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第三部 お腐れ令嬢

Episode43.即位式の前夜祭

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「先ほどのロンディニア次期公爵とのダンス、素晴らしかったです。大人の女性としての色香、優雅さが増しておりました。周りの方々がロサミリスお嬢様に見惚れていて……、もう自分の事みたいに鼻が高くなっちゃいました。どうだ、これが私のお嬢様だぞーって」

 ジークとのダンスが終わり、化粧室でお色直しをしている最中だ。侍女ニーナが、化粧筆を片手に持ちながら興奮している。テキパキと化粧を施すニーナに感嘆しつつ、ロサミリスは微笑みかけた。

「ありがとうニーナ」

 フェルベッド皇太子の即位式の、前夜祭。
 当然のことながらロサミリスも招待状が届き、婚約者であるジークと一緒に出席している。前夜祭はまだ始まったばかりで、この後は帝国の重鎮たちと世間話を挟む。もちろん、ジークと一緒に。

「あら?」

 化粧室から出ると、近くに婚約者ジークがいないことに気付く。
 辺りを見渡してみると、一際輝いている白い正装姿のジークを見つけた。

(会場の中央でみなさんに囲まれているわ…………ふふっ、どうだったかしら? ジーク様の流麗かつ美しいダンス。リヴァイロスの舞踏会の時も素晴らしかったけれど、今のジーク様はもっと美しくて、かっこよくて、素敵なのよ)

 我が婚約者ながら素敵すぎる美貌の令息。
 皇族にも見間違われそうな麗しい顔立ちに、すっと伸びた立ち姿。周りの人々からの些細な質問やお世辞の言葉にも、丁寧に受け答えしている。仏頂面なのは相変わらずだけれど、三年前よりも表情が柔らかくなっている。

(グッジョブよ、ジーク様!)

「失礼。婚約者フィアンセが待っておりますので、これで」

 ロサミリスに気付いたジークが、小さな断りを入れて歩いてくる。
 歩き姿も颯爽としていた。
 
「話の腰を折ってしまいましたでしょうか?」
「これでいい。少し退屈になってきたところだ」

 深緑の瞳を優しく細めつつ、ジークはロサミリスの長い黒髪を一束手に取り、口づけを落とした。
 あまりにも自然な動き。
 けれど周りに見せつけるような動作に、ロサミリスの鼓動が少し跳ねる。

「じ、ジーク様…………」

 きゃぁあ! そんな令嬢たちの黄色い悲鳴をもろともせず、ジークは何事もなかったかのように顔を離した。

「ああすまない。見せびらかさないと、どうも気分が落ち着かないんだ。──向こうにいる令息、さっきからずっと顔を赤くしてロサを見ている。待て、視線を動かすな。ロサの視界の真ん中に他の男を入れるなんて耐えられない。俺だけでいい」

(そんなこと仰られても、ジーク様以外の殿方を見ないようにするだなんて)

「む、無理ですわ……」
「だからこうやって見せつけている。間違っても変な気を起こさないように」

 本当に心配しているのだろう。
 これが前のロサミリスであれば、「ジーク様って婚約者思いの素晴らしい方なのね」で終わっていたけれど、今は彼の想いが本気であることが分かる。
 ……それでも恥ずかしいのは恥ずかしいのだ。愛されている事に気付いてしまうと、嬉しくてくすぐったい気持ちになってしまう。

 ちゅっ。
 
(今度は頭に……っ!?!?)

 肩を抱き寄せられながら、軽いリップ音が響く。
 嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなロサミリスに、第三者の声が割って入った。

「ジークフォルテン・フォン・ロンディニア卿。並びにロサミリス・ファルベ・ラティアーノ嬢。お取込み中すまないが、少しお時間いいかな」

 さあっと、群衆が真っ二つに割れた。
 談笑していた令息令嬢たちは軍隊のように揃ったタイミングで、かしこまって頭を下げている。ジークは胸に手を当てて最敬礼、ロサミリスも淑女の礼で目の前の人物に応えた。

「みな、面をあげよ。今は談笑の時間。かしこまらずともよい」

 神々しい白金髪プラチナ・ブロンドを持つのは、聖ロヴィニッシュ帝国において皇族の他にいない。
 その皇族のなかでも、頂点《トップ・オブ・トップ》。
 第132代次期皇帝・現皇太子フェルベッド・アスク・ロヴィニッシュが、そこにいた。

「陛下」
「よしてくれジークフォルテン卿。即位式は明日、私はまだ皇太子の身分だ」
「失礼いたしました。フェルベッド殿下、私どもに何か御用でしょうか?」
「ああ。といっても、用があるのはロサミリス嬢なんだ」
「わたくし、でございますか……?」

 フェルベッドの白金の瞳がロサミリスを捉える。
 
「少し時間をくれるかい? 込み入った話がしたい」


 ◇


 舞踏会の会場には、秘密の会話が出来るように出入口が一つしかないバルコニーがある。出入り口に皇宮近衛隊を二名ほど配置すれば、人払い完了だ。

「急に悪いね。このあとも予定がびっしり埋まっていてね、たまたま時間が空いたから、ちょうどいいと思ったんだ。一筆したためても良かったのだが、会って話した方が誠意も伝わると思ってね」
「そこまでご配慮いただけるなんて、光栄の至りでございます。フェルベッド殿下」
「話というのは……まぁ恥ずかしいことなんだが、身内のことでね。妹、リリアナについてロサミリス嬢に頼み事をしたい」

 第四皇女・リリアナ。
 大きな声では言えないが、勉強嫌いのわがまま皇女との噂がまかり通っている。いわく、感情の起伏が激しいとのこと。詳細は不明だけれど、第四皇女が前夜祭に出席していない様子を見ると、とても公の場で連れ出せる状態ではないか、本人が出席を拒否しているかのどちらか。

 今までは、子どもだから大目に見られていたのだろう。
 しかし第四皇女も10歳になる。
 他の皇女に比べて地位は低いとはいえ、れっきとした皇族。社交界に一切顔を出さない皇族というのも、世間的にあまりよろしくない。

「恥ずかしい話だけれども、私たち兄弟姉妹がリリアナのもとへ行こうにも、まったく取り入ってくれないんだ。ロサミリス嬢なら、私や妹よりも歳が近いし、リリアナとソリが合いそうなんだ。ぜひ話し相手になってほしい」

 口が堅くて身分のある貴族令嬢が、秘密裏に皇宮に召し上げられていることは知っていた。事情を知る者が第四皇女の話し相手となり、少しずつコミュニケーションの取り方を学ぶのだろう。
 ただ────
 召し上げられた令嬢全員が、第四皇女にまともに取り入ってもらえず追い返されたという話だ。
 
 身内の事情を第三者に解決してもらおうなんて事、外聞的に良くない。
 皇太子フェルベッドはそれが分かっている。あえて外に頼むのは、そのほうが第四皇女の将来ためになると思っているからだ。

「もちろん、上手くリリアナの心を解いた暁には相応の褒美をとらせよう。どうだ、やってくれるか?」

 書庫室に入れるチャンスを逃すなんて体たらく、ロサミリスがする訳ない。

「謹んでお引き受けいたします」

 ロサミリスは、にこりと微笑みを見せた。

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