精霊術師さまはがんばりたい。

黒辺あゆみ

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1巻

1-2

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「その井戸が問題でねぇ」

 レイラは眉をひそめる。
 ――井戸がなんだっていうんだろう?
 ドラート国の井戸は他国の井戸よりも深い造りになっているが、それは今に始まったことではない。毎日洗濯などで水をんでいるのだから、特別大変な作業ではないだろうに。
 今しがた通って来た道でだって、井戸の周りにたむろっている人たちがおしゃべりしながら洗濯したり、子供が水遊びしたりしていた。
 店主の言いたいことがさっぱりわからない様子のレイラに、店主は大きく息を吐く。

「この街に住む奴らが呑気のんきにしているもんだから、レイラも呑気にしていられるんだな」

 遠回しに嫌味を言われた気がして、レイラは少々ムッとする。
 その時――

「見つけたぞ!!」

 ドアを乱暴に開けて、怒鳴りこんできた男がいた。

「……あ」

 彼の姿を見たレイラは思わず声を上げる。肩で息をしながらドアにもたれかかり、顔を真っ赤にして立っていたのは、先程レイラの家に来た協会の男だった。

「支部長のお呼びだというのに、なにをしているんだきさまは!」

 男はレイラを指さして、つばを飛ばさんばかりに怒鳴りつける。男はわざわざレイラを探しにきたようだ。

「行きたくないから行かない」
「きさま、協会のごくつぶしのくせに、なんだその態度は!」

 面倒くさいという気持ちを隠そうともせずに断るレイラに、男はふるふると全身を震わせる。
 レイラとしては、協会の連中が自分を嫌っているのは百も承知なので、そんな相手に素直に従う理由はない。第一、嫌いだったら構わなければいいのに、何故か支部長は定期的に呼び出そうとするのだから、意味不明だ。

「うるさい、怒鳴らなくても聞こえてる」

 迷惑そうにレイラが顔をしかめると、興奮した男が手を前にかざした。

「きさまには仕置きが必要だ! 《火の玉》!」

 火の精霊術を唱えた男の手のひらに、こぶし大の火が灯る。

『こんなところで、危ないなぁ』

 レイラの腕に絡みついていたルーナが顔を出して、苦情を言った。
 たったこれしきのことで、燃えやすいものがたくさんある建物の中で精霊の火を使うなんて。この男、考えなしにも程がある。
 ――ここの協会の奴らってどうしてこう、力ずくが好きなんだろ……
 こんな気の短いやからを使いによこすとはどうかしていると、レイラは呆れた。

『レイラ、やっちゃう?』

 そう言って、ルーナが首をもたげる。
 しかし、レイラが対処する前に、店主が男に声をかけた。

「おいおい、アンタの術でうちの店が燃えたら、弁償してくれるのかい?」

 第三者の言葉に、男は我に返ったようだ。「ちっ」と舌打ちをすると、自身の手にある火を消した。

「……異国人同士、仲がいいってわけか」

 ギロリと男が店主をにらむ。その視線に、店主は肩を竦めてみせる。

「レイラ、店を燃やされてはかなわんから、とりあえず行ってやれ」

 店主がレイラにそう言ってきた。レイラとしても、大事な稼ぎの元を燃やされるのは嫌だ。

「……わかった」

 レイラは渋々男と一緒に行くことになった。

「後で代金を取りに来いよー」

 店主のそんな声に送られながら。


 フェランの街の精霊術師協会の建物は、大通りで最も目立つ。
 レイラは協会に、最近では数えるほどしか来ていない。しかもそのすべてが、苦情申し立ての呼び出しだったりする。
 いつもは受付にしか人がいないはずが、今日は大勢の精霊術師がいた。ただでさえ暑い陽気だというのに、建物内は熱気があふれかえっている。暑苦しいことこの上ない。
 その精霊術師の集団は、誰かを囲んでいるようだ。
 ――誰だろう?
 平均的なドラート人よりもだいぶ背の低いレイラだと、確認したくても人の壁にもれてしまう。それでも一生懸命ピョンピョン跳んでみたところ、背が高く日によく焼けた大柄な男が見えた。
 背中に大剣を下げている姿からして、彼はどうやら剣士らしい。協会に仕事の依頼でもしに来たのだろうか。
 精霊術師協会では、精霊術師の管理と仕事の斡旋あっせんを行っている。
 精霊術師はそれほど数が多くない上に、強い力を扱う者は近隣とトラブルを起こしやすい。先程の薬屋での出来事みたいに、カッとなるとすぐに精霊術を使う者がいるのだ。
 そんな彼らを抑え、かつ周囲と円滑な関係を保つために、それぞれの精霊術師に合った仕事を協会が振り分けている。
 そして協会の仕事の斡旋あっせんでは時折、特定の精霊術師が指名されることがあるのだとか。
 ――私は今まで指名なんて受けたことがないけどね!
 というよりも、最近では協会から仕事の斡旋あっせんをされていない。レイラはこの街の協会で最も不人気な精霊術師なのだ。

「支部長、連れてきました!」

 レイラを連れて来た男が叫ぶと、精霊術師の集団がどよめいた。

「レイラだ」
「生きてたのか」
「まぁ、ヨレヨレでみっともない」

 レイラをこき下ろすセリフが聞こえてくるが、本人はそれらを相手にせずぼうっと立っている。

「ようやくか」

 精霊術師の集団の中から、小太りの男がレイラの前に立った。朱色に金糸で装飾された立派な上着を着たこの男が、ドラート国精霊術師協会フェラン支部の支部長である。
 支部長がレイラに、虫でも見るかのような視線を向けた。

「ふん。相変わらずみっともないナリだな、レイラ。いよいよ廃業する気になったか?」

 開口一番に嫌味を言う支部長を、レイラは無言で軽く見上げる。そっちが呼びつけたくせに、嫌味を言われるのではたまったものではない。
 しかしここで反論しても、味方に囲まれている支部長が勝つに決まっているので、黙ってにらむだけに留めている。レイラは負ける喧嘩けんかはしないのだ。

「……可愛げのない小娘が」

 嫌味にも全く反応しないレイラに、支部長は舌打ちした。
 そんな険悪な雰囲気の中、レイラに近付く者がいる。

「なんだぁ、このチビは?」

 そう声を上げたのはあの剣士だった。
 彼は立派な体躯に革のよろいを着込んだ、彫りの深い顔立ちをした男前だ。濃茶の髪を短く刈り上げ、青い目にレイラを映している。普通の女ならば、その魅力にぼうっとなるところだろう。
 だが、初対面の男に面と向かってチビ呼ばわりされたレイラは、正直イラッとした。
 ――ちょっと男前だからって、なにを言っても許されると思うなよ!
 レイラの背がやや低いのは本当だとしても、そういうのは心の中で呟くものではなかろうか。

「なんか用?」

 剣士を見上げてぶっきらぼうに尋ねたレイラに、剣士本人は眉を上げるのみだ。だが、周囲の者が顔色を変えた。

「グレッグ様になんという口のききかたを!」
「これだから……」

 レイラは自分の悪口を全て無視し、目をすがめて剣士を見る。

「……誰?」

 見覚えも聞き覚えもないグレッグという剣士を、レイラはしげしげと眺めた。

「ルーナは知ってる?」
『……さぁ?』

 一応袖の中のルーナに確認するものの、そちらの反応も薄いものだ。
 一方、レイラの反応に、グレッグがなにか驚いたように目を見開いている。

「まさか、こいつが?」

 グレッグのそんな呟きは、周囲の精霊術師たちの声にまぎれてしまった。レイラも気付かずに、騒ぎを適当に聞き流しながら思案する。
 支部長たちの様子から察するに、どうもこのグレッグは有名人らしいが、生憎あいにくレイラは知らない。だが推測するに、薬屋に行く途中で聞いたうわさの男は、この人物のことではないだろうか。
 異国人で、格好良くて、野性的な風貌だという特徴は一致している。それをレイラも魅力的に思うかどうかは別として。
 そして普段は人のいない協会に、これほど大勢の精霊術師が押し寄せている理由もわかった。
 ――全員、有名人目当ての野次馬か。
 これらのことがわかって、レイラはすっきりした。

「知らないから、帰る」

 すっきりしたところで、レイラはそう切り出す。知らない相手にこちらから用はない。
 ――野次馬している場合じゃないのよ、私は。
 早く薬屋に戻らないと、料金を取り損ねるかもしれない。それに、支部長も用件を言うでもないのだから付き合っていられない。レイラはグレッグに軽く頭を下げて、さっさと建物から出て行こうとする。
 これに、グレッグが慌てた。

「待て待て、帰るな!」

 グレッグがレイラの手首を掴んで引き留める。

「えー。私、ここに長居したくない」

 迷惑そうな顔を隠そうともしないレイラに、ルーナも同意した。

『今日はいつにも増して、空気悪いよね~』

 確かに建物内の人口密度が高いため、非常に空気が薄くてよどんでいる。

「きさまもきさまの精霊も、礼儀というものを知らんのか!?」

 精霊術師であるからには、当然ルーナの声も聞こえるのだ。レイラたちの態度に、支部長が顔を真っ赤にしている。
 だがグレッグはそれに見向きもせず、レイラの手首を掴んだまま半信半疑な様子で尋ねた。

「お前は水の精霊術を使う術師か?」

 グレッグの発言に、レイラは眉をひそめる。
 ここフェランの街で、水の精霊術を使う術師はレイラしかいない。しかし今までの経験からして、支部長に呼び出されたことにいい内容なんてない。
 ――面倒事は避けるに限る。

「違う、人違い」

 よって、レイラは無関係をよそおうことにした。
 だがここで何故か、レイラの腕に巻きついてローブの中にひそんでいたルーナがにょろりと姿を現した。

「おお、水の精霊!」

 グレッグが目ざとくルーナを見つけ、目を輝かせる。好奇心に駆られたのかもしれないが、なんとも空気を読まない精霊である。

「これはただの蛇、さようなら」

 さっさとこの場を去ろうと、グレッグの手から己の手首を引き抜こうとするも、びくともしない。両足で踏ん張ってみてもダメだ。それでもレイラがあがいていると、グレッグがまくしたてる。

「火山で竜の卵をとってくる供として、お前を指名したい」
「……は?」

 レイラは思わず間抜けな声を発した。
 竜とは火の精霊王の住まう火山に生息し、火の精霊の加護を持っている、要は特別な生き物だ。トカゲに似た外見をしており、一軒家よりも大きな体躯はうろこおおわれ、並みの攻撃では倒せない。
 その卵をとるというのは、竜におそわれるかもしれないということだ。

「……頭おかしい?」

 剣士の正気を疑ったレイラは、うっかり本音をらす。
 レイラたちの間に割って入ったのは、支部長だった。

「剣士様、このレイラが水の精霊術を使うのは確かですが、大した術を使えません。足手まといになるのは目に見えております」

 珍しく、支部長がレイラを援護する。いや、支部長としてはレイラを擁護ようごしたつもりはないのだろう。有名な剣士らしいグレッグのお供を、支部でも花形の精霊術師にさせたいのだ。直後、野次馬連中から自薦じせんの声が多数上がる。
 だが、そんな周囲の言葉を、グレッグは一蹴いっしゅうした。

「火の精霊の加護を持つ竜の住処すみかに向かうのに、火の精霊術は無駄だろう」

 グレッグの言葉は真実だ。竜に火の精霊術で攻撃しても、無駄どころか火に油を注ぐことになりかねない。
 しかし、火の精霊術に並々ならぬほこりを持っている精霊術師たちには、グレッグの言葉は受け入れがたいようだった。

「それでも、攻撃する術のない落ちこぼれ術師であるレイラに比べれば、雲泥の差です!」

 支部長はレイラを小馬鹿にしつつ、グレッグに申し立てた。
 精霊術師になれるかどうかは、その者の中にうつわがあるかどうかで決まる。器があれば、世界に満ちる精霊の力を少しずつ吸い込んでそこに溜めることができるのだ。そして、溜め込んだ力の大きさによって、使える精霊術の程度が決まる。
 この器の大きさが、レイラは小さめであった。まだ若いので、これから器が成長することもありうるだろうが、それでも若い頃から器が大きい者にはかなわない。
 また、火の精霊術に比べて水の精霊術には、攻撃の術が少ない。火の精霊術の初歩《火の玉》に当たるのが、水の精霊術の初歩《水の玉》である。
 だが、《水の玉》は殺傷力があるとはお世辞にも言えない。ぶつけられても、ちょっとれるだけで痛くもかゆくもないどころか、暑いこの国ではご褒美になってしまう。
 しかし《水の玉》が使えない術だとか、そういったことはない。飲み水を確保するには最適だし、暑い日には水浴びもできる優れた術なのだ。レイラとしては、それほど馬鹿にされるような術ではないと思っている。とはいえ、水の精霊術が火の精霊術と比べて攻撃力にとぼしいのは確かだ。
 ――攻撃できる術だって、あるにはあるけどね。
 実はレイラは、裏技を使えば上級術とされる攻撃の術も使うことができる。しかし、使用後は疲労困憊ひろうこんぱいで寝込んでしまうおまけ付きだ。なのでレイラは分不相応なことはせずに、下級の精霊術を使うことにしている。
 こういった理由から、水の精霊術を使えても竜と渡り合える実力などないことは、レイラ自身がよく知っている。

「私は、グレッグ様のためを思って言っているのです!」

 支部長の言葉を皮切りに、野次馬たちがどっとグレッグに押し寄せる。

「グレッグ様、ぜひ私を!」
「いや、俺こそお供に!」
「いや、私だ!」

 勢いに負けて、グレッグがレイラの手首から手を外した。この機を逃すことなく、レイラはさっさとその場を辞して帰宅の途につく。
 ――こういうことは、やる気のある人がすればいいのよ。
 帰る道中、腕に巻き付いたルーナがしょんぼりとした様子で話しかけてきた。

『レイラ、せっかくあの人が誘ってくれたのに……』
「無理」

 グレッグの話に未練があるらしいルーナに、レイラはきっぱりと断言する。
 支部長に言われたように、レイラが大した精霊術を使えないのは本当だ。そんなレイラが竜の住処すみかに向かったとしても、ぺろりと食べられる未来しか想像できない。指名依頼の報酬は高額だが、命をけるほどではなかった。

「それに、あの人なんか苦手」

 グレッグ個人が苦手というよりも、レイラは集団に囲まれている人が苦手だ。集団でいると、昔からろくなことがない。


 レイラは協会を出た後、家に帰ってなにか食べることにした。
 薬屋に代金を取りに行こうと思ったが少々気疲れしていたので、その前に腹を満たして気力を取り戻すつもりである。確か台所に固パンが少し残っていたはず。ちなみにこの固パンは、薬屋の店主からの支援物資だ。
 そうして帰った家の前では、大家のおばさんが仁王立におうだちしていた。

「待ってたよ」
「ひぃっ!」

 速攻で後ろに方向転換して、ニヤリと笑ったおばさんから逃げようとしたが、おばさんの眼光の鋭さに身体が動かない。

「レイラ、溜まった四カ月分の家賃、そろそろ払ってくれるだろうね?」

 ドスのきいた声で、おばさんが言った。

「……えっと」

 家賃を催促され、レイラは冷や汗をかく。そんな金が手元にあれば、そもそもあんなくさ獣除けものよけの薬を作っていないし、毎日固パンばかり食べていない。

「あたしゃ、あんたのお師匠様に頼まれているから、こんなボロ屋をアンタに貸しているんだ。本来なら壊して建て替えるつもりだったものを、格安でね」
「……そうですね」

 レイラはおばさんを前にして縮こまる。

「あんたがお師匠様に連れられてこの街へ来た時、あのお人に子供の世話ができるのか心配したもんさ。研究に没頭するお師匠様に放っておかれて腹をかせていたあんたに、いつもめしを食わせてやったのは、このあたしだよ」
「ごもっともです」

 師匠と古い付き合いらしいおばさんの話に、レイラはますます縮こまる。今のレイラがあるのは、間違いなく薬屋義母子おやこのおかげだ。

「あのお方も生活力に不安がある人だったよ。どうして弟子っていうのは、似なくていいところが師匠に似ちまうのかねぇ」

 おばさんの愚痴ぐちを聞く間も、レイラは必死に逃げ口上を考えていた。
 自分でも四カ月分の家賃は溜めすぎだと反省しているが、払えないものは仕方ない。薬屋で受け取るはずの報酬でも、まとめ払いは無理である。
 このままではさすがに追い出されるかもしれないけれど、今の収入でも借りられる家はここしかない。そうなると、レイラにはいよいよ住むところがなくなってしまう。
 ――どうする、どうする!?
 このピンチをどうやって切り抜けるべきか、レイラが知恵をぎゅうぎゅうに絞っていると――

「その四カ月分の家賃、いくらだ?」

 レイラの頭上から男の声が降ってきた。驚いて振り返ると、そこには先程協会で別れたはずのグレッグがいた。

「……まぁ」

 おばさんは、男前なグレッグの姿にぼうっと見入っている。そんなおばさんに、グレッグはじゃらりと音を立てて無造作に革袋を差し出した。
 ――え、なにそれ、お金?
 たくさんの硬貨がこすれ合っているらしき音に、レイラは一瞬呆然とする。どれだけのお金があれば、あんな重たい音がするのだろうか。

「これで足りるか?」

 グレッグの言葉ではっと我に返ったおばさんが、差し出された革袋を恐る恐る受け取った。そして、その中身を確認すると、くわっと目を見開く。

「足りるどころか、大量のお釣りがきますよ!」

 金切り声を上げたおばさんは、興奮のあまり目玉が飛び出そうな表情をしていた。革袋には、よほどの大金が入っていたようだ。うらやましい、一度驚くほどの大金を受け取るという状況を経験してみたい。
 ――って待って、どうしてあいつが家賃を払うの。
 脳内で金貨が踊っていたレイラは、ここでようやく正常に戻った。

「では、ここから家賃分を取ってくれ。こいつには俺が指名依頼をしていてな、依頼料の先払いだ」

 グレッグが勝手に話を進め、協会でうやむやにした件を蒸し返している。しかもレイラが了承した形で。

「ちょい待ち……」
「まあ、レイラに指名依頼! 明日は槍でも降るんじゃないかい!?」

 指名依頼を受けた覚えはないとレイラが断ろうとするも、おばさんはすでに革袋から金を取ってしまった。しかも、ちょっと多めに。

「こんな大金を持つことなんて、金輪際こんりんざいないだろうねぇ」

 おばさんはそうひとちると、革袋をグレッグに返す。そして先程の迫力をどこかへ消し去って、輝かんばかりの笑顔でレイラを見やる。

「やったじゃないか、頑張るんだよレイラ!」

 お金を得てホクホク顔のおばさんから、今までかけられたことのないはげましの言葉を貰った。

『お金ってすごいね~』

 呑気のんきに言うルーナに、レイラも同意見だ。世の中とは、かくも世知辛せちがらくできているのか。

「それじゃあ、あたしゃこれで」

 おばさんが弾むような足取りで去っていく。そして、その場にはレイラとルーナ、グレッグが残された。
 グレッグは、男前の顔を不機嫌にゆがめた。

「まったくお前よぉ、俺をあの集団の中に置き去りにする奴があるか! うぜぇだろうがよ」

 グレッグはそう文句を言うと、レイラの頭をガシッと掴んだ。力がこもっていてそこそこ痛い。
 グレッグにとって、あの協会の精霊術師たちは相当うっとうしかった様子である。レイラだって同様に思ったから、早々に逃げ出したのだ。
 痛いのは嫌なレイラは、すぐに逃げて頭をかばった。それを見て、グレッグがニヤリと口の端を上げる。

「ともあれ、依頼料は一部前金で払った。これで依頼成立だな?」

 グレッグにそう言われて、レイラは改めてそのことに気が付いた。ここ最近ずっと依頼を受けていなかったので、依頼金などの仕組みににぶくなっているのがわざわいした。協会への仕事の依頼は、料金は前金もしくは一部内金払いで完了するのだ。
 ――ああぁ、私って馬鹿!
 今からおばさんを追いかけても、お金を返してくれるはずもない。己の不甲斐ふがいなさに、レイラはがっくりと頭を垂れた。

「ま、よろしく頼むわ」

 軽い口調でそう言ったグレッグが、レイラの頭をぐしゃぐしゃとでた。
 暑い中、路上で立ち話をしているのもなんだと、グレッグが場所の移動を提案する。話をするのに最適な場所だと連れて行かれたのは、酒場だった。

「酒場、入ったことない」

 レイラは初めての場所を興味きょうみ津々しんしんで見回す。真っ昼間だというのに、酒場には数人の客がいた。
 ――おぉ、昼間っから酒なんていいご身分!
 すでに仕事を終えた人たちなのかもしれないが、昼間から遊んでいられるなんて、憧れる暮らしである。
 酒場をマジマジと観察するレイラに、グレッグが尋ねる。

「お前いくつだ?」
「十八歳」

 嘘をついても仕方ないので、レイラは素直に答えた。ちなみに、この国の成人は十六歳だ。

「じゃあ酒は飲めるな」

 レイラの年齢を聞くと、グレッグはさっさと店主に酒と料理を注文した。すぐにレイラとグレッグの前に、酒がなみなみと注がれたジョッキが置かれる。

「まずは、無事にお前を雇えたことに乾杯だな」


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