迷子の竜の冒険記

黒辺あゆみ

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迷子の竜、拾われる

迷子の竜の減量大作戦

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Sideコニー

コニーの家に犬がやってきて、一ヶ月半が過ぎていた。
 珍しい種類の犬だったので、友達からはとっても羨ましがられた。
 だけど珍しいだけじゃない。ポチはとってもおりこうだし、芸達者だ。俺の言うことが分かるし、火を吹くし(火種程度)、飛ぶことだってできる(一メートルくらい)。
 それにそれに、なにより頑丈だ。力いっぱい抱きしめても、父親や兄は何も文句を言ってこない。今までは動物に触る際、そうっと背中を撫でるしかさせてもらえなかったのに、ポチは抱きしめたり、ぎゅーってしたりしてもいいよと言われた。 夢にまで見た飼い犬ライフだ。

 ――人生って素晴らしい!

 コニーは今まさに幸せの頂点にいた。
 もちろん、イイコにしているポチにはごほうびとして、おいしいご飯をたくさんあげる。犬は食べてはいけないものがいろいろあると友達から聞いてたけど、ポチは何でも食べられるとピートが言っていた。犬の中でも特別な犬だから、他の犬とは違うのだそうだ。だから今だって、コニーはポチと一緒にごはんを食べられる。

「何度も言うが、我は犬ではない! だがこのおやつは美味であるモグモグ……」

ポチがキューキュー鳴いているので、きっと美味しいと喜んでいるに違いない。
 この後は一緒にお風呂に入るし、一緒に寝るのだ。いいだろう!


Sideポチ

ポチなどという間抜けな名前を付けられてしまったが、己は正真正銘の竜である、高貴なる竜である。
 長毛種という竜の中でも珍しい、鱗のない竜である。種族の中でも体毛の色はそれぞれ違うが、その中でも珍しい漆黒なのだ。人間風に言うところの、「れあもの」というものだ。えっへん! 敬え、特にコニー!
 いいか、繰り返して言うが、自分は竜だ! 断じて犬ではない!

コニー一家に拾われて、早いものでもうじき二ヵ月になる。慣れてくると、この生活もいいものだと思えてくるから不思議である。
 ポチという名で呼ばれることに慣れたし、恐ろしいことに、コニーの激しいスキンシップにも慣れてきた。竜とはかくも頑丈なものなのかと、自分で感心してしまった。本物の犬であれば、最初のふれあいで天国に直行していたことだろう。
 今日もコニーと一緒に、母親からもらったおやつを食べている。母親が作ってくれるりんごのパイは絶品である。

 ――今までの竜生で、このような美味しいものを知らずに生きてきたとは、なんと竜生を無駄に過ごしてきたことであろうか!

 ポチが自分の世界に浸りながら、りんごのパイをかじっていると。横に座って同じものを食べていたコニーが、こちらをじーっと見ていたかと思えば、突然手を伸ばしてきた。

 ――なんだ、ほしくてもこれは我のであるからして、やらんぞ。

 ポチがりんごのパイをコニーから隠そうとしていると。

 むにっ。

 コニーが、ポチの腹のあたりをつまんだ。片手でがっしりつまんだ。腹の肉がちぎれんばかりの勢いである。
 今度は何の試練だろうか。りんごのパイを守るか、腹の肉をつまんでいる手を攻撃するか、ポチが悩んでいると。

「ポチ太ったね」

コニーが失礼なことを言った。

「なんだとぉう!」

キー! とポチが反論するが、なおもコニーはむにっと肉をつまむ。

「やめんか!」

外でキーキーと騒いでいる、ポチとコニーに気付いた母親が出てきた。

「あらあら、どうしたの?」

微笑む母親に、コニーが告げる。

「かーちゃん、ポチが太った!」

コニーがまたもや、むにっとポチの腹の肉をつまんで母親に見せる。

「あらぁ、ホント立派なお肉。それじゃあ重くて飛べないのじゃないかしらぁ?」

母親が穏やかな笑顔で、恐ろしいことを言った。

「なんだと!? 竜である我をなんだと心得る!」

キー! とポチは抗議する。竜が飛べないなんてあるはずがない。飛んで見せて、証明してやろう。

「見れおれよ!」

いざ飛ぼうと、背中の翼を振るわせた。

 フワッ

 ポチの体が浮き上がる。が、しかし。

 ボテッ

 すぐに落ちた。着地に失敗したポチは、つぶれた饅頭のような格好をしていた。

「「……」」

「いや、今のはちょっと、しくじっただけだ!」

たった一度の失敗が何だ。ポチはキュー! と掛け声一発すくっと立ち上がると、再チャレンジする。

 フワッ

 ボテッ


「「「……」」」

認めるのは非常に嫌なのだが、やはり重くて飛べなかった。


Sideコニー

その夜、コニーの家では「ポチが太ったよどうしよう」会議が行われていた。

「太って飛べないとは、まさか竜のくせに……」

「まぁあなた、そんなことを言ってはポチちゃんがかわいそうよ」

「今日あれからずっとあそこにいるんだよ」

父、母、ピートの三人は、ひそひそ声で会話をしているつもりであろうが、同じ部屋にいるのだからばっちりポチには聞こえている。
 ポチは部屋の隅っこに頭を突っ込み、こちらに尻を向けていじけていた。その尻を、コニーがつついている。尻の感触が気持ちいいらしい。ポチの心の傷をえぐるような行為はやめてやれ、と家族は思った。

「でも、食事量は適正量のはずだよ。だから運動不足じゃないかなぁ」

ピートがなにかの本を読みながら、そんなことを言う。

「ああ、確かに。野生なら飛んで登って火を吹いてと、カロリー消費がでかそうだもんな」

父親もうんうんと頷く。
 ピートと父親の会話に、コニーがポチのお尻から頭を上げた。

「運動すれば、また飛べる?」

「そうだね、たぶん」

ピートがコニーに答えた。

「泳ぐのもいいわよぉ」

母親の助言に、コニーはこくっと頷いた。

 かくして、あくる朝からポチのダイエットが決行された。
 コニーは朝の散歩にとポチを引きずって村中を歩き(ポチが引きずられた跡が残っていた)、昼の運動だと裏山の泉で泳がせ(一日三回溺れた)、痩せるまではと大好きなりんごのパイをもらえない。ポチはだんだんとやさぐれていった。
 決定的にわかったことは、コニーはポチの運動中だということを、すぐに忘れてしまうということだ。散歩中でも、自分が夢中になるとポチのことを忘れて突進し、帰ってきたら泥まみれのポチがいたり。泉でポチに泳ぎを教えていても、珍しい魚を見つけてポチが溺れていることに長時間気付かない。

「トレーナーの変更を要求する!」

ポチがキューキューと悲壮な鳴き声をあげていたが、コニーはこの役目を誰かに譲る気はさらさらなかった。
 そんな過酷な生活を続けること二週間。

「飛んだ、飛んだよポチ!」

「よかったわねぇ」

コニーと母親の目の前で、ポチは優雅に飛んでみせた(ただし一メートル)。ポチは立派にダイエットをやり遂げたのだ。痩せたというより、やつれているのが気になるところであるが。どうやら体力気力共に限界に挑んだようであった。

「はい! ごほうびのりんごパイだよっ!」

コニーに約束のものを出されると、ポチは飛びついて食べ始めた。

「うむ、運動の後のりんごパイは、格別である!」

ポチは顔中をパイで汚して、ご機嫌である。

「ポチちゃん、もう太らないようにしないとダメよぉ」

美味しそうに食べるポチに、そう忠告する母親。

「えー、ぽちゃっとしてて気持ちよかったけどなぁ」

コニーはちょっぴり残念そうだった。

竜を太らせた家族という、不名誉な称号を得ずに済んだことにホッとしたピートであった。
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