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1巻

1-3

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 グレッグがそう言って、自分のジョッキを持ち上げる。だがここで、レイラが異議を唱えた。

「乾杯拒否」

 乾杯とは、嬉しいことに対してするものだということくらい知っている。しかし今回の指名依頼は、レイラにとってはちっとも嬉しくないことだ。嬉しくないのに乾杯なんて、理不尽極まりない。
 ぷうっと頬を膨らませるレイラに、グレッグがこめかみをひくつかせた。

「可愛くねぇなぁ、お前……」

 そう言ったグレッグは、強引にレイラのジョッキに自分のジョッキを合わせる。
 ――ちょっと強引な男に女は弱いとか、思わないことね!
 レイラは、こちらの気持ちをむことなく事を進めたグレッグにムッとしつつも、乾杯してしまったことは仕方ないと諦めた。手に持った酒をちびりとめてみたものの、苦くてあんまり美味おいしくない。

「まずは改めて自己紹介だ」

 酒を一口飲んだグレッグが言った。

「俺はグレッグ、森の国ファビオ出身の旅の剣士だ。今回はさるお方からの依頼で火山に行くことになって、ここに寄ったってわけだ。よろしくな」

 グレッグが簡単に経歴を述べた。レイラが無言で頷いていると、グレッグにうながされる。

「……で、お前は?」
「精霊術師のレイラ。これルーナ」

 短く名乗ったレイラは、袖からちらりと顔を出して酒を気にしているルーナも紹介する。

「出身は? お前はドラート人じゃねぇだろう」
「知らない、孤児だから」

 間がいいのか悪いのか、ここで料理が運ばれてきた。

「はい、お待ちどうさま」

 料理を見たレイラは目をきらめかせつつも、よだれが出そうになるのをぐっとこらえる。
 ――ここ数日、固パンしか食べていない胃袋が刺激される!
 料理をガン見しているレイラの前で、グレッグが驚いていた。

「ここのめしは、豪華だな……」

 なにをそんなに驚いているのか知らないが、レイラとしてはそんなことよりも確認すべきことがある。

「このお金、誰が払うの」

 料理とグレッグを見比べるレイラは、待てを命令された犬の気分だ。その様子を見て、グレッグが苦笑した。

「……おごってやるよ。家賃も払えねぇお前に、金があるわきゃねえもんな」

 グレッグの男前な発言に、レイラは表情を輝かせる。

「いただきます!」
『よかったね、レイラ』

 元気になったレイラに、ルーナも嬉しそうだ。
 食事に夢中になるレイラに、グレッグが今回の依頼について説明を始めた。

「俺がやりたいのは竜の卵の採取だ。けれど竜の卵をかすめ取ってくるだけで、竜と戦いたいわけじゃない。親竜に見つかった場合は、とっとと逃げる。お前にはもし竜に見つかっておそわれた時に、水で炎の息の熱をやわらげてほしい」

 火山に生息する竜は火の精霊の加護を持っていて、炎をまとわせた息を吐いて攻撃する。竜に挑む者は、大半がこの攻撃でやられてしまうのだ。
 竜と正面からやり合う力を期待されているのかと思いきや、レイラの役目は熱さましが主のようだ。それがわかったレイラは少し肩の力を抜いた。そのくらいなら自分にもできる。

「あとは飲み水だな。今この国で飲み水を確保するのは、容易ではない。その点、お前といると心配しなくていい」

 確かにレイラといれば水には困らない。水の精霊術で水筒いらずだ。

「あと、準備するのは、食料――」
「お金ない」

 食べるのに忙しくて、これまで相槌あいづちすら打たなかったレイラが速攻でツッコミを入れると、グレッグが微妙な顔をする。

「……は、俺が買うか。じゃあお前が用意するのは、自分の着替えだけだな」

 こうして今回のレイラの旅の荷物は、なんとも身軽なものとなった。
 出発は明後日あさっての朝と決めたところで、打ち合わせは終わり。
 グレッグがふと料理に視線を向けると、そこには食べ尽くされたあとの皿だけが残っていた。

「あー! てめぇ、なに一人で全部食ってんだよ!?」

 料理が全てなくなっていることに、グレッグが愕然がくぜんとしている。

「ふぁへふぁいほ(食べないの)?」

 グレッグの非難に、レイラは口をもぐもぐさせつつ尋ね返した。気付かないグレッグが間抜けなのであって、レイラは絶対悪くない。

『レイラ、口の中のものを呑み込んでしゃべろうよ』

 食べながらしゃべったことを、ルーナにたしなめられた。マナーにうるさい精霊である。

「ごっくん。久々のまともなご飯、美味おいしい」

 生き返る心地とは、まさに今のレイラの気分を言うのであろう。

「俺だってドラート国に入ってからずっと、ロクなめしを食ってねぇよ!」

 満ち足りたため息をらすレイラとは対照的に、グレッグは怒りの形相である。しかし、お腹がいっぱいで幸せなレイラには、その怖さも半減だ。

「こういうのは、食べたもの勝ち」

 余裕の笑みすら浮かべるレイラに、グレッグはうなる。

「店主、追加の料理!」

 グレッグは怒鳴りながら注文してジョッキを掴んだが、妙に軽くて首を傾げた。ふと視線を巡らせると、テーブルの上で伸びている白蛇がいる。

『このお酒美味おいしかった』

 満足そうにルーナが言った。いつの間にかルーナは、二人のジョッキの酒を飲み干していたのだ。水の精霊は酒を好むため、彼らの目の届くところに酒を放置するとこうなる。

「……酒も追加」
「あ、私ミルク」

 レイラはちゃっかり自分の飲み物も追加した。
 竜の卵についての話が終わってお腹いっぱい食べたら、レイラは酒場に用はない。追加のミルクを飲み干して口を開く。

「もう帰っていい?」
「お前は……」

 食事をたかるだけたかって帰るつもりのレイラに、グレッグは呆れ顔をする。

明後日あさっての朝、街の門が開く時間に集合だから遅れるな」

 集合時間を言い渡され、レイラは無言で頷いた。


 こうしてグレッグと別れたレイラには、やるべきことがあった。今度こそ薬屋に戻って、獣除けものよけの薬の代金を貰うのだ。
 薬屋に向かう途中、レイラは道行く人からじろじろと見られているのを感じた。ひそひそとうわさをされているようでもある。

「……?」

 悪い意味で注目を集めるのはいつものことなのだが、その視線の種類がこれまでとは違う気がして眉をひそめた。
 ――なんかジロジロ見て、嫌なカンジ。
 普段なら皆、レイラを見ても「不気味なものを見た」と言わんばかりにさっと視線を逸らすのだ。なのに今は、どこまでも視線が追ってくる。しかも、なんだか悪意がこもっている気がした。

『どうかしたの?』

 周囲をうかがうレイラに、ルーナが声をかける。

「……なんでもない」

 そう答えたものの、視線を避けるため、レイラはいつもよりずいぶんと早足で薬屋に向かう。その結果、薬屋に到着した時にはレイラの息は上がっていた。

「……どうも」

 ドアをくぐるなりへたり込んで肩で息をするレイラの姿に、店主はいぶかし気な顔をした。

「何事?」
「……ちょっと、コップ」

 レイラは店主の疑問に答えずにコップを要求する。店主は話にならないと理解したのか、素直にコップを出してきた。

「《水の玉》」

 レイラは手のひらに収まる程度の水のかたまりを生み出すと、受け取ったコップに落としてぐっとあおる。

「ふー……」

 水を飲んでようやくひと心地ついた。

「今日はずいぶんと慌ただしいな」

 店主は苦笑して、コップを回収する。

「好きでやってるわけじゃない」

 床から立ち上がったレイラは、店主に文句を言った。息切れしてやって来た割には元気そうなレイラに、店主は目を細める。

「こってり絞られてきた、ってわけでもなさそうだ」
「なにそれ」

 レイラには、店主がなにを言いたいのかわからない。

「だってなぁ?」

 店主いわく、レイラを連れて行った協会の男の剣幕からして、相当いびられて帰ってくると思っていたらしい。そう言われてレイラも納得する。
 ――まるで強制連行だったもんね。
 レイラは満腹で幸せなおかげで、協会の男との些細ささいないざこざはすっかり忘れてしまっていた。

「過去はどうでもよくなった」
「そうかい」

 現在の気持ちを端的に言葉にしたレイラに、店主は肩を竦める。
 ともあれ、獣除けものよけの薬の代金を貰えた。ようやくちょっとまとまったお金が手に入り、レイラは小さくこぶしを握る。

『よかったね、レイラ』

 そんなレイラの様子に、ルーナも喜ぶ。精霊は人のいとなみに関心が薄いので、お金が手に入って喜ぶ精霊は普通いない。レイラと一緒にいるせいで、ルーナは他の水の精霊よりも金にがめつくなっている。
 それにしても、この売上金がもう少し早く手に入っていれば、グレッグに家賃を払ってもらうこともなかったのに。
 そう考えたレイラはすぐ首を横に振った。
 ――いや、そうでもないか。
 この金額では四カ月分の家賃にはならない。それに、今まで我慢していた食べ物代に消えたかもしれない。結局、グレッグに支払ってもらうことになったのだろう。きっと自分はお金に不自由する運命なのだと、レイラは己の不幸をなげくのだった。

「できれば、追加でもう少し作って欲しいんだが」

 そんなレイラに、店主が獣除けものよけの薬の追加注文をしてきた。だが生憎あいにく、今のレイラに薬を作っている時間はない。

明後日あさっての朝、旅に出る」

 レイラの説明になっていない言葉に、店主は目をしばたたかせた。

「じゃあ話は本当だったのか。レイラ、あの高名なグレッグ様に指名されたんだって?」

 レイラは驚く。グレッグが有名人らしいのはうすうす察していたが、店主にまでこの話をふられるとは、思ってもいなかった。
 ――みんな、そんなにグレッグに興味あるの?
 レイラの表情を見た店主が、ため息をつく。

にぶいなぁレイラ、お義母かあさんもうわさのお方に会ったって、そりゃあ大はしゃぎさ。街中の人間が知っているはずだぞ」

 店主が言うには、街は「あのグレッグ様があのレイラを指名した」という話で持ち切りらしい。
 それを聞いて、レイラは首を傾げる。

「……高名、なの?」

 不思議そうな顔をするレイラに呆れつつも、店主は、グレッグという剣士がいかに有名か教えてくれた。
 なんでもグレッグは大陸で一番の剣士と名高く、あちらこちらに伝説が残る人物なのだとか。

「そのグレッグ様の二つ名が、『魔物殺し』さ」

 その名がついたいわれを店主が語るには――
 ある街を魔物がおそった。だが、街の兵士では太刀打たちうちできず、国に討伐要請を出した。しかし討伐隊が到着するまで魔物が待ってくれるわけもなく、街の被害は拡大する一方。
 そんな時ふらりと現れたグレッグが、単独で魔物を討伐してしまったのだ。

「ふーん」

 眉唾まゆつばものの話に、レイラは気のない相槌あいづちを打つ。
 ――どこの英雄物語よ、それ。
 反応の薄いレイラに、店主が苦笑した。

「まあ、グレッグ様は強いから安心だっていう話だ」

 店主はそう話を締めくくる。とにかくグレッグが有名人であることは、レイラも理解した。
 となると、ここへ来る道中で感じた視線は、レイラがグレッグの依頼を受けたことを聞いた連中のものだったのかもしれない。協会でも他の精霊術師が自薦じせんしていたくらいだ。有名人と一緒に旅をすることへのねたみをこめていた人もいるだろう。
 ――嫉妬しっと、この私が嫉妬しっとされた!
 初めての経験に感動する一方で、面倒だなと思ってしまう。

「諦めるこった」

 店主はレイラの考えがわかったらしく、そう言ってレイラの頭を叩いた。そして、ふと思い出したように真面目な顔をした。

「魔物っていえば、火山に行くなら気を付けろよレイラ。あそこは今魔物が出るらしいから。まあグレッグ様がいれば大丈夫だろうけどな」

 目的地まで知っている店主に、レイラは目を見張る。

「魔物が出るの?」
「そうらしい。だから最近火山へ行く奴がいなくなって、火トカゲの干物が手に入らない」

 店主の愚痴ぐち交じりの話を聞いて、レイラは渋い表情を浮かべた。
 精霊が世界のことわりを外れてゆがんでしまうと瘴気しょうきを発するようになる。魔物とは、その瘴気によって動物が変異したものだと言われていた。魔物化した動物は正気を失い、手当たり次第に攻撃してくるのだ。
 レイラは魔物と出会ったことはない。だが、魔物はとても手強く、先程のグレッグの昔話のように、軍で討伐すると師匠に聞いたことがある。
 ――軍が火山に向かったって話は、今まで聞いたことがないんだけど?
 協会に行った時だって、精霊術師らは誰がグレッグの供になるかということばかりを話題にして、火山に魔物が出るなんてことを話していなかった。

「どうしてうわさにならない?」

 レイラの疑問に、店主はしたり顔で答えた。

「そりゃあ、この街の協会が必死に隠しているからさ」
「隠すって、協会にそんなことできる?」

 店主の答えに、レイラはなおも疑問をぶつける。治安問題は街のおさの仕事のはずだ。

「今の支部長の実家は、どこぞの金持ちらしい。金を握らせて街の長を黙らせたんだろうよ」

 幸いなことに魔物は火山から降りてこないので、周辺の村に被害は出ていないそうだ。

「火の精霊王様のお膝下ひざもとに魔物が出るなんざ、連中の沽券こけんに関わるんだろうさ。協会が火山の手前に陣取って、誰にも立ち入らせないようにしているんだと」

 火山に行く者がいないのは、協会が追い返しているせいでもあるそうだ。
 ――それって人を守るため? それとも世間体を守るため?
 こんな疑問を店主にぶつけても困らせるだけだ。だから違うことを尋ねた。

「隠している話を、どうして知ってる?」

 協会の事情に妙に詳しい店主に、レイラは不思議そうな眼差しを向ける。

「こういう話は、どっからかれるもんさ」

 店主は肩を竦めた。ちょっと情報に詳しい者なら知っている話なのだそうだ。情報に全く詳しくないレイラはため息を漏らす。
 どうにも、火山への旅は面倒くさいことになる予感がする。どうしてこの依頼を受けることになってしまったのだろう。何度も自問したが、今さらどうしようもなかった。


     * * *


 レイラがお腹いっぱいになったと言って帰った後、グレッグは一人酒場に残って飲んでいた。
 彼の生まれた一族は、ファビオ国で代々軍に所属しており、そのためグレッグも幼い頃から戦いに接してきている。
 しかし、軍にはグレッグの抜きんでた技量に嫉妬しっとする者が多い上、彼自身も集団行動になじめない性質だった。これらの理由で早々に軍を辞めた彼は、家族に勧められて見識を広める旅に出ることにしたのだ。
 その旅の途中に寄った湖の国レティスで、グレッグは王家から仕事を頼まれた。
 レティスの幼い王子は、病弱で長生きできないだろうと医者に言われている。けれど、王妃は新たな子を望める身体ではなく、国王も唯一の王子である息子を失いたくない。
 国王夫妻が病弱な王子の薬としてすがったのが、生命力のみなぎる竜の卵だというわけだ。いろいろな事情があり、グレッグはこの仕事を受けることになった。
 竜の卵を求め、ドラート国へやって来たグレッグは、火の精霊王に最も近い街として賑わいを見せるここ、フェランでレイラに出会った。
 ――あんな奴、会ったことねぇな。
 グレッグは先程まで黙々と食べていた娘の姿を思い出す。色白の肌に黒い髪で、こん色の目というレティス人のような外見をしている無口で陰気なレイラ。彼女はなんともマイペースな性格らしく、周囲からの嫌味にも飄々ひょうひょうとしていた。
 極端に口数が少なくて、ついさっきまでの会話だって成り立っていなかった。グレッグにとっては少々、いやかなり苦手な相手だ。
 最初、レイラはレティス国からの流民なのかと思っていたが、あの世間知らずな様子ではそれは考え辛い。なにせ、フェランの街の外の情勢を全く知らないようなのだ。
 レイラについて考えていたグレッグは、ふとこの街の協会のことを思い出す。
 あの協会の精霊術師らは、火の精霊術を使わない者は精霊術師ではないという勢いだった。
 それともレイラが水の精霊術を使うがゆえに、ああも過剰な反応をしているのだろうか。火の精霊と水の精霊は、相性が悪いと聞いたことがある。
 そんな事情を踏まえたとしても、レイラが去った後の協会の連中の言いぐさはあんまりなものだった。みんながレイラをざまに言い、誰も彼女の味方をしようとしない。
 ドラート国が閉鎖的な体質なのは知っていたが、フェランの街の人間はさらに酷い気がした。
 この国は火の精霊王が住まう土地として、精霊王のいない国よりも発言力が強い。それは他の精霊王が住まう国でも同じなのだが、特にドラート国は山脈にぐるりと囲まれているため、外から攻め入られにくい。
 そんな立地もあり、他国の侵略を受けることなく長い間成り立っている国だから、よそ者への警戒心が強くて自尊心が高いお国柄なのだ。
 それでも協会の連中がレイラを嫌う度合いは異常である。条件に合う精霊術師はレイラしかいないというのに、それを曲げて他の精霊術師を押しつけようとした。協会の連中には、レイラに活躍されると困る事情でもあるのだろうか?
 ――こいつぁ、面倒な依頼を受けちまったか?
 グレッグがそんなことを考えながらちびちびと酒を飲んでいると、酒場のドアが音を立てて開いた。

「グレッグ様!」

 グレッグを見つけて歓声を上げたのは、朱色の上着を着た娘だ。

「げ……」

 その姿を見たグレッグは、あからさまに嫌な顔をした。

「探しましたよ、グレッグ様」

 そう言って長く伸ばした赤毛をかき上げ色っぽさを演出する彼女は、協会でさんざんグレッグに絡んできた精霊術師だ。年の頃は恐らくレイラと同じくらいだろう。

「もう、酒場に行くなら声をかけてくださいよぉ。私がおしゃくしますから」

 だが、グレッグは娘の言葉を無視して酒をあおる。それなのに、娘は先程までレイラが座っていた席に勝手に座った。

「……うぜぇ」

 グレッグがうなるように呟くと、娘は一瞬びくっと身を竦めるが、すぐににっこりと微笑ほほえむ。しかし、その微笑みは少々引きつり気味だ。
 無理してまで座るなと言いたいが、もしかするとあの太った支部長あたりに「なんとしてもレイラから指名依頼を奪い取れ」とでも言い含められているのかもしれない。事実、支部長はこの娘を何度も勧めてきた。
 グレッグが相手にしなくても気にせず、娘はテーブルにあった酒の瓶を取ってジョッキに注ぐ。酒に罪はないものの、グレッグは注がれた酒を飲む気にならない。
 そんなグレッグに、娘はもたれかかってきた。

「グレッグ様、どうかもう一度、冷静になって考えてくださいな。水の精霊術しか使えない役立たずを連れて行くよりも、上級の攻撃の術を使える私の方が、きっとグレッグ様のためになりますよぉ」

 娘はしなをつくり、言葉を重ねる。

「私だったら、夜の寂しさだってなぐさめられますし。あのレイラじゃあ、そういう気分になりませんでしょう?」

 そう言った娘はグレッグの空いた手を取り、そっと己の胸元に忍ばせた。
 その勝手な言いぐさに、グレッグは暴言を吐きそうになるのをぐっとこらえる。
 今までの経験から考えるに、こういうことを言ってくる女ほどあとで面倒くさいことになる。今夜だけでいいという言葉を鵜呑うのみにすると、次の日から嫁気取りで隣に居座るたぐいの女だ。
 グレッグの無言を都合良く解釈したのか、娘は話を続ける。

「グレッグ様は知らないでしょうが、今の火山は危険なんです。無力な子供連れで遊びに行くのは無理ですよ」

 優越感にひたりながら話す娘に、グレッグの苛立ちはつのる。こういう上から目線で話をするやからは嫌いなのだ。
 グレッグは、己の手を娘から強引に取り戻した。その乱暴な仕草に、娘は目を丸くする。容姿もそこそこ良い娘だ。恐らく協会でちやほやされていて、乱暴な態度を取られたことがないのだろう。

「……そうか。今、火山には魔物が出ると聞く。その魔物らも、俺が戦わずともお前が一人で全て倒してくれるというんだな?」

 グレッグは低い声で娘に尋ねる。

「……っ、そうですとも!」

 魔物と聞いて一瞬ひるんだ娘だが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
 だが、グレッグはそんな娘を鼻で笑う。

「嘘つけ」
「嘘などでは……!」

 強気な態度で取りつくろおうとする娘を、グレッグは冷たい目で見つめる。

「魔物がお前らでどうにかなるなら、火山の魔物はとっくに殲滅せんめつされている。それができないから、火山への立ち入りを協会で規制しているんだろうが」
「……それは!」

 グレッグが火山の現状を知っていることに驚いたのだろう、娘は固まった。
 旅人が仕事を引き受ける際、入念な下調べは必須だ。だまされて危険な場所に行くのを避けるためである。旅人をおとりにして、その隙に自分たちの用事を済ませ依頼料を反故ほごにするなんてことは、常に起こりうるのだから。
 この竜の卵の採取は高貴な方からの依頼であり、断ることなどできなかった。ゆえにグレッグは、必要な情報を自身でもちゃんと調べていた。


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