを取って来て、席に座るとしばし沈黙が下りる。
「で、なによ? 話なら早くして」
新開会長の口調は強気だが、纏う色が濃くなったり薄くなったりしている。恐らくショッピングモールでの自分の行動を、批難されるのを恐れているのだろう。
―― 一応、悪いことをしたっていう自覚はあるわけだ。
新開会長は、近藤さえ絡まなければまともな人である。これが真正の悪人なら、近藤だって逃げ隠れしたりせずに、正面切って撃退するのだろう。けれど普段の新開会長は善人なだけに、近藤が脅せば立派な脅迫に見えるため、周囲が騒ぎ出す上に悪者にされてしまう。なんとも対応が悩ましいところだ。
できれば、近藤とのこじれた関係をさっぱりしてもらいたい。でないと、あんな酷い色を纏った新開会長に寄って来られる度に、由紀の気分が悪くなる。全くのお節介だとは思うが自分の心の平穏のために、由紀はこうやって貴重な定休日を使って来たわけだった。
「聞きましたよ、近藤くんと新開会長、幼稚園の頃からの知り合いらしいですね」
由紀が話を切り出すと、新開会長はジロリと睨んだ。
「そうよ、弘樹のことはなんでも知っているわ。幼稚園の頃から、とっても仲良しだったのよ。いつも『亜依子ちゃん』って言って私の後ろをついて回っていて。小学生になったら私が親の都合で引っ越してしまったけれど、弘樹は相変わらず私を慕ってくれたわ。私を見るといつも笑って寄って来て挨拶してくれるの」
新開会長は滔々とまくしたてながら、うっすらと笑みを浮かべる。
「弘樹と私との絆は、とっても長いんだから」
そう自慢げに話す新開会長を眺めながら、由紀はポテトを齧る。
――だいぶ近藤の主観と違うな。
近藤に幼稚園で一緒に遊んだ記憶がないと聞けば、新開会長は発狂するのではなかろうか。
「でも、そんなにラブラブ仲良しこよしなんだったら、どうして学校で女子を追い払うような真似を?」
今も昔も、トラブルの原因は新開会長の執拗なまでの近藤の周囲の女子の排除行動だ。妹までもターゲットにして、徹底的に女子を取り除く。なにが彼女をそこまで駆り立てるのだろうか? 近藤と誰よりも仲良しである自信があるのなら、放っておけばいいだろうに。嫉妬深いと言われればそれまでだが、新開会長の場合はそれで納得できないのだ。
嫉妬深い人というのははネガティブな性格だったり、欲深かったりする者が多い。けれど彼女は近藤が関わらなければ、そういった側面は感じさせない。傍目に見てもアンバランスなのだ。
「近藤くんに、誰か女子が近づくのは許せませんか?」
由紀の疑問に、新開会長は顔を伏せてしばらく沈黙した。「そんなのあなたに関係ないでしょう」とか言われるかと身構えていると。
新開会長は震える声でこう囁いた。
「……だって、弘樹ちゃんはあんなに弱虫で泣き虫なのに」
なんだか今、衝撃ワードが聞こえた。
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