64 / 67
第三話 眼鏡とコーヒー
64 天使への恋の行方
しおりを挟む
写真は、ある意味本物よりもより本物な現実を突きつける。写真だと老けて見えるとか、印象が違って見えるというのもそういうことだ。
ちゃんと二つの写真を見比べて、「弘樹ちゃんフィルター」越しではない近藤を見てほしい。「弘樹ちゃん」ではない、現在の「近藤弘樹」も認めてあげてほしい。
「弘樹ちゃんも、成長しているの……?」
新開会長は考えてもみなかったというような顔をした後、由紀の差し出した二枚の写真に恐る恐る手を伸ばす。
由紀は写真を渡しながら語り掛ける。
「近藤くんを見守っている新開会長は、確かに恋をしてました」
初めて恋の色を見た時は、自身の紫色と混じり合うことなく、純粋なピンク色だった。
「けど、会長が近藤くんを守ろうとすればするほど、恋じゃなくなっていく」
由紀というライバルとみなした存在が視界に入ると、とたんに恋の色は濁ってしまう。
恋の色は育てていくもの。過去の思い出に恋をして淀ませるのではなく、現在に恋をして変えていく。それが健全な恋の在り方だ。
「『近藤弘樹』をないがしろにしていたら、いつか必ずお互いに傷付きますよ。そんな恋は、幸せな結果にならないのではないですか?」
近藤は新開会長にこのままストーカーを続けられても苦しいし、一線を越えて犯罪沙汰なんかになれば、やはり苦しむだろう。そして新開会長自身も苦しいはずだ。
「この恋は、会長にとって幸せなものですか?」
由紀の問いかけに、新開会長は沈黙した。
「近藤、弘樹……」
そう零して写真にじっと食い入るように見入っていた新開会長が、やがてボソリと呟いた。
「弘樹ちゃん……、こんな顔だった?」
「もう何年も前から、こんな顔でしたけど」
呆然とする彼女に、由紀は重々しく頷く。
春香の話では、兄妹で似ていると言われたのは十歳くらいまでで、その後の近藤は急激に今の顔に変化したという。アルバムでも、その変化は如実に表れていた。それに新開会長が同じ学校に通っていて、気付かないはずがない。恐らく彼女は本人を目にしても、「弘樹ちゃんフィルター」越しにしか視認できていなかったのだろう。
「弘樹ちゃん……!」
写真に顔を伏せて、静かに泣き出した新開会長を、由紀は黙って見つめていた。
「弘樹ちゃん」の夢に浸っていた彼女は、ようやく目が覚めたのだ。
しばらく泣いていた新開会長は、やがて顔を上げる。
「そっか、弘樹ちゃんはもう立派な男なのね」
「結構な強面系で、天使の面影ゼロですよ」
止めを刺すわけではないが、事実をズバッと告げる。ここで表現を和らげても、現実に立ち返ろうとしている新開会長のためにならない。
「強面系、確かにそうね。私ってば、今までなにが見えていたのかしらね」
しかし、新開会長は近藤の写真を見て小さく笑う。その変化に、由紀はコッソリ眼鏡をずらして見た。
――色が、変わっていく。
時折揺らいでいた黒い色が消え、混沌としていた色合いのすっきりとしてきて、綺麗なグラデーションを描いていく。
自分の悪い面を見つめるのは、誰でもしたくない。由紀はそれを多少強引に推し進めたものの、新開会長の心の変化にはもっと時間をかけるものだと考えていた。
けれど、彼女はこの短い会話で心を建て直している。
――やっぱり、本当は強い人なんだ。
その強さを、間違った方向に使っていただけで。
初恋は彼女の色を濁らせてしまったけれど、恋の終わりが色をより良いものに変化させたなら、この恋は無意味なものではなかったのだ。それはつまり、「近藤弘樹」は彼女にとって悪いものではなかったということでもある。
あの気遣い屋な近藤も、この結果に安心することだろう。
話している間にすっかり温くなったドリンクの残りを飲み干し、新開会長が聞いてきた。
「この写真、貰っていいの?」
「どうぞ、本人も了承済みですので」
二枚の写真の処遇について、由紀は頷く。恋の結末はどうであれ、幼馴染との思い出までも消すことはない。「可愛い弘樹ちゃん」を思い出して一人ニマニマするのは、彼女の自由だろう。
新開会長は写真を仕舞い、真っ直ぐに由紀を見る。
「……夏休みの残りの間、一人でちゃんと考えるわ」
そう言った彼女は、理性的な生徒会長の顔をしていた。
「だからお店にも顔を出さないから、弘樹……近藤くんにもそう言っておいて」
「わかりました」
言い直した新開会長に、由紀はしっかりと頷いた。
「じゃあ、もう行くわ」
そう言って席を立った新開会長だったが、ふと振り返る。
「ねえ、今の近藤弘樹はどんな人?」
突然そんな質問をされて驚いた由紀だったが、自分の中に即座に浮かんだ答えを口にする。
「……優しい人だと思います」
「そう、ありがとう」
そう言った新開会長は、先にファミレスを出て行った。
しかも伝票を持って。
――もしかして、奢ってもらった?
なんというスマートな行動だろう。そしてこれこそ新開会長だという気がした。
ちゃんと二つの写真を見比べて、「弘樹ちゃんフィルター」越しではない近藤を見てほしい。「弘樹ちゃん」ではない、現在の「近藤弘樹」も認めてあげてほしい。
「弘樹ちゃんも、成長しているの……?」
新開会長は考えてもみなかったというような顔をした後、由紀の差し出した二枚の写真に恐る恐る手を伸ばす。
由紀は写真を渡しながら語り掛ける。
「近藤くんを見守っている新開会長は、確かに恋をしてました」
初めて恋の色を見た時は、自身の紫色と混じり合うことなく、純粋なピンク色だった。
「けど、会長が近藤くんを守ろうとすればするほど、恋じゃなくなっていく」
由紀というライバルとみなした存在が視界に入ると、とたんに恋の色は濁ってしまう。
恋の色は育てていくもの。過去の思い出に恋をして淀ませるのではなく、現在に恋をして変えていく。それが健全な恋の在り方だ。
「『近藤弘樹』をないがしろにしていたら、いつか必ずお互いに傷付きますよ。そんな恋は、幸せな結果にならないのではないですか?」
近藤は新開会長にこのままストーカーを続けられても苦しいし、一線を越えて犯罪沙汰なんかになれば、やはり苦しむだろう。そして新開会長自身も苦しいはずだ。
「この恋は、会長にとって幸せなものですか?」
由紀の問いかけに、新開会長は沈黙した。
「近藤、弘樹……」
そう零して写真にじっと食い入るように見入っていた新開会長が、やがてボソリと呟いた。
「弘樹ちゃん……、こんな顔だった?」
「もう何年も前から、こんな顔でしたけど」
呆然とする彼女に、由紀は重々しく頷く。
春香の話では、兄妹で似ていると言われたのは十歳くらいまでで、その後の近藤は急激に今の顔に変化したという。アルバムでも、その変化は如実に表れていた。それに新開会長が同じ学校に通っていて、気付かないはずがない。恐らく彼女は本人を目にしても、「弘樹ちゃんフィルター」越しにしか視認できていなかったのだろう。
「弘樹ちゃん……!」
写真に顔を伏せて、静かに泣き出した新開会長を、由紀は黙って見つめていた。
「弘樹ちゃん」の夢に浸っていた彼女は、ようやく目が覚めたのだ。
しばらく泣いていた新開会長は、やがて顔を上げる。
「そっか、弘樹ちゃんはもう立派な男なのね」
「結構な強面系で、天使の面影ゼロですよ」
止めを刺すわけではないが、事実をズバッと告げる。ここで表現を和らげても、現実に立ち返ろうとしている新開会長のためにならない。
「強面系、確かにそうね。私ってば、今までなにが見えていたのかしらね」
しかし、新開会長は近藤の写真を見て小さく笑う。その変化に、由紀はコッソリ眼鏡をずらして見た。
――色が、変わっていく。
時折揺らいでいた黒い色が消え、混沌としていた色合いのすっきりとしてきて、綺麗なグラデーションを描いていく。
自分の悪い面を見つめるのは、誰でもしたくない。由紀はそれを多少強引に推し進めたものの、新開会長の心の変化にはもっと時間をかけるものだと考えていた。
けれど、彼女はこの短い会話で心を建て直している。
――やっぱり、本当は強い人なんだ。
その強さを、間違った方向に使っていただけで。
初恋は彼女の色を濁らせてしまったけれど、恋の終わりが色をより良いものに変化させたなら、この恋は無意味なものではなかったのだ。それはつまり、「近藤弘樹」は彼女にとって悪いものではなかったということでもある。
あの気遣い屋な近藤も、この結果に安心することだろう。
話している間にすっかり温くなったドリンクの残りを飲み干し、新開会長が聞いてきた。
「この写真、貰っていいの?」
「どうぞ、本人も了承済みですので」
二枚の写真の処遇について、由紀は頷く。恋の結末はどうであれ、幼馴染との思い出までも消すことはない。「可愛い弘樹ちゃん」を思い出して一人ニマニマするのは、彼女の自由だろう。
新開会長は写真を仕舞い、真っ直ぐに由紀を見る。
「……夏休みの残りの間、一人でちゃんと考えるわ」
そう言った彼女は、理性的な生徒会長の顔をしていた。
「だからお店にも顔を出さないから、弘樹……近藤くんにもそう言っておいて」
「わかりました」
言い直した新開会長に、由紀はしっかりと頷いた。
「じゃあ、もう行くわ」
そう言って席を立った新開会長だったが、ふと振り返る。
「ねえ、今の近藤弘樹はどんな人?」
突然そんな質問をされて驚いた由紀だったが、自分の中に即座に浮かんだ答えを口にする。
「……優しい人だと思います」
「そう、ありがとう」
そう言った新開会長は、先にファミレスを出て行った。
しかも伝票を持って。
――もしかして、奢ってもらった?
なんというスマートな行動だろう。そしてこれこそ新開会長だという気がした。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
S級ハッカーの俺がSNSで炎上する完璧ヒロインを助けたら、俺にだけめちゃくちゃ甘えてくる秘密の関係になったんだが…
senko
恋愛
「一緒に、しよ?」完璧ヒロインが俺にだけベタ甘えしてくる。
地味高校生の俺は裏ではS級ハッカー。炎上するクラスの完璧ヒロインを救ったら、秘密のイチャラブ共闘関係が始まってしまった!リアルではただのモブなのに…。
クラスの隅でPCを触るだけが生きがいの陰キャプログラマー、黒瀬和人。
彼にとってクラスの中心で太陽のように笑う完璧ヒロイン・天野光は決して交わることのない別世界の住人だった。
しかしある日、和人は光を襲う匿名の「裏アカウント」を発見してしまう。
悪意に満ちた誹謗中傷で完璧な彼女がひとり涙を流していることを知り彼は決意する。
――正体を隠したまま彼女を救い出す、と。
謎の天才ハッカー『null』として光に接触した和人。
ネットでは唯一頼れる相棒として彼女に甘えられる一方、現実では目も合わせられないただのクラスメイト。
この秘密の二重生活はもどかしくて、だけど最高に甘い。
陰キャ男子と完璧ヒロインの秘密の二重生活ラブコメ、ここに開幕!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる