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しおりを挟む開幕
とある街の通りで、途方に暮れている娘がいる。
「……迷った」
知らない景色が珍しくてついキョロキョロしていたら、いつの間にか、隣を歩いていたはずの連れの姿がない。これは、世間で言うところの迷子になったという現象だろうか。自分が『子』なんて年齢ではないことくらい、重々承知の上だが。
娘はひたすらオロオロし、通りのど真ん中に立ち尽くす。
すると、明らかに困っているように見える娘に、周囲の人間が声をかけてくれた。
「おう、嬢ちゃんどうしたよ?」
単に通行の邪魔だったのかもしれないが、親切には変わりない。
しかしながら、娘は極度の人見知りだった。
「……」
娘は助けを求める気持ちを無言で視線に込めてみたのだが、生憎、相手には伝わらなかった。
「なんでぇ」
なにも言わない娘に、相手は肩を竦めて去っていく。助けを逃した娘が肩を落として落ち込んでいると――
「おいこら、レイラ」
そんな声と共に、後ろから大きな手に頭をガシッと掴まれた。娘がぐるりと振り返ったところ、そこには体格の良い男が立っている。
「あ、グレッグいた」
連れが見つかってホッとしていたら、頭を掴んでいる手に力を込められた。少々痛い。
「勝手に消えるな! どうしててめぇはただ歩くことができねぇんだよ!」
「ただ歩いているだけなのにはぐれる、これは都会の不思議」
男がゆさゆさと頭を揺らす下で、娘は小難しい顔をしてみせた。
「不思議じゃなくて、お前が注意力散漫なだけだ!」
男に叱られ、娘はしばし考える。
「じゃあ、こうして歩く」
娘は男の服の裾を握った。その手を見て、男はガシガシと自分の頭を掻く。
「そこはせめて、こうだろうが」
男は娘の手を服から離すと、代わりに自分の手を握らせた。
「ほれ、行くぞ」
「……うん!」
男に促され、娘は嬉しそうに微笑んだ。
この娘、実は大変貴重な精霊術師である。しかし今に至るまで、様々な苦労があった。
そんな彼女の苦労譚を垣間見るとしよう。
第一章 フェランの精霊術師
火の精霊王の住まう火山の国ドラート。その中でも比較的大きな街であるフェランは、この国で最も火山に近い街として知られている。その街の片隅に、建っているのか朽ちているのか紙一重な外観の木造住宅があった。その中で、まだ年若い娘が熱心にすり鉢でなにかをゴリゴリとすり潰している。
「そーれそれそれ……」
紺の目を眇めて妙なかけ声を呟く娘は色白の肌で、汚れてヨレヨレになった茶色のローブを着込んでいた。髪は背中を超すほどの長い黒髪で、適当に後ろで束ねている。その見た目の印象は陰気の一言に尽きるだろう。
朽ちかけの建物の雰囲気とあいまって、娘の様子は呪いをかけているかのように見えた。事実、怪しい儀式をしていると近隣住民から通報されたことも一度や二度ではない。
『レイラ、鼻が曲がりそうなくらい臭いよ』
すりこぎを動かす娘の頭の中に、突然そんな声が響いた。視線をすり鉢から離した娘の足元で、白い蛇がちょろちょろと這っている。白蛇の姿を見た娘は、すりこぎを止めた。
このいろいろと怪しい娘の名はレイラ、こんなことをしているが精霊術師である。精霊術師とは、世界に満ちる精霊の力を使って、自然現象を再現する術を使う者のことだ。
「獣除けの薬は、お金になる」
レイラは白蛇にそう告げると、またすりこぎを動かす。
――これでなんとか、万年貧乏から脱出するんだ!
いくら蛇から臭いと文句を言われようとも耳を貸さず、レイラはひたすらすりこぎの音を響かせる。
やがて満足したのか、レイラは手を止めた。
「ふ、ふ、ふ……。これを丸めて乾燥させればよし」
『きっとまた、誰かが文句を言ってくるよ』
レイラの頭の中で再び声がした。この声の主は、いつの間にかテーブルに上がってきて、すり鉢を覗き込んでいる白蛇だ。苦言をよこす白蛇は、そこいらの蛇となんら変わりなく見えるが、実はただの蛇ではなく水の精霊であり、名をルーナという。
世界には数多の精霊がいる。その中で時折、気まぐれな精霊が気に入った人間と行動を共にすることがあった。ルーナがまさにそれである。水の精霊は実体化した際、蛇の姿をとるのだ。
ルーナの声は思念の形で語りかけられていて、普通の人には聞こえない。
しかし、ルーナの声がバッチリ聞こえてしまうレイラは、ムッとした顔をする。
――文句を言うなら、金をくれ!
金さえあれば、レイラだってこのような臭い薬をなにも好き好んで作ったりはしないのだ。こんなことをしている精霊術師は、世界広しといえどもレイラ一人に違いない。
本来ならば精霊術師は人々から敬われ、収入もそこそこよい職業である。ボロ家に住み、怪しげな薬を作る生活を送ることにはならない。
それにもかかわらず、どうしてレイラが現在の暮らしをしているのか。その理由は、レイラの精霊術師としての資質に問題があるせいだ。
人と人の間に相性があるのと同様に、人と精霊の間にも、気が合う合わないという感覚がある。たとえば、地の精霊に好かれる者、風の精霊に嫌われる者といったように。
ここドラート国は火の精霊王の住まう火山を有する国であるため、この国の精霊術師は火の精霊に好かれやすく、水の精霊に嫌われやすいとされていた。
そんな事情もあり、ドラート国の精霊術師は、火の精霊術を使う者が大半だ。火の精霊術を使ってこそ一人前だと言われる。つまり、火の精霊術を使えないことは、とてつもない欠点だとみなされるのだ。
さらに、この国の精霊術師は、水の精霊術を嫌悪する傾向にあった。
今から十数年前、火山で火の精霊王と水の精霊王が大喧嘩をしたせいで、火の精霊と水の精霊は最悪と言っていいほど仲が悪いらしいのだ。そのため、火の精霊を信奉するこの国の精霊術師まで水の精霊に敵愾心を抱いている。「火山に攻め込んだ水の精霊は敵だ!」と、ある精霊術師が言っていたのを、レイラは聞いたことがあった。
それほど仲が悪いにもかかわらず、火の精霊王が住まうドラート国と、水の精霊王が住まう国は隣り合っている。このことは精霊術師の間で大いなる謎とされていた。
ともあれ、この国の精霊術師であれば、火の精霊の肩を持つのは当然なのだろう。
――だけど、私にとってはいい迷惑!
物心ついた頃からドラート国で育ったレイラだが、火の精霊に嫌われる性質だった。反面、水の精霊であるルーナを連れていることからも明らかなように、水の精霊には好かれる。つまり、ドラート国のほとんどの精霊術師とは、正反対の性質なのだ。
それにより、レイラは周囲の精霊術師たちから距離をとられている。
――だいたい昔のことにこだわって、心が狭すぎなのよ!
いくら昔、精霊王同士が喧嘩したからといって、それに乗っかって精霊術師まで対立しなくてもいいだろうに。おかげでレイラはドラート国の精霊術師仲間から敵視されて、些細なことで因縁をつけられたり、精霊術師としての仕事を回されなかったり、様々な嫌がらせを受ける日々を送っている。
ドラート国では居場所がないレイラだが、この国を出てよその土地に行けば状況も変わると、昔、精霊術師の師匠に言われていた。しかし、ろくに仕事の来ないレイラには、よその土地まで旅をする資金がない。なのでこうして怪しげな薬を作って、旅の資金を工面している最中なのだ。
――邪念に囚われている暇はない、作業作業。
レイラはすり鉢の中身を少し手にとり、捏ねて丸めてから板の上に並べていく。それを鼻歌交じりに繰り返していると、玄関のドアがノックされた。
『レイラ、お客さんみたい』
ルーナが玄関を気にする。だがレイラはそれをまるっと無視して、捏ねて丸めてを続けた。
「レイラ! いるのはわかってるよ!」
その声に、レイラはピタッと動きを止める。客は、大家のおばさんだった。
今、レイラが恐れるのは精霊術師の対立ではなく、大家のおばさんである。何故なら、家賃の支払い期限がとっくに過ぎているからだ。しかも今月だけでなく、数カ月分滞納している。
「溜まった家賃を早く払いな! それとちゃんと食事はしてるんだろうね!? なにごとも身体が基本なんだよ!」
言いたいことを怒鳴り終えたおばさんはすぐに去ったようで、玄関の向こうが再び静かになった。
『……だってさ』
ルーナがレイラを見上げる。
「家賃のためにも食事のためにも、これが重要」
そう言って、レイラは丸めた薬をルーナに示す。
出来上がった薬を早く売りに行かなければ、おばさんがまた来るはずだ。
物言いはキツいおばさんだが、あれでレイラを心配してくれているらしく、家賃取り立ての最後にいつも食事の心配をされる。よほどレイラが食べていないように見えるのだろう。まあ、実際に食うに困っているわけだが。
しんとした室内で、レイラは真剣な表情で捏ねて丸めてを再開した。だが、しばらくすると、またもやドアをノックする音がした。しかも今度は乱暴な叩き方だ。
「精霊術師レイラ! いるのはわかっている!」
ドアの向こうから、野太い男の怒鳴り声がした。その声の主が誰なのかはわからない。
――無視だ、無視!
レイラは外の男を放っておいて作業を続ける。ところが大家のおばさんと違って、男はすぐに去らずにドアを叩き続けており、正直うるさい。
――私は今、忙しいのよ!
レイラはそれも無視していたのだが……
『レイラ、もしドアを壊されたら弁償だよ』
ルーナのその言葉に、レイラは渋々作業を中断する。滞納している家賃以外に、費用がかさむのはごめんだ。
「どちら様?」
レイラは薄くドアを開けて外を窺う。そこにいたのは朱色の上着を着た男だった。褐色の肌で赤毛の髪を刈り上げている。うろ覚えだが、顔は見たことがあったはず。
「……なんか用?」
心底面倒くさそうに言うレイラを見て、男はこめかみに青筋を立てる。
「いるのならば、早く出ろ……って臭い! なんだこの臭いは!?」
男は最初の勢いを急激に萎ませ、大きく後ずさる。なにせ、すり鉢の中身の臭いが室内に充満して、その上レイラは手を洗っていない。ゆえに、今のレイラ自身も非常に臭い。
「獣除けの薬、超強力」
レイラはベタッとしたもので汚れた手のひらを、男に向かって掲げる。男は鼻をつまんでさらに距離をとった。
「支部長がお呼びだ、早く臭いを落として協会まで来い!」
男はそれだけ叫ぶと、速攻でドアを閉めた。
残されたレイラは、じっとドアを見る。
――誰も、行くとは返事してないし。
呼び出しの理由なんて容易に想像できる。どうせ「精霊術師が怪しい儀式をしていると、ご近所さんから苦情がきている」とか言われるだけだ。そんな話を聞くために、大人しく協会へ行く気も時間もない。
ちなみに、協会とは精霊術師協会の略であり、世界中に支部が存在する大きな組織である。だいたいの精霊術師は自分の暮らす近くの支部に所属し、そこで仕事の斡旋を受けるのだ。レイラも現在、この街にある支部に所属していた。
先程の男が着ていた朱色の上着は、ドラート国の精霊術師協会の制服だ。基本的にドラート国の協会に所属する精霊術師は、あの朱色の上着を身につけることになっている。火の精霊王の住まう国であるので、火を連想させる朱色を使っているのだとか。
ただし火の精霊術を使えないレイラは、この街の支部長から朱色の上着を着ることを許されず、古着のローブを着用している。
――ま、あの連中の仲間の証なんかいらないけどね。
連中はレイラを嫌っているし、こっちだって嫌な態度をとる相手にわざわざ会いに行く理由はない。世の中、平和が一番だ。
『僕、あのおじさん嫌い』
ルーナも嫌がったので、素直に協会へ行く必要はないという気持ちがさらに強まった。
そんなものよりも大事なことがある。すり鉢の中身を全て丸めてしまうことだ。放っておくとすぐに乾燥してしまって捏ねられなくなるので、今までの苦労が無駄になる。
「ふ、ふ、ふ……」
レイラが笑みを浮かべつつ、捏ねて丸めることしばし。
「終わった!」
レイラは作業完了に喜びの声を上げると、さっそく、薬が載っている板を家の裏に移動させる。そこで乾燥させるのだ。今日のような暑い日だと、薬もすぐに乾くに違いない。
「ふー……」
外の風を受けてレイラは深呼吸する。すると、薬を作っているうちに麻痺していた嗅覚が、徐々に復活してきた。
こんな臭い薬を買う奴がいるのかと思われるかもしれないが、生のままだと臭い薬も、乾くと多少は収まる。強烈に臭いのが、ちょっと気になる程度の臭さになるのだ。
ちなみに、レイラが住んでいる家は街の外れにあるので、他の住人の迷惑になる度合いは、ほんの少しだった。この乾燥させている間の臭いのことで苦情が出ているのだろうが、そこはレイラの稼ぎのために我慢してもらうしかない。
――よし、あとはこのまま待つ!
乾くのを待つ間に、屋内の片付けだ。まずは閉めっぱなしだった窓を開けて、空気を入れ替える。外から入り込んだ風が、室内に籠っていた空気を押し出してくれた。
次にレイラはテーブル周りの、草のカスが散らかっているあたりを見る。
「《水の玉》」
レイラは両手を広げてそう唱えた。すると、両手の間に球体状の水の塊が生まれる。その水の塊をテーブルの上に落とすと、床まで派手に濡れた。その水を使って、薬作りで汚れた室内をせっせと拭き掃除する。
――我ながら便利だ、精霊術って。
なにせ井戸を使わずとも、拭き掃除の水が確保できる。とはいえ、他の精霊術師がこんな使い方をしているのかどうか、レイラは知らない。
彼らは「精霊術とは人知を超えた高尚なものである」と思っている節があるので、知られれば用途を間違えていると叱られる気がする。
拭き掃除を終えたら、全身に薬の臭いが染みついている自分自身も洗う必要がある。このまま外出すると歩く公害だ。レイラは炊事場から大きめのたらいを持ち出し、床に置いた。
「《水の玉》」
レイラが再び唱えると、先程よりも大きめの水の塊が生まれた。その水をたらいの中に落とせば、いいカンジに水が溜まる。レイラは着ていたローブを脱ぎ捨て、たらいの水につかった。
――うーん、気持ちいい!
窓を閉め切っていたせいで汗だくになっていたので、とてもいい気分だ。気候が寒い国では温かい湯につかることがあると聞いたことがあるが、一年中暑いドラート国では水浴びが一般的だ。
水浴びついでにローブの洗濯をして、室内もレイラ自身もさっぱりとしたところで、水を飲みながら薬が乾くのを待つ。本当ならお茶を飲みたいところだが、茶葉を買うお金はない。
――お金が入ったら、お茶っ葉を買おう!
薬を作るたびにそう決意するものの、毎度、家賃の支払いに追われ、茶葉を買えずにいるレイラだった。
そうして待つことしばし。レイラが再び家の裏に行ってみると、薬はカラカラに乾いていた。
「うん、上出来」
出来栄えを確認しつつ薬を全て麻袋に詰め、レイラはさっそく家を出た。薬屋で、この薬を買い取ってもらうのだ。
『外? 僕も行く~』
ルーナもついてくると言うので、腕に絡みつけた。
外に出ると、強い日差しがレイラを襲う。
――暑い、溶ける!
レイラはなるべく日陰を選んで歩いて行く。
ドラート国は一年を通して温暖な気候である。なので通りを行き交う人たちはみな、露出の多い涼し気な服装をしていた。
褐色の肌に、赤毛であるのがドラート人の特徴だ。レイラのような色白の肌や黒髪の者はほとんどいないし、いても異国人だと決まっている。
普段ほとんど外出することのないレイラには、この国の日差しはことのほかこたえる。レイラはローブのフードを目深に被って肌を隠す。暑いのにズルズルとしたローブを着てフードを被っている姿は、はっきり言って不審者そのものだ。
「ほら、あれ……」
「怪しいものを見たな……」
通行人からそんなことを言われるが、レイラはそれらをまるっと無視する。
――いいよね、暑さに強い人たちは。
怪しい見た目をしているのは、自分でもわかっている。とはいえ、レイラの肌は日に焼けると赤くなってしまうので、それを避けるためにはこういう格好をするしかない。街で浮かないようなお洒落な日よけの服を買うお金が、今のレイラにはないのだ。
井戸端でたむろしている者たちが、レイラを見てひそひそ話をしている姿も見受けられた。どうせ異国人が怪しい姿で歩いているとか、そんな内容だろう。ドラート人は閉鎖的な性格をしているため、異国人を嫌う傾向があるのだ。
そうしてレイラが噂をされながら通りを歩いていると、今度は若い娘たちのはしゃぐ声が聞こえた。
「ねえ、見た?」
「あの方でしょう? 格好良いわよねー!」
「今日はいいことがありそう!」
そんな噂話を、レイラは聞くともなしに聞く。彼女たちがはしゃぐような出来事があったらしいが、生憎レイラには興味がない。
――噂話ではお腹は膨れないのよ!
薬屋に着くまでに、レイラは同様の会話を数回聞くことになった。噂しているのは主に若い娘だ。
会話から情報を纏めてみると、その噂をされている人物は異国の人で、格好良くて、野性的な風貌がたまらない男だという。同じ異国人だというのに、扱いがレイラとずいぶんと違う。格好良いという評価は偏見の壁を越えるようだ、羨ましい。
『誰だろうね、噂の人って』
「さぁ?」
ルーナは噂の主が気になったらしいが、レイラは気のない返事をするのみだ。
そんな話をしていると目的の薬屋に到着した。レイラは慣れた様子で薬屋のドアを開ける。
「いらっしゃい!」
ドアが開いた気配に、店主が張り切って挨拶をした。店主はひょろりとした体格で、若干日焼けした四十代くらいの男だ。濃茶の髪を適当に後ろで括り、薄く髭を生やしている。
「なんだレイラか」
店主はレイラの姿を見て、気が抜けたように椅子に座った。
「私は立派な客!」
店主の適当な態度にレイラは物申す。
薬屋の店主は異国人である。
どうして異国人がここで薬屋をしているのかというと、彼がこの街を旅で訪れた際、薬屋の娘に一目惚れして、求婚を繰り返した末に婿入りしたためらしい。
ちなみに彼の姑に当たるのが、先程家にやって来た大家のおばさんだったりする。
「レイラ、さっきお義母さんが行っただろう? ちゃんと食えているのか心配してたぞ、固パン足りてるか?」
ここでも食事情を心配された。こうも心配されるのは、レイラが引き籠って滅多に外に出ないからだろう。
――だって動くとお腹空くし。
そんなダメダメな本音は隠しておいて、レイラは本題に入った。
「獣除けの薬、できた」
そう言って、レイラは持ってきた麻袋を店主に差し出す。
「ああ、ご苦労さん」
麻袋を貰い受けた店主が、中から薬の一つを取り出して確認する。
「うん、十分な品物だ」
そう言った店主は、ホッとした様子で言葉を続けた。
「そろそろ獣除けの薬の在庫が切れる頃だったからね。助かったよ」
獣除けの薬は、台所の鼠退治から旅の間の獣除けまで、用途が幅広いので消費も激しい。
そのおかげで、薬を作れば結構いい値段で買ってくれる、レイラにとって美味しい商売なのだ。しかも、この街で獣除けの薬を作っているのは、何故かレイラだけという独占状態である。
本来ならばこの薬は、フェランの街の周辺にある村が作っている物を仕入れていた。しかし、最近はそちらからの仕入れが滞っているらしい。
だからレイラが独占販売できているのだが、何故仕入れられないのか謎である。
――材料も作り方も単純なのに。
レイラの疑問を察したのか、店主が苦笑して告げた。
「こんな大量に水を使う薬、今はレイラくらいしか作れないよ」
奇妙なことを言われた。
確かに薬を作るのにも、その後の掃除にも、水をたくさん使う。レイラはその水を精霊術で出すので、わざわざ井戸まで汲みに行く必要がなく、他人よりも作りやすい環境にある。
だが、他の人間には作れないというのは大げさな話だ。
「頑張って井戸から汲めばいい」
そう言ったレイラに、店主は肩を竦めた。
応援ありがとうございます!
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